店にとって売上の安定は重要で、特にリピート客の存在は大きな支えになります。そんな中、「定着率ほぼ100%」という驚異的な数字を持つマンツーマン理容室が東京・清瀬市にあります。それが、鉄道ファンの間では聖地のようにリスペクトされている理髪店「BBつばめ」。なぜ、そこまで愛されているのか、個人店を長く続けるためにどんな工夫をしているのか、秘けつを伺いました。
まるで鉄道博物館のような店内に圧倒される!
国鉄時代の東海道本線で運行していた列車の名を冠し、2005年にオープンした「BBつばめ」の店内は、鉄道グッズでひしめいています。壁に掛けられた行先表示板のほか、至る所に全国から取り寄せた鉄道にまつわるさまざまな備品が目に入ります。
「BBつばめ」は、自ら駅長と名乗るオーナーの渡邉和博さんが営む理髪店。列車に乗るのが好きな“乗り鉄”で、鉄道ファン歴の出発点は幼少の頃にさかのぼります。渡邉さんが鉄道グッズを初めて買ったのは、小学4年生の時。そのグッズは、かつて乗った夜行列車の先頭車をけん引していた電気機関車の部品だというから、当時から相当マニアックです。その後、渡邉さんが小学6年生の時、同級生と夜行列車で北海道へ行くことに。
「この線路を進めばどこまで行けるだろうと冒険してみたかったんです。青森から北海道の間は船に乗りましたが、北海道で乗った列車は、電線もなくだだっ広い平野をひたすら走り続け、そこで見た壮大な景色に感動したことを覚えています」
そうして鉄道にのめり込んでいった渡邉さん。中学高校と折を見つけては旅に出て、現在では沖縄以外の路線は全て網羅したと言います。鉄道グッズを本格的に集め始めたのは社会人になってから。仕事で忙しく旅に出る機会が減ったため、せめてもの楽しみにと廃品市などに足を運んだのがきっかけでした。
「今では家の2部屋がコレクション部屋で、季節やイベントごとに壁のレイアウトを変えています。お客さまが家に置けないからと預かっているグッズもあり、ここで展示することでたくさんの人に見てもらえることを喜んでくださっています」
仕事と趣味、どちらも全力で人生のレールを走ろうと決意
「そんなに鉄道が大好きなのに、どうして鉄道関係の仕事に就かなかったのですか?」と疑問を投げかけると、渡邉さんは微笑んでこう答えます。
「仕事って楽しいだけでなく大変な面も多いでしょう?私は、鉄道を純粋に楽しみたかったんです。それから、両親が理容師で楽しそうに仕事をしていたので、働くなら理容師がいいなと思っていました」
理容の専門学校を卒業後は理容室に就職。経験を積み、いざ実家を継ごうと思ったとき、渡邉さんは鉄道グッズを理容室に置きたいと両親に相談したそうです。しかし、答えはNO。それではお客さまが来なくなるのでは……という心配が背景にありました。
説得が難しいと思った渡邉さんは、それなら自分の店を持とうと考えます。しかし、両親だけでなく周囲からも「そんな店でどうやってお客さまを呼ぶのやら……」と呆れられていたそうです。それでも、渡邉さんは諦めきれませんでした。
そこで、専門学校時代に通っていた鉄道ムードのカレー屋「ナイアガラ」のマスターに、自分もこんな店を持ちたいと話しました。相談を受けたマスターが渡邉さんに伝えたのは、「事業とコンセプトのバランスが取れていないと、真っ直ぐに進まない」ということ。この言葉が渡邉さんの心に火を付けたそうです。
「左右どちらかに傾いてしまうと電車は脱線してしまいます。だったら、理髪店も鉄道も本気でやって、両輪で線路を真っ直ぐ走っていこうと思ったんです。その矢先に清瀬で良い物件を見つけ、理髪店のオープンにこぎ着けました。成功しても失敗しても自分が決めたことなら、全て自分のせいにできます。誰かに決められたことをやって後悔するよりも、むしろ気が楽でしたね」
気が楽とは言うものの、売上が安定しなければ店を続けていくことはできません。当時は誰からも期待されていなかった「BBつばめ」でしたが、渡邉さんには考えがありました。
「計算すると、最低1日3人のお客さまが来れば、店を続けていけることがわかったんです。そこで、それを実現するために、お客さまがいらっしゃらない時間を営業活動に充てることにしました」
やみくもな営業はせず、相手を見極めてコミュニケーション
渡邉さんが考えた営業活動は2つ。1つ目は地域の方に来てもらうことでした。その手段はポスティングです。ただし、全ての家にポスティングするのではなく、男性や小さな子どもがいそうな家を選んで「あなたに来てもらいたい」という気持ちを込めて投函していきました。しかも、ポスティングする時間は郵便配達の後。ポストから取り出してもらう時に、「BBつばめ」のチラシが一番上に乗るタイミングを狙っていたのです。
2つ目は、インターネット上のコミュニティー活用。当時はSNSではなくブログが全盛期。渡邉さんは自身でブログを運営しながら、同じ趣味のブログを見つけては “いいね”を付けて回りました。いろんな人と交流するうちに、同じ趣味を持つ人が渡邉さんの店に興味を持ち、実際に来店してくれるようになりました。
