430年続く定期市が、今、新しい/千葉県勝浦市

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朝市、マルシェ、クラフト市など、近年、全国各地でさまざまなスタイルの「定期市」が行われるようになりました。一方、継続していく術を模索しながらも、街の顔となるような歴史ある朝市や骨董市も現存しています。それぞれの地域を舞台に、ヒトとモノの交差点となる定期市が周囲にもたらす効果や課題から、地域活動や店舗経営へのヒントを探します。

Vol.1 勝浦朝市 & Katsuura あさいち share マルシェ

「勝浦朝市」は、昔ながらのスタイルを貫き続けて430年という歴史ある朝市ですが、近年は出店者の高齢化や後継者不足などが危惧されていました。そこで、業種や年齢に縛られず、新たな出店者を募る取り組みを開始。その背景には、歴史や伝統にあぐらをかかない柔軟な発想と、街を想う人々の支えがありました。

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 歴史ある朝市の灯が消えてしまう危機感

太平洋に面した南房総に位置し、暖流の影響から夏涼しく冬暖かいという恵まれた風土を擁する千葉県勝浦市で、地元住民の生活基盤として続いてきた「勝浦朝市」。天正という時代から疫病、戦、飢饉などを経て、430年あまりの時代変遷と共に歩んできた底力が令和のいま、違った形で試されています。それは、朝市を支える人々の高齢化や後継者不足による存続への危機感でした。

勝浦朝市は、現代のような常設店舗が存在しない時代から、日々の暮らしに必要な食材を手に入れたり、料理や行商を生業とする人たちが仕入れを行ったりする市場としてにぎわってきました。その昔、多くの住民が半農半漁だったこともあり、朝市には山と海の幸が豊富に揃い、最盛期と呼べる1955年頃(昭和30年代)などは多いときで200以上の店が並ぶこともあったそうです。その歴史から、『日本三大朝市』の一つにあげられるようになり、やがて「勝浦といえば朝市」と、房総を訪れる観光客のお目当ての場所にもなりました。

しかし近年、週末や祝日こそにぎわいを見せるものの、地元の利用者は減少、また代々家系でつないできた店も後継者不足で数が減るなど、縮小傾向を感じながらも効果的な打開策を持てずにいました。

そもそも、朝市は地元自治会が運営しており、出店者組合との連携や共同体制もあまり整備されていません。そこで、長年当たり前のように続けてきたことを一度リセットすることから始めようと、組織の再編に着手。2018(平成30)年頃から、多様な力を借りつつ新たな企画・戦略に着手していくことになります。

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旬の朝採れ野菜が満載!筍、フキ、ワラビなどと春爛漫

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朝市の常連さん。あちこちでお魚をもらって朝ごはん

伝承と新風が融合した「Katsuura あさいち share マルシェ」の誕生

若い力にも幅広く門戸を開いていかないと、どんどん先細ってしまうと危惧していた朝市関係者は、新たな出店者の登竜門となるような仕掛けを考え始めます。それが、2019(平成31、令和元)年に発足した、月に一度の「Katsuura あさいち share マルシェ」です。

「発案者は若手ではありません。意外にも、70代になるかつうら朝市の会の会長なんですよ!」と語るのは、勝浦市観光協会の大野遥佳さん。マルシェ事務局担当として、出店者や現場との調整に奔走している一人です。その仕掛けとは、マルシェという新たな看板を掲げ、まずはお試しのような気軽さで月に一回参加してもらおうというもの。何度かのお試し出店を経て、朝市本体への出店へとつなげていくという思惑です。マルシェへの出店は、公式サイトから気軽に申し込みができる公募形式にしました。

「最初は、出店エリアを朝市とは別にしてすみ分けを図ったり、そこから回遊してもらえるような導線を考えたりと、試行錯誤が続きました。やがて、朝市の出店者の間にマルシェ出店者を配置して、全体的に活気を持たせる方向に落ち着いてきました」(大野さん)

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一般社団法人勝浦市観光協会職員 大野遥佳さん(Katsuura あさいち share マルシェ事務局担当)
勝浦市生まれの地元っことして育ち、2019年から観光協会にて活動を開始。かつうら朝市の会・会長と共に新たな朝市スタイルを模索し、『Katsuura あさいち share マルシェ』のスタート当初から現場を担当している。ファミリー層の増加につき、子どもが楽しめる企画も構想中

マルシェ発案者の「かつうら朝市の会」の会長・江澤修さんは、今も地元の日々の暮らしを支える「生活朝市」というベースをうまく生かしながら、新旧出店者同士も互いに手を携えつくり上げていくことで、より顔の見える朝市を目指そうとしていました。

