1度ならず、何度も足を運んでくれる常連のお客さん、いわゆる“おなじみさん”は飲食店にとって心強い存在です。
そうした常連客の心をつかむお店には、どんな共通点があるのでしょうか。また、お客さんから見た場合、どういうお店が「通いたくなるお店」なのでしょうか。
今回お話を伺ったのは、「東京喫茶店研究所」の二代目所長・難波里奈さん。本の執筆やメディア出演など、喫茶店にまつわるさまざまな活動をされています。
普段は会社勤めをしながら、10年以上にわたり日本各地の純喫茶をめぐっている難波さん。これまで訪ねたお店は2,000軒以上(!)で、とくにお気に入りのお店は何度も通っているそう。
では、難波さんが「また来たい」と感じるポイントはいったいどんなところでしょうか? メニューや接客など、たくさんの喫茶店を訪れてきた難波さんならではの視点から「通いたくなるお店」を考えていきます。
- 純喫茶に恋して10年以上。難波里奈さんが通うお店
- 「こんなお店に通いたい」難波さんが感じる共通点
- 難波さんが考える「常連の多い喫茶店」
- お客さんが心地いい「適度」な接客とは
- レトロブームで喫茶店にお客さんが増えるのは喜ばしい
※取材はオンラインで実施しました
純喫茶に恋して10年以上。難波里奈さんが通うお店
―― 難波さんは10年以上前から純喫茶の魅力にハマり、これまで2,000軒以上ものお店を訪れていると伺いました。喫茶店関連の本も10冊ほど出されていますよね。
難波さん:2012年に初めての著書「純喫茶コレクション」を出したので、めぐり始めたのはそれよりもさらに数年前からですね。もともとレトロな建物や内装がすごく好きで、大学生の頃から純喫茶に行くようになりました。喫茶店は個人経営のお店が多いので、ひとつとして同じ空間はないところが面白くて。正確な数字は分からないのですが、「喫茶店は日本全国で7万軒ある」と言われているので、まだまだ行けていないところがたくさんです。
―― 中でも、普段からよく通われているお店もあるとか。
難波さん:好きなお店は本当にたくさんあって選びきれないのですが、その中でも神田「エース」、高円寺「ネルケン」、四ツ谷「Lawn(ロン)」、新宿「らんぶる」の4軒にはもう10年以上、数え切れないくらい通っています。
―― それぞれのお店について、魅力を教えていただけますか?
難波さん:神田の「エース」は内装がポップで明るくて、初めての人でも入りやすい街の喫茶店。先代のお父様が始められたお店を、5人兄弟のうちのお二人が継いで営業されているんです。外観も内装もマスターのお人柄も、他のお客さんの雰囲気も本当に素敵で……。
私は普段は会社員をしていますが、仕事で疲れていてもエースに寄ると元気になって帰れます。初めて純喫茶の魅力を意識した原点のような存在ですね。
―― 難波さんにとって大切なお店なのですね。高円寺の「ネルケン」はいかがでしょうか?
難波さん:「ネルケン」は美術品が多く飾ってあり、すごく贅沢な雰囲気が味わえる名曲喫茶*1です。昼と夜とでまた雰囲気が変わるんですけど、入口の扉を一枚隔てた先は時空が違うんじゃないかと思うくらいの非日常感があるんです。ここにいる間は悩み事もしばし忘れてゆったり過ごせるのが好きですね。
旦那様が作ったお店をマダムが今も大事に、お一人で営業されています。マダムは上品で、一つ一つの仕草が本当に素敵な方。私にとっては憧れの存在なんです。
旦那様との思い出が詰まったお店にお邪魔させてもらうんだと思うと「カップも丁寧に扱おう」と自然に背筋が伸びますね。
―― 本当に「非日常感」のある素敵なお店ですね。「Lawn」と「らんぶる」についても教えてもらえますか?
