1枚500円から誰でも瓦割りが体験できる体験型エンターテインメントの「かわら割道場」。ストレス発散にもってこいということで2012年の開業から大盛況で、メディアの取材も殺到しています。実はこのサービスを運営する企業「石川商店」は、1951(昭和26)年から屋根を専門に工事を手掛ける、文字通り屋根のプロフェッショナルです。老舗企業がなぜ瓦割りを? 奇抜なアイデアの源泉は? 取材をしてみると、屋根業界に対する熱い思い、そして地域を思う郷土愛が見えてきました。
東京の戸越銀座で、憧れの(?)瓦割り体験を提供
東京都品川区にある戸越銀座商店街は、都内でも有数の長さを誇る大規模商店街で、地元の人だけでなく、観光目的で訪れる方もいるほどです。古き良き商店街の文化を残す戸越銀座エリアで、屋根専門の仕事を手掛けているのが株式会社石川商店です。
1951(昭和26)年の設立から、真面目一筋で新築の屋根工事や、メンテナンス・リフォームを手掛けてきた屋根専門の老舗企業。そんな石川商店が変貌を遂げるきっかけとなったのは、2012年にスタートした瓦割り体験サービス「かわら割道場」です。
金額は瓦の枚数ごとに設定されていて、セット料金だと5枚挑戦2,000円からチャレンジすることができます(要予約)。また「かわら割道場」というネーミングのキャッチーさもあって話題を呼び、サービス開始から現在まで、テレビ、新聞、ラジオ、雑誌、ウェブとあらゆるメディアで、数多く取り上げられています。
せっかくなので、「おなじみ」スタッフも瓦割りに挑戦しました。初心者でも怪我をすることなく上手に瓦を割れるよう、事前に手厚く指導してもらえます。
瓦が割れる瞬間は思っていた以上に大きな音がします。視覚的にも強烈で、見ているだけでも爽快感があります。何かとストレスの多い現代社会、これはいい発散になりそうです。ビジュアル的に「映える」のも人気の一因かもしれません。
「瓦割り」を、屋根のことを知ってもらうきっかけに
なぜ、屋根専門店のかたわら、商売道具である「瓦」を割るサービスを始めたのか。「最初は、戸越銀座商店街の夏祭りがきっかけだったんですよ」と語るのは、石川商店代表(三代目)であり、自ら「道場長」を名乗る石川弘樹さん。戸越銀座商店街の近くで生まれ育った、生粋の地元っ子です。
「商店街の人から、夏祭りで催し物をするけど何かやらないか? と聞かれたんです。最初は、なぜ屋根職人の僕に? と思いましたが(笑)。自分には何ができるだろうと考えたときに、一般の人が屋根に興味を持つきっかけを増やすことができたら……と思い直しました」
多くの人は雨漏りなどの実被害に遭ってから修理の相談に来ることが多いものの、実は定期的にメンテナンスをしたほうが、トータルのコストを抑えられます。石川さんもかねてから、屋根のメンテナンスを定期的に行って欲しいという思いを持っていました。また、屋根は日常的には人目に触れにくい場所でもあり、起きてしまった被害にすぐに対応しなくてはならないため、強引な訪問営業を展開する業者もいるそう。
「いずれも一般の人が屋根に関する知識がほとんどないことが原因だと思うんです。そこで、瓦割り体験を通じて屋根に親しんでもらうおうというアイデアを思いつきました。格闘家を呼んで瓦割りのデモンストレーションを行いつつ、一般の人も体験できるようにしたところ、これが思った以上に好評で! 時間をゆうにオーバーして、割る音がうるさいと苦情が来るぐらいの大盛況でした(笑)。これだけ好評なら常設でもやってみようかと、かわら割道場を始めました」
人気が高まる一方、業界から批判的な声も聞こえてきました。「瓦」は古来用いられてきた伝統的な建材。瓦を使う家が減ってきているとはいえ、日本らしい景観を演出できるという特性からも、和食の料理屋さんで使われたり、観光地などの町並み形成に活用されたりと、さまざまな場面で活躍しています。一方で、地震や台風で崩れやすい、重くて扱いにくいというネガティブなイメージもあったとか。業界として「瓦は頑丈で強い」という宣伝文句で汚名返上はかろうとしている矢先に、瓦を簡単に手で破壊するサービスをする輩がいるのはいかがなものかという意見です。さらにテレビなどを見た一般の人からは、瓦がもったいないのではないかという意見も寄せられるようになりました。