「伝統ある定期市はどこも世代交代がうまくできていないともいわれますが、『昔はこうだったから』とかたくなに固執するだけでは難しい時代にきています。勝浦朝市も、歴史あるからこそ脈々と受け継がれてきたルールで運営され、出店の方法なども世襲的な店が中心で、新しい人を入れていくにはあまりにもハードルが高かった」(江澤さん)

そこをにあえて切り込んだことで、次第に思わぬ効果と新たな課題が見えてきました。

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一般社団法人勝浦市観光協会 副会長 江澤修さん(かつうら朝市の会 会長)
勝浦の老舗民宿に生まれる。2018年に朝市の運営母体を再編成し「かつうら朝市の会」を発足、勝浦と朝市の活性化に尽力している。「Katsuura あさいち share マルシェ」の発案者

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辛さが人気のご当地グルメ「勝浦タンタンメン」を朝市でも堪能できるように、鯛焼きの餡を勝浦タンタンメン風味にしたという「タンタンたい焼き」! 朝市の会・江澤会長が自ら手掛けるオリジナル商品

新しい風を入れながら、課題を乗り越えるために

第二日曜日は、朝市とマルシェの同時開催日。朝市は生業として参加する店が多く、マルシェでは名前を知ってもらうため宣伝活動の一環という人もいて、運営サイドはそれぞれ参加する思いの軸がどこにあるのかを配慮しながら、間に入って調整を図ります。

「それでもね、もめることもあるんですよ」と笑うのは、出店者を束ねる「朝市しんこう会」の会長・塩田和彦さん。農産物を扱う店が多い朝市では、当然、旬の野菜や果物が多く陳列されることになります。すると取材中にも、とあるベテラン出店者が「隣に同じ品を扱う出店者を配置しないで欲しい」と要望する場面に遭遇。塩田会長は「いや、それは売る側に工夫や努力があれば何も問題ないでしょう? 互いに切磋琢磨してさぁ……」と、聞き流すのではなく、説明して叱咤激励していました。

「母の代から店を手伝ってきた経験から、昔からの出店者たちもよく知っています。それだけにね、すべてが自分だけに都合の良いことだけやっていては、朝市は続かない。新しい人たちを受け入れようとしているこれからは特にね」(塩田さん)

全員が一丸となって「つくっていく→もっと朝市が楽しくなる→お客さんにも笑顔が伝染する」という好循環を生み出すため、時になだめたり叱咤しながら、さまざまな調整に走り回る塩田さん。新しい風が入ることで、いい意味で競争意識を持ってくれればとも考えているそうです。

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六佐どん 塩田和彦さん(朝市しんこう会 会長)
会社員の傍ら、出店者からなる「朝市しんこう会」で会長を務める。少年期から実家の朝市出店を手伝い、長い付き合いの中で培った人脈とその明るい性格で、ベテランと新規の出店者との調整役として奔走している

朝市を昔から支えてきたと自負するベテランと街にやって来たばかりの新規出店者に、垣根をつくらないことも運営スタッフの大切な仕事。屋台コーヒー店・SPAiCE COFFEEの紺野雄平さんは、比較的新しい出店者でありながら、「朝市しんこう会」の副会長を務めています。自身も最初は、ベテラン出店者とどう交流すればいいか、緊張しながら参加したそう。

「でもね、実はみんな優しいんですよ。そっと様子を気にかけてくれたり、朝市の常連さんがいろいろ教えてくれたりね」と紺野さん。次第に、大学時代の同級生や店のファンなど、若年層のお客さんも足を運んでくれるようになり、朝市の新たな入口としての役割も担っています。

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SPAiCE COFFEE 紺野雄平さん(朝市しんこう会 副会長)
国際武道大学に進学したのが勝浦との縁の始まり。卒業後、本当にやりたいことは、人と人の出会いの場やそこから何かが生まれるきっかけをつくることだと気づく。その手段の一つとして始めた自転車屋台のコーヒー店を通じて勝浦朝市と出合う

多彩な工夫の積み重ねで、コラボレーションも創出

マンネリ化が否めなかった時期を経て、最近は「朝市、元気になったね!」という常連さんの声も聞かれるようになりました。買い物だけではなく、店主との会話や情報交換が飛躍的に活発になったことも要因の一つ。昔は野菜などをただ置き売りするだけというスタイルでしたが、地野菜に慣れない来場者に、下ごしらえの裏技や調理のコツを教えることを、しんこう会役員たちが積極的に推奨しました。すると、今では一般客が朝市の食材で作った料理をSNSに上げてくれるなど、自然と周りを巻き込んだ情報拡散もできるようになってきたそうです。

