2022年2月上旬のこと。こんなツイートが話題になりました。
会話が苦手な友人の美容室。苦手を武器にする天才かよ。 pic.twitter.com/i3d1JJ5ZS4
— いとう|美容室経営 (@hironcare) 2022年2月8日
美容室のカットメニューのオプションとして選べる……「会話なし」!? 思わず二度見してしまうようなこちらのツイートは、17.9万いいね、3.1万リツイート(2022年4月13日時点)と、多くの方から反響を得たようです。
今まで、美容室では美容師さんと会話をすることが何となく当たり前だと思って受け入れていたものの、雑誌を読んだりスマホを見たりと、静かに過ごしたいときがあるのも事実。
そもそも、「会話なし」のニーズはどれくらいあるのでしょうか。まだまだ不明なことの多い「会話なし」美容室の真相に迫るその前に、一般の人は美容室での会話をどう感じているのか、アンケート調査を実施しました。
約7割の人が美容師・理容師との会話が「面倒」だと思っていた!
そもそも、「美容師や理容師との会話が面倒」だと感じている人はどのくらいいるのでしょうか。全国130人の男女にアンケートを取ってみたところ、約7割の人が「面倒」に感じたことがあると判明しました。
苦手だと感じた理由のトップの回答は「美容師や理容師と話がかみ合わない」とのこと。
さらに詳しい回答を見ていくと、こんな声が集まりました。
美容師さんとの会話で気を遣うことが多い。
プライベートの話を深く聞かれたくない。
会話が途切れたときが気まずい。
ドライヤーの際には大声になりがちで、周囲に会話を聞かれてしまう。
休みの日くらい誰にも気を遣わずのんびりと過ごしたい。
眺めていると、あるある……と共感してしまうコメントばかり。実は多くの人が、同じような経験をしていたようです。
それでも、約6割の人が美容室や理容室に通って髪のメンテナンスを楽しみにしていることも分かりました。
髪のメンテナンスは楽しみだけど、会話は面倒——。
そんなニーズにいち早く着目し、メニューに取り入れたのが東京・二子玉川にあるプライベートサロン「ヘアワークス クレド」。オーナーの野口高宏さんに「会話なし」カットを導入して分かったことなど、詳しく話を聞きました。
一日で最高7件の「会話なし」の予約があった
――「会話なし」のメニューを導入された経緯を教えてください。
野口さん:導入したのは7年前の2015年です。イギリスにはVIPルームとサイレントルームを設けている美容室があり、近年では特にサイレントルームが人気だという記事をどこかで見たんです。それなら、一人で美容室を経営している僕にもできるんじゃないかと思ったことがきっかけです。
――とても思い切ったアイデアかと思いますが、導入にあたりに葛藤はありませんでしたか?
野口さん:導入する前に、美容室予約サイトの営業さんと相談しました。会話なしの美容室なんて、僕が知りうる限り前例がないですからね。でも、せっかくなので試してみようと。大々的にアピールするのが恥ずかしかったので、最初は「会話少なめ」として、メニューの下のほうにコッソリと入れていました(笑)。
――最初は「少なめ」だったんですね! お客さまの反応はいかがでしたか?
野口さん:導入初月で5人と、意外にも新規のお客さまが予約してくださったんです。需要があると確信し、そのままメニューを残すことにしました。その後も毎月コンスタントに予約が入ったので、メニューも「会話少なめ」から「会話なし」に振り切り、サイトの一番上に堂々と掲載しました。「会話少なめ」の導入から1年後のことです。
――それから看板メニューになったのですね。Twitterで話題になった直後の反響は?
野口さん:Twitterを投稿したのは友人の美容師なんです。翌日の昼頃に「いいね」が10万超えをしたようで、その影響により予約件数が増え始めました。最初はTwitterの影響だと気付かなかったのですが、5件目くらいでさすがに何かおかしいぞ……と。一日で最高7件の「会話なし」の予約が入り、一日中ほとんど会話しない日もありました。
話すハードルを取り除くだけで、特定の人にとっては魅力になる
――「会話なし」が広く認知されてから、営業面で大きく変わったことはありましたか?
野口さん:少し前までは来店客数のうち約4割の方が「会話なし」を選択されるという状況でしたが、現状は5割程度にまで増えました。一般の美容室の男女比は8:2といわれています。男性の利用は2割程度ですが、うちは6:4と男性が4割を占めます。マンツーマンの個人美容室で、場所も二子玉川ということもあり、今までは30〜40代のお客さまが多い店でしたが、バズってからは高校生のお客さまが増えたんです。予約してくれた理由を恐る恐る聞いてみると、「美容室でのオーダー方法が分からないし、慣れなくて緊張する」と教えてくれました。
――高校生に限らず「伝えるのが苦手な人」は、どういう風にヘアスタイルをオーダーされていますか?
