縁(塩)をつなぐ。理系のセンスが光るマスでニッチな塩専門店

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戸越銀座商店街に店舗を構え、休日は行列する時間帯もある「solco」。オーナーで理系出身の田中園子さんが、縁に導かれるようにオープンさせた塩の専門店です。これまでの経験をフルに生かし、塩の魅力を伝える田中さんの想いを伺います。

店のおすすめ商品やランキングのない塩専門店「solco」

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黒を基調としたシックな外観はおしゃれなセレクトショップといった印象で、手前に置かれた昔ながらの看板とのギャップに、商店街を行き交う人もつい吸い寄せられます。

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店内の棚にはガラス試験管に入った塩が整然と並び、反対側には塩をテイスティングできるソルトバーがあります。眺めているだけで楽しく、それぞれの塩に添えられた説明カードを読んでは、そのストーリーや味わいに想像が膨らみます。

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店頭で販売している塩は40種類以上。「どれを選んでいいのか迷います」とこぼすと「体調や好み、用途に合わせて、いくつかお選びします。でも最終的に決めるのはあなた。きっと欲しい塩が見つかりますから」とオーナーの田中さん。背筋を伸ばしてキッパリと話す様子からは、塩について伝える使命感が垣間見えます。聞くと、塩をすすめるときは「人気のBEST3」や「〇〇さんイチオシ!」といった売り文句は使わないようにしているとのこと。お店のおすすめ商品セットなども存在しません。

ここまで塩と向き合うのはなぜなのか、田中さんのこれまでの経歴や塩との出合いについてお聞きしました。

幅広い分野への興味をもち、食の分野へ

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――田中さんは、理系出身だとお聞きしました。塩に出合うまではどんなお仕事をされていたのですか?

田中さん:製薬会社に勤務し、その後、野菜ソムリエの仕事やロンドンへの留学、ミュージアムでの勤務などを経験して今に至ります。最も長く勤めた製薬会社では、発売前の新薬の有効性や安全性を調べたり、新薬開発チームの調整役(プロジェクトマネージャー)をしたりしていました。これまでの職歴は、今のお店を作り上げるのにも役立っています。

――もともと、理系の分野がお好きだったんですか?

田中さん:大学で有機合成を、大学院では分子進化学で微生物を研究していました。小さな頃から動物や植物、地球上のもの全般に興味があり、古生物学者や昆虫学者など研究職に憧れていました。

同時に自身の中で、例えば小さな子どもなど世界のどこかの誰かのため、何かをするというイメージがあり、いずれそういった仕事をするんだろうなと思っていました。そのためには、いろんな世界を見て、経験を積む必要があるとも考えていました。

――食にも興味はあったのでしょうか?

田中さん:食も好きでした。小学生低学年くらいのときには、ひとりでケーキを焼いていたのを覚えています。学生時代から漠然と食の業界でビジネスがしたいとも考えていて、社会人時代も休日を利用して食に関係する講座を受けて勉強していました。その後、留学した際にインターン先のすすめで任せてもらった日本食のイベントが成功し、自信がつきました。

旅先の石巻で「伊達の旨塩」に出合い、塩で起業

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――起業するにあたり、あらゆる食の中から塩を選んだのはなぜでしょうか。

田中さん:やはり、「伊達の旨塩」の衝撃があったからでしょうね。帰国後に起業の題材を模索しているときに旅行先の石巻で出合って、今までにない感動を覚えました。まず旨みが違う。そこから、塩にはストーリーがあり、結晶の色や形も美しいということを知り、どんどんハマっていきました。

――「伊達の旨塩」に出合った瞬間に、起業しようとひらめいたのですか?

田中さん:最初は「塩=ビジネス」とまでは考えていませんでした。とにかく半年ほどは塩にどっぷりハマり、ソルトコーディネーターの講座で勉強するなど見識を深めていました。しばらくしてから塩でビジネスをしたいと思い立ち、ワークショップ、講演、ネットショップ、料理教室など、いろんな可能性を検討しました。その中で実店舗の構想だけ具体的なイメージが浮かび、今、私はこれをやるってことなんだなと思いました。

熟知した商店街の客層にあったメニューを設計してオープン

――これまで店舗運営などの経験がない中で起業し、店舗を立ち上げるのは不安ではなかったですか?

田中さん:これまでの経験から、大きな不安はありませんでした。「solco」を一つのプロジェクトと捉えてタスクを洗い出し、スケジュール、予算などを組み立てていく。プロジェクトマネジメントはトラブル要因を事前に察知して処理するのも重要な業務だったので、トラブルもありましたが、修正しつつ先に進めて大きな問題は起きませんでした。

――リアル店舗の塩専門店って全国でも少ないと思うのですが、売り上げはどのように見込んでいたのでしょう。

田中さん:もともと商店街が好きで肉屋で肉を買い、八百屋で野菜を買うのは私にとって当たり前で、塩屋で塩を買うのも自然なこと。必ず需要があるだろうと考えていました。

――確かに。塩って、味噌や米並みに身近な存在ですよね。自分の生活圏に専門店がないのが不思議なくらいです。こちらのお店は商店街にも馴染んでいますよね。

田中さん:この商店街に合わせて、気軽に立ち寄って、食べ歩きできるようなジェラートやお結び(おにぎり)を提供したことも理由の一つかもしれません。塩だけ舐めたときと食材にかけたときでは味わいが変わるので、それを体感してほしくて始めましたが、それが商店街に食べ歩きに来る観光客にもフィットしたのだと思います。

