イナダシュンスケさんはコロナ禍で「エリックサウス」をどう運営していったのか

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新型コロナウイルス感染拡大の影響で、通常とは異なる運営をしている飲食店が増えています。

自治体からの度重なる時短営業の要請やアルコール提供の自粛……。お店とお客さんとの距離感が物理的・心理的にも遠くなっている今、「また行きたい」とお客さんに思ってもらえるようにするには、どんな工夫が必要なのでしょうか。

飲食店の店主に、コロナ禍でのお店づくりをお聞きする新シリーズ『コロナ禍でのコミュニケーション』。お話を伺ったのは、飲食店プロデューサーで、南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長でもあるイナダシュンスケさんです。

イナダさんはコロナ禍でお店の売上が1/10までに落ち込むなど大きな痛手を受けながらも、運営方針の切り替えや柔軟な発想で乗り切ろうと現在も奮闘中。根底にあるのは、お店に来てくれたお客さんに安心して食を楽しんでもらいたいとの意識でした。

さらには、「お店同士がお客さんを取り合いせずに済むよう、食を愛する人を増やしていきたい」とも。お店とお客さんの関係性やコミュニケーションについて、イナダさんならではの着眼点に迫ります。

※取材はリモートで実施しました

新型コロナは「一時的な嵐」だと思っていた

――新型コロナウイルスが流行し始めた頃、イナダさんはこの時勢をどのように捉えていましたか?

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イナダシュンスケさん

イナダシュンスケさん(以下イナダさん):一時的な嵐に過ぎないと思っていました。2020年4月に最初の緊急事態宣言が発出された時も、じっと我慢していれば止むだろう、それを待とうと。正直、こんなに何年も続くとは予想もしていませんでしたね。

――「エリックサウス」は全国に10店舗を展開していますが、実店舗はどのような状況でしたか?

イナダさん:「エリックサウス」は店舗ごとに業態や客層の違いがあるんです。全体的な影響は大きいものの、ランチがメインの業態については売上の凹み幅は比較的小さく済みました。大打撃を受けたのはディナー主体の業態で、1/10程度にまで落ち込んでしまいました。

例えば、ディナーコースをメインにした神宮前の「エリックサウス マサラダイナー」では、時短閉店でも間に合うようにコースのスタート時間を早めました。オーセンティックな南インド料理を提供している大阪の「西天満店」でも通し営業や前倒し営業で集客を目指しましたが、上向きにはならず……。西天満店についてはディナー営業をやむなくやめることにしました。

――夜の営業をメインにした業態は軒並み影響が大きかったですよね。エリックサウスでは他にどんな対策を取られたのでしょうか。うまくいったこと、いかなかったことがあれば教えてください。

イナダさん:もともと、エリックサウスは各店の店長に任せていることが多かったので、デリバリーやテイクアウトも各店舗の裁量で行ってもらいました。やりたいことがあれば「失敗するかもしれないけれど、とりあえずやってみよう」というスタンスで。

さまざまな取り組みのうち、中でも面白かったのは高円寺カレー&ビリヤニセンターです。店長が元パン職人だったので、その経歴を生かしてエリックサウス初のカレーパンをテイクアウト販売したんです。これがすごく評判になりました。

また、2020年の夏頃からいくつかの店舗で始めたインド料理のモーニングもお客さんからの反応がよかったですね。手応えを感じたものの、スタッフの労働時間がどうしても長くなってしまうのがネックになり、秋頃には諦めました。以前から会社の方向性として少しずつ労働時間を削減する方針を取ってきたのですが、モーニング営業はそれに反する形になってしまって……。マンパワーさえ解決できれば続けたかったです。

――実店舗以外にも、Web通販をされていますよね。こちらはどのような変化がありましたか?

イナダさん:コロナ禍の少し前に、小さな工場で細々と通販をスタートさせていたんです。数少ないリピーターさんだけの利用でしたが、あらためてSNSで発信すると多くの方に認知されるようになりました。「実店舗での売り上げが見込めない今、自分たちはここに集中するしかない」と設備を整え、可能な限りの増産体制を取ったんです。スタッフには工場へ応援に行ってもらうことで、雇用を守ることにもつながりました。

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エリックサウス 通販サイト(https://www.erickcurry.jp/)より

――通販を一足先に始めていたことが救いになったんですね。その存在が広く知られるようになって、今は安定した売上につながったのでしょうか?