難波さん:四ツ谷の「Lawn」は建物もお店の雰囲気も大好きで長らく通っています。マスターがとっても気さくでお話しやすいんですね。喫茶店の取材や撮影の際もいつも快諾してくださるのでよく頼ってしまいます。通っているうちにマスターも私もお酒が好きだということが分かって、時々飲みに行くようになりました(笑)。今では奥様や娘さんも一緒にごはんを食べに行くほど。家族ぐるみで仲良くさせてもらっています。
新宿の「らんぶる」は200席ほどを有する地下の大型店。自分ではとても買えないような豪華な調度品が置かれた空間で、その贅沢さに浸れるところが気に入って通い始めました。新宿は人がたくさんいて少し疲れてしまうのですが、らんぶるでゆっくりできることが救いになっていて。今は行列ができるほど人気ですが、以前は「ここに来ればコーヒーが飲める」という絶対的な安心感がありましたね。
数年たった頃、久しぶりに再会した知人が「らんぶる」の店長だと知ってびっくりして。オーナーの叔父夫婦が渡仏する際に引き継いだそうで、それからは取材や撮影などもよくお願いさせてもらっています。
―― 同じ喫茶店でもそれぞれ雰囲気が異なりますね。好んで行かれるお店は昭和に建てられたレトロな喫茶店が多いのでしょうか。難波さんの中で「純喫茶」の定義はありますか?
難波さん:「純喫茶」の“純”はもともと「アルコールを提供しないお店」との意味で使われていた言葉ですけど、今は線引きが難しいんですよね。時代の流れや常連さんからのリクエストでお酒を出しているお店も、レストランやパーラーのようにメニューが充実しているお店もありますから。
私の中ではっきりと定義しているわけではないですが、あえて言うとしたら、「昭和の時代からその街にあり、地域の人の生活に溶け込んだような喫茶店」でしょうか。40〜50年以上同じ場所にあり、内装なども大幅に変えず、ずっと地元の人たちに愛されながら営業している。そんなお店が好きなんです。
「こんなお店に通いたい」難波さんが感じる共通点
―― 今お聞きした4軒のお話だけでも、難波さんの熱い喫茶店愛が伝わってきました。それぞれ違う魅力があるお店ですが、難波さんが感じる共通点のようなものはありますか?
難波さん:そうですね……。この4軒だけではなくほとんどのお店で感じることですが、店主の方が本当に温厚で、いつ行っても穏やかという点は共通していると思います。その笑顔が常連さんだけでなく、初めて来た方に対しても分け隔てなく向けられていて。波がない感じにすごく惹かれましたね。
―― 確かに、お店の方が忙しそうにしていたり、ピリピリしていたりすると居心地の悪さを感じることがありますよね。
難波さん:お忙しいときは仕方がないのですが、少し気を使ってしまいますよね。でもそういう場面に出くわしたことはほとんどなくて。すごいことですよね。みなさんプロなんだなぁと感じます。
―― 他にも何度も通うお店が多くあるとのことですが、どんな基準でお店選びをしていますか?
難波さん:前提としては、自分の生活圏内にあるお店ですね。土日は遠出して新しいお店を開拓することもありますが、平日の会社帰りは無理なく行けるお店を選ぶことが多いです。
私にとって喫茶店は、自宅と勤務地との間にあるリフレッシュスポット。会社の人や友人、家族が知る私ではなく、肩書のない自分でいられる場所なんです。他人ではありますが、「ほどよい距離感の知り合い」というような、なじみのお店があるのは心強いです。
マスターやマダムは元気にしているかな? と思いながら足を運んで、そんなふうにいつでもふらっと行ける場所があることがありがたいです。
それに何度通っても新しい目線で楽しむことによって飽きないので、前回とは違うメニューを注文したり、訪れる時間帯を少しずらしたりとそれぞれのお店を極めたくなりますね。
―― そのお店の魅力をより深く掘り下げよう、と?
難波さん:喫茶店に限らずどのお店でもそうだと思うんですけど、自分が訪問した時間にちょうど居合わせたお客さんって毎回顔ぶれが違うじゃないですか。コーヒーにミルクを入れると都度異なる模様ができるのと同じで、その時にいる人々でお店の印象が変わることも、知らなかったマスターの一面が常連さんとの会話から見えてくることもあります。
自分は自分、マスターはマスターとして変わらないのに、その場にいる人によって化学反応が起きるのが面白くて。同じお店に何度も通うことで、そういう楽しみ方ができるようになってくるのも素敵ですよね。
難波さんが考える「常連の多い喫茶店」
―― 喫茶店は飲食店の業態の中でもとくに常連さんが多いイメージがありますよね。難波さんはこれまでたくさんのお店を見てきた中で、「常連さんが多い喫茶店」はどんなお店だと思いますか?
