長野県でイタリアンレストランを営む小林諭史さんは、シェフの他にYouTuberとしての顔を持っています。小林さんが運営するYouTubeチャンネル『Chef Ropia 料理人の世界』は、登録者数50万人(2022年2月時点)を超える人気チャンネルで、2013年から配信を開始した料理動画配信者の先駆け的存在でもあります。
一体どのような経緯で動画配信を始めたのか、そして動画配信を通してファンを増やすコツとは。動画投稿の話から料理、お店に対する思いについて話を聞きました。
動画配信を始めたきっかけは、まさかの熊⁉
――まず、お店を始めるまでの経緯を教えてください。
小林さん:自分は調理学校出身ではなく、未経験で飲食業界に飛び込みました。最初に師事した師匠に包丁の握り方から、基礎的な調理技術や料理人としての生き方を叩き込んでもらいましたね。イタリアンをやりたいと決めていたので、その後はリストランテへ移りイタリア料理の真髄を教わりました。
現在のお店「リストランテ フローリア」は、2013年5月にオープンしました。最初は叔父がオーナーで、僕は雇われ店長のような立場でしたが、その3年後に経営譲渡という形で経営者になり今に至ります。
――お店を運営する中で、なぜ動画配信を始めようと思ったのですか?
小林さん:お店の付近にはよく、野生のイノシシやクマが出ます。10年くらい前、長野駅前周辺をクマが歩いていて、駅前に警察や消防車などが集まるほどの騒ぎになりました。そんな中、害獣駆除としてやってきた狩猟銃を持ったおじいさんが、クマを追って堂々と山の中に入っていく姿がすごくかっこよく見えて――。
それから、狩猟動画をよく見るようになり、伝える手段としての動画の優位性に気付きました。当時はお店で料理教室を開催していたんですが、教えられる人数には限りがあります。そこで、動画で発信すれば、たくさんの方に届けられるのではないかと思いつきました。
――当時の発信媒体は何だったのでしょう?
小林さん:料理動画を最初に投稿したのはYouTubeでしたが、まだYouTubeの利用者数が少ない時代だったため、視聴者が集まらず……。ニコニコ動画にも同じ料理動画をアップしたところ、徐々に視聴者が増えていきました。当時から料理動画の投稿数は多かったんですが、プロの料理人で顔を出して配信している方は少なかったので、「プロの料理人が出てきたぞ!」といった物珍しさもあって視聴していただけたと考えています。
投稿を始めて2年間はニコニコ動画が主体でしたが、途中でプラットフォームとしての成長が著しかったYouTubeに切り替えました。チャンネルの登録者数は2,000人からのスタートでしたね。
チャンネル開設当初は「料理人が何やってるんだ」と言われていた
――動画配信を始めた当時、周りからの反応はどうでしたか?
小林さん:今でこそ料理人が運営しているYouTubeチャンネルはたくさんありますが、当時は業界内で全く浸透していないころでしたから、開設当初はもうフルボッコでした(笑)。「料理人が何やってるんだ。ふざけてないで自分の店をちゃんとやらなきゃ駄目だ」って。あの頃、動画配信はあくまで趣味の範囲だというイメージがあり、店のオーナーという本業がありながら何をしているのか、と思われていたのではと思います。
――そんな周囲の方々の風向きが変わり始めたのはいつごろからだったのでしょう?
小林さん:今でも親交がある「COCOCOROチャンネル」さんという、料理系チャンネルとのコラボがきっかけで一気に登録者が伸びてから、徐々に風向きが変わり始めました。当時、既に「COCOCOROチャンネル」さんは5万人ほどの登録者がいて、プロの料理人であることに加え、調理に関する丁寧な説明、動画自体の面白さもあって注目されていました。コラボによって僕のチャンネルの存在を知った視聴者がどんどん増え、10万人までは毎月1万人ペースで伸びていって。そのころから、周囲の方々やお客さんから「チャンネル、すごいね」と声を掛けてもらえるようになりました。
チャンネルが成長できたのは「コメント欄」があったから
――代表的な「イタリア料理シリーズ」をはじめ、ゆるい雰囲気が人気の「まかないシリーズ」から、料理人を志す方向けの「プロの料理人になるためにシリーズ」など、幅広い分野で動画を発信されていますが、動画制作をする際に心掛けていることは何でしょうか?
小林さん:動画へのコメントには、毎回応え続けるように意識してきました。視聴者から「こんな動画を見たい」というコメントがあったら、実際、それを動画にしてみる。とにかく、コメント欄に記載されている要望をどんどん取り入れていった感じです。「仕込みシリーズ」というシリーズは、あえて喋らず、ただ食材を切ったり煮込んだりするだけの動画ですが、「玉ねぎを切っているだけの動画が見たい」というコメントに応える形で生まれたものです(笑)。
――玉ねぎを切っているだけ! 本当に、さまざまなコメントに応えていったんですね。
小林さん:僕の考えだけでは絶対に生まれなかった動画コンテンツですね。コメント欄での視聴者とのコミュニケーションを通して、新しい発想のコンテンツが増えていき、チャンネルが良い方向に発展していったと思います。ときには否定的なコメントもあって、僕も人間なのでモヤっとした気持ちにもなりますが、素直になって意見を取り入れてみようかなと。僕の全く知らない世界で働いている方の意見は貴重だと思っているので、否定的なコメントもただの横槍として捉えないようにしています。
スタッフとの掛け合いシーンは普段の厨房の姿
――個性豊かなスタッフさんもチャンネルの魅力ですが、動画の企画を一緒に考えることはありますか?
