ライターが「原稿執筆カフェ」を体験!一過性の話題にとどまらなかった理由を探る

「原稿が終わるまで退店できない」という尖ったコンセプトを掲げ2022年4月、東京の高円寺にオープンした「原稿執筆カフェ」。開業するやいなやSNSで大反響を呼び、テレビや新聞、Web媒体からの取材が殺到しただけにとどまらず、名だたる海外メディアにも取り上げられました。バズって終わりではなく、その後、しっかりとリピート客を確保しているということも注目に値します。その理由を探るべく、店長の川井拓也さんにお話を聞きました。

時間を忘れるほど原稿に集中できた「原稿執筆カフェ」

「原稿執筆カフェ」は、原稿執筆に集中したいクリエイターのためのカフェです。入店時に渡されるカードには、作業目標を記入しなければならない、原稿が終わるまで退店ができない、店員が1時間ごとに作業の進捗を聞いてくるなど、店長の川井さん自身が「注文の多い料理店」に例えるほど、多くのルールが存在します。取材にあたって「執筆」を生業とする筆者も、実際にカフェで原稿を執筆してみました。

原稿執筆に入る前の目標設定カードの記入はマスト。作業目標を明確にさせるのが、カフェやコワーキングスペースと違うところ

最初に店員さんからカードを渡され、アンケート回答のほか、今日の作業目標を記入します。店員による進捗確認の声掛けはマイルド、ノーマル、ハードから選べるシステムがユニークでした。筆者はひよって「ノーマル」を選択……。

記入が終わったら予約した席に座って作業を開始します。個人的に助かったのは、席にノートパソコンを置ける傾斜台が備えてあったこと。もちろん、ノートパソコンに必須の電源も常備されていますし、高速充電器、電源コンセント、USB Type-C電源アダプター、ポメラ(DM205)、ヘッドホン、有線マウスなど、執筆をサポートしてくれるさまざまなガジェットを無料レンタルすることができます。

飲食物は、お酒以外は持ち込み自由。また、店内にフリードリンクコーナーもあるので、私はドリップコーヒーをいただきました。インスタントコーヒーでは味気ないし、とはいえ保温タイプのコーヒーは煮詰まっておいしくない、ということで、このドリップコーヒーも店長のちょっとしたこだわりだそう。

店員さんからの「進捗チェック」。お菓子をもらえるこのタイミングで一息つくのもよし

1時間が経過すると、噂の声掛けタイム。店長さんから「進捗どうですか?」という声掛けとともに、ちょっとしたお菓子の差し入れがあります。「声掛け」は、プレッシャーというより、時間経過の目安になるのと、作業で張り詰めていた意識が少しほぐれる効果を感じました。チョコレートで糖分をチャージして、残り時間ラストスパートをかけます。ちなみに、毎時5分前には店内で学校のチャイムが鳴って、声掛けの時間が迫っていることを知らせるので、これも作業の目安となります。

無事、時間内でなんとか作業目標を達成!結論から言うと、これはお店の宣伝でもなんでもなく、文字通り「時間を忘れる」くらい原稿に集中することができました。店内にはBGMが流れていません。私語も余計な雑音もありません。集中を妨げる要因が徹底的に排除されている空間の中で、隣り合って黙々と作業をしている、見知らぬお客さんの気配が程よいプレッシャーとなり、原稿執筆に没頭できます。

「みんながすごい集中力で書いているから、自分も引っ張られるんですよ。隣で音楽を聴いたり、喋っていたりする人が一人もいないし、俺も頑張らなきゃと。だから、事前に目標を書いたり、店員が声掛けしたりする仕組みが話題になるんですけど、もはやみんな集中し過ぎて声掛けしても気付かれないんですよね(笑)」(川井さん)

コワーキングスペースでありながら、コンセプトカフェのようでもある。この奇想天外なお店のアイデアはどのように生まれたのか、まずはその経緯について川井さんに聞いてみました。

コロナ禍の苦肉の策として生まれた新業態が大反響に

──実際に体験してみて、驚くほど原稿に集中できました。集中できた理由はいろいろあると思うのですが、ここで作業をしているとロールプレイング的に「原稿執筆カフェにいる自分」という自己暗示がかかり、それも作業に没頭できた大きな要因なのかなと。どこまでが店長さんの狙い通りなのか気になるのですが、そもそも原稿執筆カフェのアイデアはどのようにして生まれたのですか?

川井さん:もともと、僕は企業などのライブ配信を代行する「出張配信」の仕事をしていて、この物件は2019年に動画配信スタジオとして借りました。やりたかったのは、食べたり飲んだりできるような場所で動画を配信すること。新宿ロフトプラスワンみたいな、お客さんにお酒を出したり、対談とか座談会が終わった後にみんなで飲み会をしたりできるような、トークライブハウスのイメージですね。イタリアンバーの居抜き物件を選んだのも、飲食許可が取りやすいからです。初年度は年間100本くらいトークライブや音楽イベントをやったんですけど、翌年にコロナ禍になってしまって……。

──これからというタイミングで……。

川井さん:密集しちゃダメ、会話しちゃダメ、お酒がダメと、二重苦、三重苦になってきて。飲食店なので助成金はいただけますけど、新型コロナウイルスが収まって通常に戻るまで相当時間がかかりそうですし、その間、お客さんに忘れられないように店として何かやっていかないといけない。そこで、自宅やカフェでは作業に身が入らないという動画クリエイターのために、集中して動画編集ができるアトリエのような場所として「動画編集カフェ」をスタートしました。締め切りがないと入店できないというルールは、その頃から変わっていません。