イナダさん:業界全体で通販への新規参入が増えていることもあり、一時期のような伸び率はなくなりましたね。ただ、リピーターなど固定のお客さんがついてくださっているので、ある程度は安定しています。

感染防止と集客。ジレンマに悩みながらのコミュニケーション

――感染拡大防止の観点もあり、なかなかお客さんに「来てください」とは言いづらい状況が続いています。イナダさんはコロナ禍での集客について、どのように取り組んできましたか?

イナダさん:エリックサウスはもともと全店舗、おひとり様でも利用しやすいようにコンセプトを考えています。カウンター席を多く配したり、テーブル席もフレキシブルに動かせるようにしたり。料理も全て1人前から提供できるようレシピやオペレーションを組んでいるので、とくに大きく集客の方針を変えることはありませんでした。

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エリックサウス マサラダイナー神宮前店の内観

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エリックサウス マサラダイナー神宮前店ではおひとり様メニューも充実している

――複数人のお客を対象にしていたお店の場合、ひとり客向けに切り替えるのも大変ですよね。

イナダさん:そうですね。お店によっては調理工程やオペレーションだけでなく、コースやメニューの再構成から取り組む必要があるかもしれません。大変ですが、今はこだわっている場合じゃない。「2人前以上じゃないと肉はうまく焼けないから!」ではなく、1人前でもおいしく焼く方法、おいしく作れる料理を考えていくように発想を転換しないと難しいのではと思います。

――お客さんとのコミュニケーションについて、オンライン・オフライン問わず感じたこと、意識されていたことはありますか?

イナダさん:最初の頃は感染を広げないためにどうすればいいのか、何も分からない状態でしたから、来店を促すようなことはやっぱり言い出しにくかったですね。その後、少しずつ感染防止のノウハウが確立されてきたので、SNSでは「おひとりでのご来店なら感染リスクも少なそうです」「2人以上の場合は黙食してもらえれば大丈夫です」と、根拠のある範囲で呼びかけるようにしていきました。

実際に来てくださったお客さんには「こんな時期に来ていただいてありがとうございます」と感謝しかありませんでした。誰も来なくて当たり前のような時でも、わざわざ足を運んでくれて。すると、お客さんはよく「いえいえ!お互い頑張りましょう」と声をかけてくれるんです。

ある時期からは、サービスを提供する側(お店)と受ける側(お客さん)としてではなく、飲食文化を愛する者同士としてフラットなコミュニケーションになってきたと感じるようになりました。考えてみると、飲食業だけでなく、お客さんが働く業界も大小の差はあれどコロナの影響があり、苦しさや厳しさを抱えているんだと。飲食のフィールド内だけでなく、社会全体で頑張っていかなければならない時期なんだと奮起させられましたね。

――どこの業界も他人事ではない感じがありましたね。お店とお客さんに一体感があったように思います。

イナダさん:今でこそおひとりで飲食店を利用する方は増えていますが、それでも少なからず抵抗を持たれる方もいらっしゃいます。それでも、私たちがおひとりでの来店を促すのであれば「デメリットがないから」ではなく「ひとりで来るメリット」を打ち出したかった。そこで生まれたのが、「エリックサウス マサラダイナー」で始めたロングバージョンの料理解説です。

――「本日のコース料理」として、6品を長文で紹介するお品書きをお客さんに渡しているんですよね。A4用紙4枚、およそ8,000字と読み物のようなボリュームですが、具体的にはどのような経緯で始められたんでしょうか。

イナダさん:料理解説は以前から、2カ月ごとのコース変更のたびにスタッフ用のアンチョコ(説明書)として作っていたんです。うちは南インド料理なので、料理についてお客さんにもある程度理解していただいた方がより一層楽しめます。これまではスタッフがアンチョコを読んだ上で可能な限り解釈し、それぞれ自分の言葉でお客さんに伝えるようにしてきました。

しかし、今はコロナ禍で会話のコミュニケーションを控えねばならない時期。おひとりさまや黙食が前提ならば、お客さんに長文解説をそのままお渡ししてもすんなり受け入れてもらえるんじゃないかなと思ったんです。

