奥渋谷で完全予約制。我儘別注を販売する「自分のためのお店」その真意とは?

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コロナ禍でEC販売に注力する企業が増えたファッション業界で、東京・奥渋谷にあるセレクトショップ「WAGAMAMA TOKYO(ワガママ トウキョウ)」は異彩を放っている。取り扱う商品のほとんどが別注アイテムで、セールは一切行わない。さらに、来店は完全予約制で「予約が入った日時に合わせてオープンする」という、他とは一線を引く経営を行っている。

多くのアパレルブランドやショップがコロナ禍で打撃を受ける中、オーナーである中村勇貴さんの「自分が欲しいもの」だけを集めたこのショップが、リピーターを増やしながら順調に売り上げを伸ばしているという。

一度会ったら忘れないほどの個性があるのに、また会いたくなる不思議な魅力を秘めた中村さんに、店名にもあるワガママやこだわりの真意を伺った。

完全予約制だからこそできる「100%接客」

――完全予約制とは、アパレルショップにとってかなりチャレンジングなことだと思いますが、なぜこのような形態にしたのでしょうか?

中村さん:ショップオープンが2018年12月で、約1年後の2019年11月から完全予約制の経営に変更しました。僕は「その服、似合いますよ」「これもどうですか」っていう接客が好きじゃないので、商品を買ってくれるお客さまに100%の力で対応したかったんです。そのためには完全予約制にして、買うためにわざわざ足を運んでくれたお客さまに1対1で向き合う方法が最適だと考えました。

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中村勇貴さん。大学卒業後、セレクトショップに就職し2018年4月に独立。ショップのコンセプトは「自分が行きたい店」

――2020年2月頃からアパレル業界へもコロナ禍の影響が出始めていたので、はかったかのようなタイミングでしたね。

中村さん:そうですね。たまたま新型コロナウイルスが拡大した時期と近かったので、その対応のためと思われることも多いのですが、実は全く関係ないんです。

近い将来の夢として、「自宅兼店舗」のような家を建てて、そこで完全予約のサロン形式のお店を運営しようと思っています。もう物件も探し始めているので、夢というか本当に近い将来の話です。なので、そのサロン形式の経営が成り立つかどうか、テストの一環としてまずはこのショップで完全予約制を始めました。

――完全予約制にしてみて、どのようなところにメリット・デメリットを感じますか?

中村さん:以前の営業時間は、他のセレクトショップと同じように14:00~20:00でしたが、完全予約制にした今は、9:00~24:00の間で予定が空いていればいつでも対応可能です。

例えば、仕事や子育てで忙しく、夜しか自由に使える時間がない方や美容師さんは、お店に行こうと思っても、自由に動ける時間はすでにお店は閉まっていますよね。完全予約制にしてからは、22時から買い物にくるお客さまもいらっしゃいます。

僕にしてみても、お客さまが誰もいないのにお店を開けて、ただそこにいなきゃいけないというのは無駄な時間だと思っていましたので、お客さまも僕もどちらもハッピーな形態になりました。常連の方からも、通いやすくなったと好評です。

完全予約制を始めた2019年12月と2021年の同時期とを比較すると、売り上げも1.6倍くらい(年商1億円超え)になったので順調なのではないでしょうか。現状デメリットは感じてないですね。

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整然としているが居心地は良く、プライベートな時間と空間が用意されている

――渋谷駅から徒歩で15分程度と、一般的には決してアクセスの良い場所ではないですが、それもあえての戦略ということでしょうか?

中村さん:はい、その通りです。僕が立地を選ぶ際に重視したのは、「最寄り駅はアクセスのいいところで、駅からの距離が遠い場所であること」です。具体的には新宿や恵比寿、中目黒、渋谷あたりの物件を見たのですが、最終的に駅からの距離感などを考えてここにしました。

わざわざここまで足を運ぶのは、本当に買おうと思う人のみ。言い換えると、確実性の高い、質の良いお客さまのみになります。なんとなくふらっと入ってくる人が多いと、接客へのエネルギーが分散してしまうので、本当に買いたい人だけが来るお店にすることを当初から決めていました。