「今は鉄道好きのお客さまが約8割、残りの約2割は近所の方が来てくださっています。うちの店には全国からお客さまが来るので、鉄道好きじゃなくても旅行の情報を聞きに来るという方も多いです。親子で来店される方もいらっしゃいますよ」
そうして1日3人の集客というノルマは、1カ月も経たずに達成できたそうです。
地域連携にLINE公式アカウントを活用し、集客方法はさらにアップデート
時を経て、創立18年目を迎えた「BBつばめ」の集客方法はさらにアップデートしています。地域の活動として、近隣店と連携をするようになったことが大きな変化でした。
遠くから来たお客さまが「BBつばめ」で髪を切るだけでなく、近所の店にも立ち寄れば満足感が上がり、お互いのお客さまを紹介し合えば街も活性化していくはず——。その方法として、連携する近隣の店を巡ってスタンプをためると割引サービスを受けることができる「クロスカード」を発案。この取り組みも少しずつ効果が出てきているそうです。
さらに、ブログでの発信を続けつつ、LINE公式アカウントを活用するようになりました。完全にクローズドで、理髪店の予約受付と営業スケジュールやイベント情報を発信しています。
「LINE公式アカウントは情報共有にとても便利です。必要のない情報を頻繁に一斉配信すると、一部の方にとっては迷惑になる可能性がありますから、お客さまを手動でカテゴライズして情報を発信しているんですよ。要するに、鉄道好きのレベルによって、提供する情報量を変えています」
聞けば、現在も「BBつばめ」LINE公式アカウントの登録数は想像を超える速さで増加しているそう。さすがに手動で管理するのは大変では……と尋ねると、「1人ひとりお客さまのことを思ってしていることなので」と頼もしい答えが。このような細やかな心遣いが、お客さまの心に届かないはずがありません。
「LINE公式アカウントの導入で予約はとても楽になりました。1人で営業しているので、電話が鳴るといちいち作業を止めなければなりません。それがスマホで予約が入ることによって、自分のタイミングで確認できます。個人店にはとても便利だと思いますよ」
新しいことには真っ先に興味を持ち、チャレンジするのが渡邉さんのモットー。その姿は街の個人店の方たちにとっても、いい刺激になっているようです。
オリジナルの旅や歴史ある列車をよみがえらせるイベントなどを企画
鉄道好きが集まることから、お座敷列車などを貸し切るリアルイベントも定期的に行っています。特に周年イベントは、毎年席が埋まるほど大盛況!鉄道関係のお客さまにも協力してもらい企画するオリジナルの旅では、電車に乗ったまま車庫に入る体験や車庫から見た電車の撮影など、普段はできない経験を提供しています。
「イベントではDVDやパンフレット、オリジナルのお弁当なども作っていますが、鉄道関係者だけでなく、さまざまな分野のプロのお客さまが関わってくださっています。全ての出会いが仕事につながっていますね」
また、長野県では歴史ある理髪車でのカットイベントも行いました。理髪車とは、伐採などで長期間入山する営林署員のために、長野県木曽森林鉄道で1955年から1975年まで運行していた『走る床屋』と呼ばれる列車車両のこと。車体は県で40年ほど大切に保存されていましたが、ぜひもっと多くの人に見せてもらいたい!と、写真家と渡邉さんが共同で企画を持ち込み、2018年10月にカットイベントが開催されました。
仕事に趣味に本気な渡邉さんの周りには、さまざまな人が集まり、手を貸してもらうことで、大きなイベントも実現してきました。最後に、今後チャレンジしたいことについて伺いました。
「将来は家の近くに、1/1スケールの理髪車を設置して営業するのが夢です。周りに線路を通してミニSLを走らせて、近所の幼稚園や保育園の子どもたちを月1回ほど見学に招待するのもいいですね。子どもたちに、今の段階で鉄道を身近に感じて好きになってもらえれば、将来うちのお客さまになってくれるかもしれないですから。先々の戦略は常に立てていますよ(笑)」
「BBつばめ」は鉄道をキーワードに人と人が立ち寄る、まさにプラットフォーム。ポジティブで戦略的な渡邉さんがたくさんの人を巻き込んで、次はどんな面白いことを企ててくれるのか、期待せずにはいられません。
取材先紹介
- BBつばめ
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東京都清瀬市松山1-46-30
- 取材・文薮田朋子
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おしゃれライター&編集者。ファッションから健康系まで20〜30代女性をターゲットに雑誌や書籍、Webメディアなどで元気に活動中。
- 写真新谷敏司
- 企画編集株式会社 都恋堂