――インパクトがありますよね。実際にお客さんからの反響も大きいと伺いました。

イナダさん:そうですね。私自身も楽しんで書いていますし、何よりも、その料理をどういう想いで作っているかをより明確に伝えられるようになったのがうれしいです。一時期、感染拡大が落ち着いた頃にはやめようかと思ったのですが、お客さんにガッカリされてしまいそうなので(笑)。コロナが収束した後も続けようと思っています。

実はこれまでも、お客さんによって料理を前にして長い説明をされるのを好む方と好まれない方がいたんです。スタッフの接客スキルが高ければ、説明が必要かどうかを察することができますが、そのレベルをスタッフ全員に求めるのはなかなか難しい。そもそも「料理をきちんと解釈して説明する」という面だけでも高いスキルが必要で、コロナ以前から限界を感じていたのも事実です。

今、紙面での長文解説がお客さんに受け入れられてうれしい反面、スタッフの接客スキルを伸ばす機会が失われてしまっているな……との懸念もあります。今後どうカバーしていくか、課題のひとつですね。

――普段からエリックサウスをよく訪れるような常連さんと、初めて来られるようなお客さん、それぞれでコミュニケーションの取り方は変えていますか?

イナダさん:特に初めてのお客さんには手厚くコミュニケーションをとっていましたね。

また、インド料理店の特性でもあるのですが、日本人のほとんどはインド料理=カレーと認識しています。カレーセットを出しているランチタイムならそれでも十分楽しめるのですが、ディナーに関しては、カレーはあくまで最後に食べるメインの位置づけ。いろいろなインド料理を知ってほしいので、そこに至るまでの料理をコースやアラカルトで提供しているんです。一皿ずつのポーションは少なめなので、初めて来た方が何も知らずにカレーだけを注文しても満足できないんですね。お店側も客単価が上がらず、双方ともいいことがないんです。

以前ならお店の内容や注文の仕方などをお客さんに丁寧にご説明し、理解をしていただいた上で席にお通ししていました。コロナ禍では直接的なコミュニケーションを控えているので、この説明も諦めざるを得なくなってしまいました。

現在は、常連さんやコースの楽しみ方をすでにご存じの方がお店を支えてくれていますが、さらに多くの方に知っていただく機会を設けないと先細っていくだけです。今後この状況が続くのであれば、ランチと同じようにディナーでもワンプレートで完結するメニューを主体にする、または説明がなくても分かりやすいメニューにするなど考えていますが……。昼夜ともに一緒ではつまらないのではと思う面もあり、悩ましいですね。

食への愛情を全面に押し出し、食文化を楽しむ人を増やしたい

――イナダさんは本の出版やメディアへの寄稿など、コロナ以前よりもさらに多くのチャネルで発信されていると感じています。ご自身についてはどのような変化がありましたか?

イナダさん:数字的な面を見れば、会社の存続やお店運営への焦りや恐怖心、ストレスが多大にあります。

ただ、そこは運営会社である円相フードサービス代表の武藤が緻密にやってくれているので、私は自分のできる部分に注力しようと腹をくくりました。

もともと文章を書くのが好きなこともありますし、良くも悪くもコロナ禍で手が空いたので依頼されたものをお受けしています。どの媒体でも意識していることは、飲食を楽しめる人を新規開拓し、さらに増やしていくこと。お店の宣伝に利用するというよりは、私たちの考えを伝える要素が大きいですね。積極的に発信することで、その想いに共感してくれる方がいればいいなと。

世の中には「おいしくて安ければいい」との考え方があります。それも確かに正論だと思います。ただ、その価値観の外にある料理や食文化を理解すると、食の楽しみはグッと広がります。お店同士で現状のお客さんを取り合うより、そういう食文化を楽しめる方をもっと増やした方がいいじゃないですか。今後どう攻略していくか、不謹慎ですが難易度の高いゲームに挑むような気持ちで取り組んでいます。

――確かに、イナダさんの日々の発信からは「いろいろな角度から食文化を楽しもう」との気概が感じられます。

イナダさん:知らないからと好き嫌いしていたらもったいないですからね(笑)。

また、後から気づいたんですが、各媒体に書いた記事や私のSNSの内容をお店のスタッフも見てくれているんです。最初は「スタッフの目が気になるな」と思っていたんですが、直接伝えなくても私の考えを理解してくれていると感じるようになりました。ある種の社内報のような使い方もさせてもらっています(笑)。

――ただ、イナダさんのように読み応えのある文章を書くのは、誰にでもできることではないと思います。飲食を楽しむ人を増やすためにお店の店主ができることって、他にどんなことがあると思いますか?