あとは経験がある方もいると思いますが、ショップスタッフに商品を薦められているときに常連さんがふらっと入ってくると、一瞬空気が変わる。接客されているお客さまはもちろん、常連さんもショップスタッフも、それぞれに何かを察知し、なんとなく気まずい空気が流れて、みんなハッピーな気分じゃなくなるんですよね。そういう過去の経験も踏まえて、立地にはこだわりました。

独立を見据えて会社員時代に経営ノウハウを吸収

――ところで、以前はセレクトショップで働いていたそうですね。そもそも自分のお店を持とうと思ったきっかけを教えてください。

中村さん:中学生くらいの頃からずっと洋服が好きで、いつか自分のお店を持とうとは考えていました。大学では経営学の勉強をし、実は教員免許も取得しましたが、やはり洋服に関わる仕事がしたくて就職活動はアパレル企業を受けました。そして、独立まで最短距離で行けそうというのが決め手で、あるセレクトショップに就職しました。

社長との面談で生意気にも「僕はいずれ独立するので、ここで経営ノウハウをすべて盗みます」と言ったのですが、社長はそんな僕の発言を面白がってくれるような人でした。

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僕が入社した当時、ショップの運営はすべて店長の仕事でしたので、予算だけが決まっていてあとは店長の裁量次第。仕入れ内容やセール、イベントなど、すべて店長が決めるという面白い方法を採用していました。

そこで4年間ほど、僕自身も仕入れやスタッフの教育などあらゆることを学んで独立し、ショップをオープンしました。

――オープン当初から別注アイテムを主力商品とし、販売するのはかなり異色ですよね。

中村さん:独立後、以前の会社の上司や知り合いのデザイナーなど僕の周りの人にショップのコンセプトを話してみたら、100%やめた方がいいって言われました(笑)。でもそう言われて、かえって「いける」って思いましたね。

ちょっと語弊があるかもしれませんが、みんなが「良い」っていうことは、誰もが思いつくし、すでに誰かがやっていることなんです。僕は誰もやっていないことをやりたいと思っていたので、みんなに反対されたからこそ、きっと成功するだろうと確信に変わりました。

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撮影用に商品を多めに陳列してくれていたが、通常はお客さまが買うもののみが店頭に並ぶ

商品説明も予約も、SNSを活用して徹底効率化

――商品説明はYouTubeのライブを中心とした動画配信で、予約はInstagramのダイレクトメールを活用されていますが、SNSはいつ頃から利用されていたのでしょうか?

中村さん:オープンした1カ月後からInstagramのライブ配信を始めているので、3年前からです。当時、まだInstagramのライブ配信を使っている人はほとんどいなくて、でも「なんだかおもしろい機能があるから使ってみよう」という軽い気持ちで。

その後、もっとクオリティーの高いものを配信したいと思い、YouTubeのライブ配信機能に移行しました。今ではカメラ機材も結構値の張るものを揃えて、色や生地感までしっかり伝わるようにこだわっています。

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動画では1点1点、中村さんの熱い語りで商品が紹介されている

デザイナーさんがうちのために作ってくれた商品です。お客さまにも早く届けたいので、商品入荷のたびにライブ配信をしています極端な話、1点でも入荷があれば毎日配信していますね。

その動画を見たお客さまが、Instagramのダイレクトメールを使って質問などをしてきますが、何度かのやり取りを経て予約来店してもらっています。動画の中で商品説明を詳しくしているのでお客さまは商品を予習した状態で来店し、最終確認の感覚で商品を試着して買っていただいています。

凝った動画を制作するのは大変ですが、その時間に頑張っておけば、あとは僕が寝ているときでもアーカイブされた動画が接客してくれたり、WAGAMAMA TOKYOのファンを増やしたりしてくれるんです。「不労所得」、それってすごいことですよね(笑)。

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実は僕、接客があまり好きじゃないですし、働くことも好きじゃないんです。できるだけ働かずにいるには、と考えた結果が最初にお話した「自宅兼店舗」を持つことにもつながっていて。自宅なら通勤時間の必要もなく、今のような運営を継続できれば、時間を無駄にしない経営と生活が両立できるはずです。

――長時間働かずとも顧客ができるのは、ショップ経営としては理想ですが、中村さんは実際に成功されていると思います。その秘訣はなんだと思いますか?