野口さん:以前、別の媒体のインタビューで、「美容室予約サイトの備考欄に要望を書いてくださる方がいる」と答えたのを見てくださったのか、備考欄にたくさんご要望を書いてくださる方が増えました。
それと、スマホのメモに書いて見せてくださる方もいらっしゃいます。「耳周りは5センチ切りたい」などと、細かいところまで書いていることもあるんですよ。これまでに通われていた美容室では、このような小さな要望も言えなかったんだろうなぁ……と感じましたね。
――皆さん、オーダー方法を工夫されているのですね。意外と細かい要望をお持ちだというところに驚きました。
野口さん:伝えるのが苦手なだけで、ちゃんとこだわりがあるように感じます。だから、格安のお店に行くより、少しお金を出してでも髪の悩みを改善できるところを探したい。ただ、知らない人と話さなければいけないハードルに困っていると思うんです。だったら、うちは話さなくていいから気軽に来てください、という感じですね。
メニューを導入して7年間、ほとんど会話していないけど通い続けているお客さまもいます。今回Twitterでバズったことで、千葉や埼玉から片道2時間かけて来てくださる方もいらっしゃいました。そこまでしても通いたい=求められるサービスなんだと思います。
美容師は「会話なし」の分、気配りを怠らない
――ところで、美容師さんがお客さんと積極的にお話をするのは、何か目的があってのことでしょうか。
野口さん:お客さまとの世間話からその人のライフスタイルを聞き出すことで、より個々に合ったヘアスタイルを提案するためです。スタイリングをする、しない、ブローをする、しないなどによって、スタイルの提案内容も変わってきます。だからこそ、僕もアシスタント時代から積極的に話しかけるように教育されてきました。
――「会話なし」の場合だと、お客さまからのヒアリングが難しくなりそうですね。野口さんはどういった工夫をされているのでしょうか?
野口さん:カウンセリングは普通に行いますが、カット中は静かにしつつ、お客さまの目を見て気持ちをくむように心掛けています。今は皆さんマスクを付けていて表情を読み取りづらいので、細やかな気配りは以前よりできるようになったかもしれません。
「もう少しこうしますか?」という提案も、最後に聞くようにしています。基本的には最初に悩みを伺い、それを解決できるような施術ができれば、満足してくださるのかなと思います。
――話さないからといって気配りを怠るわけではない。むしろ、よりお客さんの気持ちを感じ取らなければならないのかもしれないですね。
野口さん:そうですね。地元で美容師をしている母にも僕の取り組みを伝えたのですが、「美容室なのに会話をしない」ことが理解を超えるようです。ちゃんと商売をやっていけているのか、よく心配されています(笑)。
それと、同業者の「こういう美容室があるなら働きたかった」とか「喋らないといけない流れがあるから、美容師はやめました」という声もネットでよく見ましたし、求人でも同じような内容の問い合わせがありました。でも、僕は会話が好きでもあえて話さないだけで、サービスを提供する上でポイントを押さえたコミュニケーションは絶対に必要だと思っています。
コミュニケーションが苦手な人にも、楽しく美容室に通ってもらいたい
――今はまだ「会話なし」を、大々的にメニューに取り入れている美容室は少ないようですが、これから増えるかもしれないですね。
野口さん:Twitterでバズったのを知って、すぐさま取り入れた美容室が増えたみたいですよ。ツイートをした友人の美容師も自分のお店に取り入れてみたそうです。今後どのような展開になるのかとても楽しみですね。
――他店で導入したとしてもうまくいかないのでしょうか?
野口さん:周りの人が気になるという点が影響しているのでしょうね。隣の席で会話が盛り上がっているのに、自分たちは全く会話していないというギャップがお客さまも美容師も気になってしまうようです。どちらかというと、マンツーマンや少人数の美容室の方が向いているのかなと感じます。
――なるほど。「会話なし」を取り入れるにしても、少し工夫が必要そうですね。
野口さん:美容室予約サイトの営業さんは、規模の大きな美容室にはメインメニューではなくサブメニューに入れて様子を見るように勧めていると話していました。
さまざまなニーズのお客さまがいらっしゃるから、それに応える美容室があっていいと思います。僕はコミュニケーションが苦手で今まで美容室に行けなかった方が、もっと気軽に美容室に来てもらえるように、これからもこのスタイルを続けていきたいですね。
取材先紹介
- ヘアーワークス クレド
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東京都世田谷区玉川3-5-9 ファミール飯田3F
- 取材・文薮田朋子
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おしゃれライター&編集者。ファッションから健康系まで20〜30代女性をターゲットに雑誌や書籍、Webメディアなどで元気に活動中。
- 写真野口岳彦