小林さん:もちろんあります。ライさんというスタッフは、元々まぜそば屋で働いていた方です。ラーメンやまぜそばなど麺類の知識は僕よりもあるので、パスタなど麺を使用したレシピを使う「まかないシリーズ」の企画を考えてくれることもあります。やっぱり僕の足りない頭で何かやろうと思っても限界があるので、コメントも含め、いろんな方の意見を聞くことで新しい発想につながっています。
――一般人ではなかなか見ることのできない厨房内の様子も動画では見ることができますが、和気あいあいとした雰囲気でとても楽しそうだな、と思いました。
小林さん:いつも本当にあんな感じ(笑)。これからも普段の厨房の雰囲気は出していきたいです。以前は字幕で説明する動画を発信していましたが、「COCOCOROチャンネル」さんの動画は、スタッフとの掛け合いがすごく面白くて取り入れました。当時、キャップというスタッフがいて、掛け合いで動画に出てもらううちに徐々にキャップ自身にもファンが付き始めたんです。料理人に知名度があって損はないので、うちの店で働いているスタッフたちには独立するまでに動画を通して知名度を上げて、今後、自身のお店を出すときに役立てもらいたいですね。
――やはり、今後飲食店を経営する中で動画を発信することはメリットになるのでしょうか?
小林さん:店舗ブログなどと同じように、いつも来てくれている地元の常連さんとの距離感をグッと縮めるため、動画を取り入れていくのは良いと思っています。お客さんとの一種のコミュニケーション方法ですね。たくさんフォロワーが欲しいという目的でチャンネルを活用していくわけではなく、動画やコメント欄を通して常連さんとの関係を築いていくという意味で、飲食店もどんどん動画ツールを活用していくと良いんじゃないかな。
小規模でいいから、目の前のお客さんが動画を見てくれているのであれば、もうそれで十分チャンネルとして機能していると思います。また、お店の1日の流れの中で、いつ動画を撮影してどうやって編集していくのかを学べるのはうちの店ならではと思っています。スタッフには、これから自分の店を持ったときに動画についてのノウハウも生かしてもらえたら良いですね。
同じ道で頑張る人たちのために、自分の経験を伝えていきたい
――「プロの料理人になるためにシリーズ」など、これから料理人を志す方へのコンテンツはどのような思いから制作されているのでしょうか?
小林さん:飲食系って本当に厳しい。僕らもずっと順調にきたわけではなくて、売り上げが少なく仕入れが厳しい時期もありました。そういう経験をしたからこそ、自分の体験を共有して少しでも役に立ってもらえれば良いなと思っています。
――それは飲食業界を志す方にとって、心強いコンテンツになるのではないでしょうか。
小林さん:実際に視聴者からも、「励みになります」とか「自分もお店をやっているので元気をもらいました」という声をいただきました。動画のコメント欄で、同じような境遇で頑張っている人がいることを知れるだけでも励みになるのでは、と思います。僕も年が明けると、今年の12月31日はどういう気分で過ごしているんだろうって毎年考えます。先が見えない中、少しでも飲食を志す方々の力になれればうれしいです。
――今後、チャンネル内でやっていきたいことはありますか?
小林さん:ここ数年で、いろんな方がYouTubeを始めるようになったじゃないですか。シェフや板前など専門的な人がチャンネルを開いて、専門的な知識が動画でも学べるようになってきた。今までは、料理人のチャンネルがあまりなかったからこそ、さまざまな企画で動画を配信してきましたが、これからは僕自身の強みを見つけてそれに集中したコンテンツを発信していきたいなと思っています。
――店舗では、これからどんなことをしていこうと考えていますか?
実は、店舗を増やそうと考えています。コメント欄でもよくお店の開店資金や開店までの道のりについて聞かれます。だから、実際に店舗を開店する過程を公開していくことで、今後、飲食店の開店を考えている方の参考になればいいなと思っています。
また、「地産地消」のスタイルは変えずにやっていきたいです。長野ってすごいんですよ。野菜も美味しくて食材も豊富。これからも、地元の食材を使ったイタリアンを美味しく味わっていただきたいと思っています。
取材者紹介
- Chef Ropia(小林諭史)
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長野県出身。イタリア料理店「リストランテ フローリア」オーナシェフであり、誰にでもわかりやすい解説が魅力のレシピ動画や、プロの視点で飲食店に関する知識を教えてくれるYouTubeチャンネル『Chef Ropia 料理人の世界』を運営。同チャンネルは登録者52万人(2022年2月現在)を超える大人気チャンネルとなっている。
取材先紹介
- Ristorante Floria(リストランテ フローリア)
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長野県長野市篠ノ井杵淵48-7 電話:026-214-3446
- 取材・文仙波絢香
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株式会社都恋堂所属。雑誌やフリーペーパー、webコンテンツなど幅広い分野での編集・執筆を行う一方、Z世代の感性を活かしたSNSマーケティングの分野にも携わっている。
- 写真新谷敏司