難波さん:適当な接客、適切な距離感があるお店かなと思います。良い意味で放っておいてくれるというか(笑)。サービスし過ぎず、かといってフランクになり過ぎない、常連も新規も同じ温度で受け入れてくれるようなお店ですね。
実際に常連さんからお店の方に話しかける場面はあっても、逆のパターンはあまり見かけることがなくて。お店の方は受け入れるというか、受け身が多い印象です。
他にも人がいるのにマスターがずっと同じお客さんと話し続けていたら、初めての方だけでなく、周りのお客さんも少し居心地が悪いですよね、きっと。人によると思いますが、帰り際に良い記憶がないと、「また行こう」と思わないかもしれません。
お客さんがそれぞれ楽しく過ごしている空間にお邪魔して、帰り際、マスターに「また来てね」って言われたらきっと良い印象になりますよね。「後味の良さ」はじわじわ効いてきて、ふとした時に思い出してまた行こうかなと思えるんじゃないでしょうか。
―― 確かに……! そうしたお店の空間や雰囲気づくりは、先ほど難波さんが通うお店が「いつ行ってもマスターが穏やか」という点にも共通する気がしますね。
難波さん:そうですね。素敵なお店は常連さんも素敵な方が多くて、いつ行っても嫌な思いをしたことがないです。そのお店が好きだからこそ、常連さんが新しく来たお客さんにもその場所を好きになってもらおうと自然に気遣いをしているように感じますね。
例えば混んできたら席を譲ってくれたり、その場の何気ない会話でお店の良さをさりげなく教えてくれたり。マスターと同じ価値観の方が自然と集まるのではと感じますね。
―― 店主の方と一緒に、常連さんもお店を作っているように思えますね。
「常連の多い喫茶店」の要素には、メニューなども関係してくると思いますか?
難波さん:おおいに関係してくると思います! 常連さんからのリクエストでメニューが増えていったり、最初と違う形に変化したり、という話はよく聞きます。
例えば淡路町の「ショパン」には、バターをたっぷり塗ったパンの中にあんこを挟んだ「アンプレス」というメニューがあるんです。もともとは常連さんからの一言で生まれたものだそうで。メニューになかったものなのに、今はお店の看板メニューになっているから面白いですよね。そのお店の良さを知り尽くしている常連さんへの信頼も感じます。
その他に、押上の「マリーナ」というお店も最初は軽食メニューしかなかったのに、晩御飯を食べに来る常連さんの要望に応えていろいろな家庭料理を作っているうちにメニューが増えて、それがお店の名物になって(笑)。
そのお店を初めて訪れるお客さんなら何を注文しても新鮮さがありますが、毎日のように、さらに日に数回訪れる方もいます。毎日通ってくれるからこその視点は貴重ですよね。
―― お店とお客さんとの歴史、みたいなものをメニューから感じ取ることができそうですね。
難波さん:あるお店では、昔よく通ってくれていた常連さんが引っ越した後でも、その方が好きなメニューを外さず残しているんです。年に数回、「近くまで来たから」と寄ってくれることがあるらしく、いつでも喜んでもらえるように……って。
ただ注文されたものを提供する関係性以上に、そうしたサービス精神が営業の根底にあるのがすごく伝わってきます。素敵な関係だなと思いますね。
お客さんが心地いい「適度」な接客とは
―― お話を伺っていると、店主の方との交流も、難波さんにとって喫茶店を楽しむ重要なポイントだと感じました。お店の方とは実際にどんなふうにコミュニケーションを取られるんですか?