──反響はどうでしたか。

川井さん:話題にはなったものの、動画編集をしている人が世の中にそれほどいるわけでもないので、期待したほど人は来ませんでした。そこで、もう少し裾野を広げようと、「原稿を書けるカフェがあったら行きたい」という声を参考に「原稿執筆カフェ」を、数回開催して終わりにする予定の、特別イベントとして企画したんです。ところが、実際に告知をしたら動画編集カフェの100倍ぐらい反響がありました。

──話題となるポテンシャルは既にあって、さらに「原稿を書く人」という間口を広げたことで、一気に拡散されたと。

川井さん:そうですね。原稿執筆に関わる職域って意外に広くて、ライターさんもそうですし、作家、脚本家、作詞家、漫画家、卒論を書く大学生……。中には、神奈川から訪れてスマホでライトノベルを書いて帰った高校生なんかもいましたよ。

──わざわざ神奈川県から足を運ぶというのもすごいですね。そうなると、集中して執筆に取り組みたいという本来の目的だけではなく、「話題の原稿執筆カフェで書いてみたい」という体験を目当てに来られる方も多いのでしょうか。

川井さん:最初のきっかけはそうかもしれませんが、うちはリピーターも多くて、だいたい新規とリピーターの割合が半々くらい。今のところ最大で15回来てくれた方もいますし、初回2時間だけ利用した人が、次回は4時間、その次は5時間と来るたびに利用時間が増えていくんです。これには僕もびっくりしました。

――「一過性の話題」だけで終わらなかった?

川井さん:動画編集カフェがまさにそうで、「ネタとして楽しんでいるだけで、どうせ来ないんだろう、騙されねえぞ」と思っていたけど(笑)、違いましたね。しかも、レジで精算をしているときにお客さんから「いろいろなコワーキングスペースに行ったけどこんなに集中できたのは初めてです」とか、「目標の2倍書いちゃいました」とか言ってもらえるんです。

大切なのは原稿を書きにきたお客さんを守ること

――リピートされる理由は、シンプルにお店で執筆を体験してみて価値を感じてくれるお客さんが多かったということでしょうか。

川井さん:逆にいえば、いかにこれまでのカフェやコワーキングスペースで集中できなかったか、ということですよね。実際にお客さんの体験談を聞いていると、席の位置とか、隣り合ったお客さんとか、BGMとか、空調の寒さとか、いろいろな要素が集中を阻害する要因になっていることが分かってきました。だから、うちは全部その逆打ちで、例えば、女性が上着を着るようなエアコンの温度には絶対にしませんし、コーヒーの電動ミルなど、飲食店で発生する音を極力減らすため、ドリンクはセルフサービスでドリップコーヒーなどを用意しています。

――SNSを拝見していると、日々集中できる環境づくりに腐心されている様子がうかがえますね。

川井さん:お客さんから言われたことを、すぐ反映するようにしています。例えば、BGMも最初は当たり障りのないジャズをかけていたんですけど、お客さんから「ジャズが好みじゃないんです」と言われて、「そうか、お店が選んだよく分からないBGMなんか聴きたくないよな」と思ってBGMなしにしました。こうして改善を重ねていくことを「最適化」と言っているんですが、マーケティングの学校みたいな感覚で日々楽しんでいます。

各席に設置されているパソコンスタンドは、最初はあまり使用する人が多くなかったとのこと。今では「スタンドがあるほうが作業しやすい」というお客さんも増えてきたそう。

――常連さんを生み出すために、何か特別やっていることなどはありますか。

川井さん:最近は、初回利用の方にシールを差し上げたり、10回来た人に特典を設けたりということもやっていますが、基本的には常連だからといって変に特別扱いをしたくないという思いがあります。それよりも意識しているのは、この場所で何かをつくりたいと高いモチベーションを持ってやってきたクリエイターのお客さんを守ること。

例えば、自分が書いているものを知られることが気持ち悪いと感じるお客さんもいると思うので、お客さんが何を書いているのか詮索するようなことはありません。Twitterで「こんな作品を書きました」という投稿をたまたま目にすることはありますけど、こちらがお客さんのことを知っているかのように振る舞うことは絶対にしません。締め切りの前では人は皆平等ですから、プロもアマチュアも関係ないんです。たとえ、相手が大物作家さんだと分かったとしても対応は変えないでくださいとスタッフには言っています。

――すべてのクリエイター(お客さん)を平等に応援したいというお店の姿勢の表れなんですね。

川井さん:はい、だから「原稿執筆を目的とした人しか入店できない」というルールもすごく排他的に聞こえるかもしれないんですけど、これもお店の中で執筆している人たちを守るため。逆にこの場所が誰にとっても居心地のいい場所になったら、他のカフェと変わりませんからね。サークルの部室のような感じで、同じ志を持った人たちが隣り合わせで何かを形にしようとしている空間というのがうちのブランドだと思いますし、常にそういう人たちが集まってくれる状態になれば、これからも継続していけると思っています。

 

単なる物珍しい業態のお店というだけであれば、一過性のバズネタで終わっていたかもしれません。しかし、原稿執筆カフェには確かな需要と、「クリエイターたちが切磋琢磨する場を作りたい」という店主の信念がありました。逆に言えばその信念に裏打ちされているからこそ、尖ったコンセプトにも説得力が宿ったのでしょう。

今後は緩やかなフランチャイズ化も視野に入れているという原稿執筆カフェ。「これからが第2シーズン」と店主が意気込む、同店の新しい展開にも注目したいところです。

取材先紹介

原稿執筆カフェ(高円寺三角地帯)

東京都杉並区高円寺北2-1-24 村田ビル1階

 
取材・文小野和哉

1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯に引かれて入ってしまうタイプ。

写真西川節子
企画編集株式会社 都恋堂