また、近隣のキャンプ場・RECAMPからの「せっかく勝浦に来てもらったんだから、もっと地元を知って帰ってもらいたい」との提案もあり、キャンプ場での定期的な出張朝市というコラボ企画も生まれ、夏場は海中公園への出張も計画中。若年層やファミリー層などへのアピールも多方面から試みるなど、マルシェ企画を始めてからの多彩な工夫の積み重ねが、少しずつ実を結びつつあります。

さらに、SNSなどのデジタルツールによる観光客へのPRは続けつつも、ポスターのようなアナログメディアを作成し、飲食店や商店に掲示してもらうことで「朝市にいこうよ!」というメッセージを地元にも再認識してもらう取り組みも構想中です。

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「たくさん買ってくれたから、これ1個おまけね」という粋な計らいがある朝市は、そこにいるだけで早起きして得した気分に。来場者も「楽しませてもらってありがとう」という気持ちが生まれ、それがリピートの原動力になる

外からの視点で、気付かなかった価値や魅力を再発見

自分たちがやりたい、やれる、やってほしいこと、そして来場者が求めるもの……それらを全て一致させることは容易なことではありません。少しずつでも融合させるには、適材適所のマンパワーも重要です。そこで活躍してくれるのが「地域おこし協力隊」の面々。市外から移住してきたことで、長年住んでいる人には気付かなかった無形の価値や知られざる魅力を見つけてくれる、強力な助っ人です。

新規出店者への門戸を広げることで新しい視点を取り入れ、またそれを調整するための役割もきちんと機能させること。勝浦朝市では、朝市の会、出店者組合のしんこう会、観光協会、地域おこし協力隊などが中心となって、他人事(ここでは、新旧出店者の思いや意見)を「自分事」として捉え、何事も協同しながら進めていこうとしているように感じました。新たな仕掛けが本当の意味で実を結ぶのはもう少し先かもしれませんが、それでも確実に前に進んでいる。そんな印象を受けた、第二日曜の朝でした。

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かわべー 石田多仲さん(勝浦市地域おこし協力隊 朝市活性化担当)
守谷海岸の美しさに魅せられて、いつか住みたいと思っていた勝浦市に移住し、2020(令和2)年より地域おこし協力隊として活動中。朝市活性化活動の一環として地元産『なるかポーク』を使った商品等を開発し、朝市にも出店

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暮シカルデザイン編集室 沼尻亙司さん(元 勝浦市地域おこし協力隊)
『房総シリーズ』の自費出版を中心に、地元の魅力を掘り起こし、千葉・房総の名刺となるような本づくりを手掛ける編集室を運営。自身も勝浦市地域おこし協力隊で活動したことが縁で、自社本や地域の特産品を持ってマルシェに参加。その後、朝市の新規出店者となる

<取材後記>いい記憶を生むアクションを!

市場全体を包む一体感や何度も回遊したくなる感覚、どこへ立ち寄っても投げかけられる笑顔など……。定期市を測る物差しがあるとしたら、測れるものはいずれも1店舗の努力だけでは成り立たないことばかり。来場者にとっては「いい物が買えた」と同じくらい、「あれを買ったときのあの話、面白かったよね」という記憶も朝市での収穫なのです。それぞれの記憶に残るだけで「また来よう!」と思いながら帰路に着いてもらえるはず。

人を集めるため、有名な作り手を誘致するのでは、その定期市の記憶ではなく1店舗の突出した印象でしかない。意外に「なぜだかわからないけど楽しかったよね!」の方が、後々までも土産話になったりするもの。勝浦朝市が挑戦するマルシェ構想は、そんな回遊の楽しさや既存の朝市を盛り上げるためのスパイスのように感じました。その証拠に、この日、勝浦朝市を訪れたスタッフたち皆が、取材で話を聞きつつ、行ったり来たりしながら最大限に朝時間を楽しんでいたのですから。

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終了時間が近づくにつれ、買い物袋はパンパンに

 

・勝浦朝市
開催:午前6時ごろから11時ごろまで(毎週水曜と元日は休市)
アクセス:JR外房線 勝浦駅より徒歩約10分
開催場所:下本町朝市通り(毎月1~15日)、仲本町朝市通り(毎月16日~月末) 

・Katsuura あさいち share マルシェ
開催:毎月第二日曜日 午前7時から12時まで ※勝浦朝市と同時開催
https://www.katsuura-kankou.net

取材・文/柴山ミカ
プランナー、編集ライターとして広告や出版の現場で活動。取材で訪れた朝市に魅せられて以来、好きが高じて食の市の企画運営やイチめぐりがライフワークに。著作に『東京の市場さんぽ』(エクスナレッジ刊)。

写真/野口岳彦