難波さん:どのお店も昔から好きで通っているところばかりなのですが、まだまだ気になるところ、聞きたいことがたくさんあるんです(笑)。
最初のコミュニケーションは「写真を撮ってもよろしいでしょうか?」と許可を取る一言が多いですね。あとは「このメニューはどなたが思いついたのですか?」など好奇心だけでいろいろお聞きしていて。お店の方々は接客のプロなので、2回目に訪れたときに覚えていてくださることも多いのですが、そうしているうちにだんだんお話することも増えていきました。
―― 本のお仕事をする前から、すでにファン目線での取材をされていたんですね(笑)。
難波さん:そうですね(笑)。ただ、私はお店の方との会話が好きなのですが、そういう方ばかりではないと思います。SNSなどで「お店の人に顔を覚えられたくない」「話しかけられた時点でもう行かない」という方も時々見かけます。人それぞれなので、お店側にとっては、初めて訪れたお客さんがどういう接客を求めているのかを見極めるのはすごく難しいですよね。
―― おっしゃる通り、どのようにお客さんにお声がけすべきか、その距離感に悩む店主の方もたくさんいらっしゃると思います。難波さんから見て、お店の方がどんなふうにコミュニケーションを取ってくれたら良い印象を受ける、ホッとすると思いますか?
難波さん:無理して話しかけなくても「来てくれてありがとう」というような前向きな気持ちを笑顔や挨拶、接客を通じて感じられたらほっとしますね。
受け入れられていると感じられれば、「ここにいていいんだ」とお客さんの安心感につながる。すると「また行こうかな」と思える。
居心地の良いお店のマスターを見ていて「さすがプロだな」と思うのは、個々のお客さんが求めている“空気”みたいなものをパッと察知して対応されているところ。
話しかけてほしくなさそうな人には、最初の「いらっしゃいませ」と、帰り際の「また来てくださいね」だけの挨拶には留めているけれど、注文のタイミングやトイレを探す目線などは逃さずキャッチするとか。
あるマスターは、「お客さんのことをずっと見ているわけじゃないけど、視界の隅で動いたら分かる」って言っていましたね。目が360度についているみたいですよね(笑)。そういう、間合いを感じ取る力が人気店たる所以なのかなと思います。
レトロブームで喫茶店にお客さんが増えるのは喜ばしい
―― 今はレトロブームから、純喫茶のクラシカルな雰囲気が人気になって若いお客さんが増えていますよね。この流れを難波さんはどのようにとらえていますか?
難波さん:すごく喜ばしいことだと思います! 今は事前に行きたいお店のことを調べやすくなったので、「入りにくそう」というハードルも以前より低くなったのではないかと思います。純喫茶好きの方がもっと増えてくれたらいいですね。
私が活動を始めた10年以上前は純喫茶の情報はほとんどなくて、電話ボックスにあるタウンページで周辺の喫茶情報を探して自分の地図にマルを付けて訪れていたくらいでしたから(笑)。
最近のブームによっていつも混雑しているお店は、「常連さんがなかなか入れなくて肩身の狭い思いをしている」と聞くこともありますが、逆に「若い人たちが来てくれてうれしい」という意見もあります。
実際にお金を使う人が増えないと、どのお店も営業していけないと思うので……。街やお店は常連さんだけで成り立つものではなく、新しいお客さんや若い方が入ってくるからこそ血流が良くなって循環します。一過性のブームではなく、純喫茶に行く時間が生活の一部になってくれたならと思いますね。
メディアに掲載されるような有名店でなくても、ご自分の最寄り駅や小さな駅にも喫茶店はきっとあるはず。みなさんがそれぞれお気に入りのお店を見つけられたら楽しいですよね。
【お話を伺った人】
難波里奈さん
純喫茶の魅力をより多くの人に発信するべく創設された架空の研究所「東京喫茶店研究所」の二代目所長(初代は芸術家の沼田元氣氏)。大学時代に昭和の文化に魅了されて以来、会社勤めの傍ら、仕事帰りや休日を利用して日本全国の純喫茶を訪ねており、雑誌やWebメディアなどでその良さを伝えている。著書も多数。近著に『純喫茶コレクション』(河出書房新社)。
Twitter:純喫茶コレクション (@retrokissa) | Twitter
Instagram:純喫茶コレクション
純喫茶ジャーニー
取材・文/田窪綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。
編集:はてな編集部
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*1:主にクラシック音楽を聞きながら飲食を楽しむ喫茶店