イナダさん:もっと自分の「料理好き」や「飲食愛」を全面に押し出した方がいいと思います。すると、自分と同じ価値観の人たちを集められますから。技術云々の前に、思いの丈をぶつけた文章って熱量があってすごく面白いじゃないですか。文章に限らず、絵が得意ならイラストに取り組むとか、話すのが得意なら動画系コンテンツに振るとか。どんな形であれ、遠慮せずもっと主張して欲しいと思っています。

――店主さんの好みや想いをアピールすることで共感を呼び、ファンをつくると。とすると、もっとマニアックになっていった方がいいってことですね。

イナダさん:飲食を仕事にしたからには、食に対して何らかの強い興味や愛をもっているはず。逆に、興味も愛もなくビジネスとしてしか飲食店を捉えていないのなら早く切り替えた方がいいです。もっと効率のいい仕事がいくらでもありますから(笑)。

近著『飲食店の本当にスゴい人々』にも書いたことですが、これまでの飲食店は大きく分けて「純粋に食事を楽しむ場」と「集いとしての場」の機能がありました。今はコロナ禍で集えなくなり、さらにはアルコール提供にも頼れなくなっています。「集いの場」としての機能が失われたら、食事を楽しむお客さんを増やしていかなければなりません。なのに、誰からも嫌われないような無難な料理ばかりを出していたらもったいないじゃないですか。

「こういうのが好きなんじゃないかな」「これは受けるだろう」という視点は、大手チェーンや、マーケティングに長けたベンチャー企業には叶いません。淘汰されないためにも、個人店は店主の「好きという想い」をアピールすることが生き残りにもつながる道なんじゃないかと思うんです。

といっても、ただ単純に自分がそういう店に行きたいので、もっと増えてほしいだけなんですけどね(笑)

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――最後に、イナダさんが今チャレンジしていること、今後取り組んでみたいことがあれば聞かせてください。

イナダさん:デリバリーの可能性をあらためて考えています。私自身よく利用するようになりましたが、多少割高でもレストランの味を楽しめる点ですごく救われたんです。

ただ、デリバリーってどのお店も同じフォーマットになってしまうので、個性や魅力が出しにくいし伝わりにくいんですよね。運搬の安定性の面から見ても、同じような容器や当たり障りのないメニューになりがちです。エリックサウスでもコロナ禍初期から取り組んではいましたが、ちょっとずついろいろな種類を盛り込んだミールスは提供しにくいので、シンプルなカレーセットのみを展開してきました。

でも発想を転換すれば、画一的なデリバリーサイトでもお店ならではの面白さ、お店でメニューを選ぶような楽しみ方がもっと表現できるのではないかと。3月からは大阪の西天満店のデリバリーサイトを改良し、試験的に進めています。

インド料理マニアの方が「一般向けしかないのか」とガッカリしないように。一方で、あまりなじみのない方がメニュー選びで迷宮入りすることのないように。限られた文字数でも面白さや熱意が伝わればいいなと、機能をフル活用してサイト内へ誘導し、双方ともに満足できるようなラインアップにしたいと思っています。

デリバリーについてそういう取り組みをしているお店はまだまだ少ないような気がしているので、うまく形にしていきたいですね。

【お話を伺った人】

イナダシュンスケさん
飲食店運営、プロデュースなどを手掛ける「円相フードサービス」の専務取締役。幅広いジャンルの業態開発に取り組み、中でも南インド料理店「エリックサウス」では総料理長としてコンセプトからメニュー開発、調理や接客など一連を担当する。食べ手としても高級店からチェーン店まであらゆる料理に精通し、自らをナチュラルボーン食いしん坊と称するほど。その知見を活かしグルメ記事の執筆なども行っている。近著に『おいしいもので できている』(リトル・モア)『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社)など。
・Twitter:@inadashunsuke

取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。

編集:はてな編集部