中村さん:僕はファッションに関して、他の人よりずっと多くお金をかけてきました。中学生のころからいろいろなものを買っていて、それこそ家が一軒建つくらいです。たくさんのものを見てきて、たくさん失敗してきたからこそ、自分は絶対おしゃれだっていう自信があります。まぁ、ある意味ナルシストなんですけど(笑)。

そんな僕が欲しいものをブランドに別注として作ってもらっています。今までショップでオーダーした服は、もちろん自分でも全て持っています。僕が好きな商品を気に入ってくれるお客さまがいれば、「同じものですがどうぞ」という感覚で販売しています。

うちのお店にあるものは決して安くはありませんが、僕の考えや商品のこだわりに共感してくださるお客さまが、商品とお店と僕のファンになっている。それがうまくいってる秘訣なのかもしれませんね。

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中村さんのお眼鏡に叶ったアイテムだけが並ぶ店内

わがままを聞いてもらうから、デザイナーへ納期や価格の注文はしない

――ショップ名はやはり、中村さんのワガママやこだわりが由来になっているのでしょうか?

中村さん:僕は洋服が大好きですが、服を作ることはできません。デザイナーさんが長い時間をかけて考え、完成させたものを別注として僕の好きなデザインに変更してもらう——。とても失礼なオーダーです。これって、とてもワガママなことですよね。だから僕のワガママをデザイナーさんに聞いてもらい、その服を売るという意味での「WAGAMAMA」です。

そして、本当に納得するものだけを売りたいからこそ、納期や価格に関することは一切注文しません。うちのショップには、通常のアパレルにあるようなシーズナルの決まった入荷日はなく、新しい商品ができて届いた日が入荷日になります。価格もデザイナーさんが納得のいくものを納得のいく価格で作っていただくので、納品されてはじめて価格を知ります。

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ロゴの「W」は、よく見ると英字XYZを融合してデザインされている。漫画やアニメの『シティハンター』では、暗号として「助けて」という意があり(中村さんはアニメを見て、XYZの響きを好きになったそう)、カクテルでは「最高の1杯」という意を持つ。デザイナーの助けを借り、最高の商品を中村さんのワガママで完成させる、それがこのロゴに込められている

――納期と価格がないのですか⁉︎ アパレルショップでは考えられないやり方ですよね。このような運営にこだわるのはなぜでしょうか?

中村さん:今はどこのブランドやショップもECに力を入れていますよね。もちろん経営として一つの戦略ではあるのですが、インターネットでの買い物って、例えば「コートを買おう」と思いながら流行りものを検索するような予定調和な買い物で、何か新しい発見や意外なものに出合う機会が少ないと思うんです。

その点、実際の店舗では、予定外のものを買ってしまうといったちょっとした罪悪感、実際に商品を手に取って見たときのわくわく感があります。こういう気持ちや体験を大切にしたいと思い、このショップを始めました。実際に顧客になったお客さまもネットでは欲しいものが見つからず、このお店を見つけて実際に来店して、ハマってしまったなんて方が多いですね。全く予定調和なものがないですから(笑)。

――確かに、ECが便利になった反面、実店舗での買い物をする楽しさが失われつつありますよね。

中村さん:そうですね。僕の定性目標ではあるのですが、衣食住の「衣」である洋服の価値を高めて、洋服に投資をする人を増やしたいと思っています。なぜなら「衣」には夢があるから。ただの繊維だったものが、形になることで「デートにこの洋服を着て、ほめられよう」とか「この洋服買ったから、仕事を頑張ろう」など、自分を励ます存在になるのが洋服だと思うんです。

それに、衣食住のうち、「衣」だけが世界中どこでも持ち運びができますよね。本当はもっと評価されるべきだと思っています。でも、洋服にお金を使う人はまだまだ少ない……。まずは「洋服の価値を押し上げる」こと、それが僕の生涯を通しての目標です。

ひと昔前のようにショップへ行き、実際に手に取り、本当に欲しいものを見つけて買う楽しさをもっと多くの人に知ってもらいたいですね。

取材先紹介

WAGAMAMA TOKYO

東京都渋谷区神山町7-15 immeuble渋谷神山町1F

取材・文久木田亜伊

ファッション系の出版社勤務を経てフリーに。ファッション、教育、子育てなどをメインに執筆活動中。

撮影木村心保