※現在は感染予防の観点などにより休止

実は近くに住んでいたことがあって、商店街の雰囲気や客層について、よく知っていました。メディアにもよく取り上げられていたので、オープンすれば広告を出稿しなくても認知拡散が見込めると予想していました。

店を塩のことを伝えるメディアに

――なるほど、客層は熟知されていたんですね。遊びに来る人も、塩なら触れたことがあるし、来店のハードルも低そうです。

田中さん:以前は、商店街に遊びにきてふらりと立ち寄られる方も多かったです。最近は、塩を買う目的でいらっしゃる方も多いですね。

ただ、いろんなお客さまが来る分、メッセージがきちんと伝わらないと、お店に来て「面白かったね」で終わってしまうと思っています。個性豊かな塩のことを伝えたいと考えたのが「solco」立ち上げの発端です。ディスプレーをはじめとする店づくり、お客さまと向き合う1on1の接客で、塩を知っていただき、実際に味わって、最後はご自身で選んでもらうことが重要だと思っています。そのために、店は塩の豊かさを伝えていくメディアと位置付けています。

――メディアですか。

田中さん:現代はカットしてパックされたお肉をスーパーやお肉屋さんで購入することも多く、昔と違って完成までの過程を知らない方もいらっしゃいます。塩にも人生があり、そのストーリーや魅力があります。それを知って、体に欠かせない塩を自身で選び取る。それを皆さんが体感できる食の教育機関の一部でありたいのです。

目を奪われてしまうディスプレー

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――ストーリーや特性を伝えるためにどんなことをされていますか。

田中さん:塩の楽しみ方を多角的に伝えられるよう、ディスプレーも工夫しています。内装は黒を基調とし、塩は試験管に入れて、結晶の色や形など個性が際立つようにしています。私にとっては博物館みたいで、ずっと眺めていられます。コレクション欲を刺激するのか、少しずついろんな種類を集めているリピーターも多いです。

――自宅に置いておくのもサマになり、小分けで購入できる。理にかなっていますね。

田中さん:この試験管は私が大学院で使っていたものと同じで、専門業者さんにお願いしています。試験管のフタには、微生物が呼吸できるよう隙間があるので、オープン前はこれをどうやって密閉するか試行錯誤しました。

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――説明カードも読み応えがありました。

田中さん:塩のストーリーを知ってからだと、味わいも奥深く感じると思うんです。専門店として、今まで知られていなかった塩にもスポットを当てられるので、作り手にも喜ばれています。お店を拠点として、作り手と塩とお客さまをつなぐのが私の役割です。現在では飲食店やホテルなどとのお取引もあります。

「solco」が動詞になる日を目指して

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――調味料の専門店って、食の楽しみのためにあると思っていましたが、もっと壮大なのですね。

田中さん:入り口は「楽しみ」ですが、塩は古来から普遍的な価値をもっていて、体に必要なものと改めて気付いてもらえたら。産地や生産者など、それぞれに物語があり、奥が深いのです。これからはさまざまな研究が進み、健康志向が高まる中で、塩分やミネラルの摂り方は変わっていくと思います。

「solco」という店名は、私の園子という名前と英語のソルトをもじったあだ名が由来なのですが、塩を味わい楽しむことが定着して動詞になれたらという願いを込めて、アルファベットの小文字表記にしています。「今日帰りに美味しいもの食べていかない?」と同じ感覚で「今日、solcoらない?」という日が来ると信じています。

――日常に新しい形で塩が定着することを目指されているんですね。好きなことをビジネスにつなげたいと思う方は多いと思うのですが、そうした方へアドバイスはありますか?

田中さん:自分の好きなもの、好きなポイントや理由、どうしてそれを売りたいのか、メッセージの伝え方などをきちんと考えていくことが大切です。そうすれば、その人にしかできない伝え方や表現になるはずだと思っています。私自身も塩をどう伝えたいのかコンセプトを固めてスタートしたので、当初の構想から外れるようなことはやっていません。何事もブレないことは、重要ですね。

あとは、講演などを依頼された先でお話しするのは、「あなただからこその表現方法、やり方がある」ということです。「solco」の店づくりも私だからこそ、この表現になったと思っています。誰しも自分にしかないものがありますから、それを信じて進むことを大事にしてほしいです。

 

【取材先紹介】
solco
東京都品川区豊町1-3-13 1F
電話 03-6426-8101

 取材・文/福井 晶
関西生まれ、東京住まいのフリーライター。町歩きと商店街巡りがライフワークで、純喫茶、居酒屋など古き良き飲食店の取材を手がける。相撲の番付表の貼ってある酒場が好き。

撮影/高橋敬大(TABLEROCK)