石川さんは、エンターテインメントな部分だけを取り上げられがちなメディアの取材で、誤解を払拭するためにメッセージを地道に発信し続けました。「かわら割道場」の裏側には、屋根についてもっと知ってもらいたいという思いがあること、そして割った瓦は再利用できるということ。というのも、「かわら割道場」で使っている瓦は裏側に切れ込みがあって、もともと二つに折って使うことを前提としているもの。つまり、きれいに二つに割ることができれば、そのまま建材として利用できるのです。
「とはいえ、割られる数があまりにも多すぎて、再利用できないくらい供給過剰になっているのも事実です。今後の課題ではありますが、解決策の一つとして最近では『ぶっ壊し道場』という新サービスを始めました」
「ぶっ壊し道場」は、「かわら割道場」と同じく、物を破壊する体験コンテンツ。制限時間内に、建材として再利用できない瓦を壁に投げつけたり、ハンマーで家具や家電、花瓶などの瀬戸物を壊したりして、ストレス発散をしてもらいます。特筆すべきは用意されている廃材が、すべて近隣で捨てられそうになった粗大ゴミで、石川商店が自ら出向いて買い取っているそうです。「捨てられる前に、ここで最後のひと花を咲かせてもらえれば」と語る石川さん。おふざけのように見えて、これもまた地域のための取り組みにつながっていたのです。
採算は度外視。地域を盛り上げ、屋根職人を憧れの職業にしたい
これだけ「かわら割道場」が注目を集めていれば、広告効果でさぞや本業の売上にも大きく貢献しているのかと思いきや、「多分、(仕事につながったケースは)一つもないんじゃないですかね(笑)」と、あっけらかんと語る石川さん。
「正直、最初は期待もありましたが、客層が全然違いますし、集客効果はほぼゼロです。たまにお客さんの家に行ったときに『テレビで見たことある』と言っていただけるくらいで、それも好感度が上がっているのか、下がっているのか(笑)」
「かわら割道場」自体も、ほぼほぼ原価でやりくりされているので、どれだけお客さんが来ても儲けにはならないそうです。「かわら割道場」をそれでも続ける理由、その一つとして石川さんが挙げたのが地域への貢献です。瓦割りをきっかけにして、戸越銀座商店街を訪れる人を増やしたい。そんな思いから、石川さんは以前、商店街の店舗とコラボをして、インバウンド向けの商店街ツアーを自主的に企画しました。
「海外旅行に行ったときに本当に楽しいのは、有名観光地じゃなくて、地元の人しか行かないような食堂だったり、市場だったり、人々の生活が感じられる場所だったりするじゃないですか。その国本来の文化を味わえるという意味では、戸越銀座商店街ってちょうどいい場所なんじゃないかなと思ったんです」
残念ながらその計画はコロナで中止となってしまいましたが、石川さんの取り組みや意欲が商店会の目に留まり、そこから商店街のPR係を任されるようになったそうです。その後も戸越銀座商店街のメディアを立ち上げて運営するなど、さまざまな形で地域貢献に取り組んでいます。
「今後も『かわら割道場』『ぶっこわし道場』としては、戸越銀座の付加価値を上げるツールとして地域に関わっていきたいですね。地域貢献に取り組む理由ですか? やっぱり自分が生まれ育って、社会人としても人生の大部分を過ごしている地元が盛り上がっている方が楽しいじゃないですか。そんな単純な理由です。もちろん僕がいないと廃れるような街じゃないので、おこがましい話かもしれないですけど(笑)、地域を盛り上げるお手伝いを商店街の人たちと一緒にやらせてもらっているという感覚でいます」
最後に、石川さんが「かわら割道場」を続ける、もう一つの理由を語ってくれました。
「屋根職人を尊敬される仕事にしたいというのが、個人的な最終ゴールです。レアな職種なので面白がられるとは思いますが、なりたい職業か? というと……なんともいえないと思うんです。そもそも瓦を使った屋根自体が少なくなっていますし、新築の家が建たなくなってきているという背景もあり、屋根職人が減ってきているのも事実ですし。屋根職人が少しでも魅力ある職業になって、採算に関係なくイメージアップにつながることであれば、なんでもやっていこうという方針です」
奇抜なアイデアの裏側には、職人の実直な思いがありました。もちろん真面目なだけでは変化の激しい時代の荒波をくぐり抜けることは至難の業。瓦のように強い理念を秘めながらも、行動面ではフットワーク軽く、柔軟に動くことが成功の秘訣といえそうです。
【取材先紹介】
株式会社 石川商店
取材・文/小野和哉
1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯に惹かれて入ってしまうタイプ。
写真/野口 岳彦