水と米、米麹を加えて造る日本酒。全国で1,300以上(参考:国税庁 清酒製造業の概況/平成30年度調査分)の蔵元があり、シンプルな材料で奥深い味わいを造り出しています。その奥深さをもっと気軽に、自由に楽しんでもらいたい。そうして生まれたのが、「クラフトサケ」です。しかし、厳密に言うと日本酒のようでいて、日本酒ではありません。では、一体クラフトサケとは何か。クラフトサケに情熱を燃やす「クラフトサケブリュワリー協会」会長を務める「稲とアガベ」の岡住修兵さんと、東京・浅草にある「木花之醸造所」の細井洋佑さんに話を伺いました。
謎が深まるアルコール「クラフトサケ」
そもそも「クラフトサケ」の定義とは何なのでしょうか?日本酒と何がどう違うのか伺いました。
「私たちクラフトサケブリュワリー協会が定義する『クラフトサケ』とは、日本酒(清酒)の製造技術をベースに米を原料としながら、従来の日本酒では法的に採用できないプロセスを取り入れた新しいジャンルの酒を表します。例えば、『どぶろく』もクラフトサケの一つです。日本酒には“搾る(酒と酒粕を分ける)”工程がありますが、搾らずにそのまま飲むのがどぶろくです。その他、フルーツやハーブなどの副原料を入れることで、新しい味わいを実現した酒もたくさんあります。つまり、クラフトサケとは米を原料とした、従来の日本酒のルールに縛られない、自由で多彩な酒のことなんです」(岡住さん)
「水と米と麹で造って、最後に搾る。この工程がすべて含まれないものは清酒とはならず、『その他の醸造酒』となってしまいます。極端な例を挙げるなら、どぶろくを一回ザルで漉(こ)したら、それは酒と酒粕を分ける工程が入るため『清酒』扱いになる、ということなんですよ」(細井さん)
なんともややこしく、“縛り”が多い日本酒の製造。それは、酒税法や製造免許についても同様のことが言えるようです。
酒税法の壁も立ちはだかる
まず酒税法上、クラフトサケは「清酒」ではなく、「その他の醸造酒」に区分されるため「日本酒」と名乗ることができません。また現在、日本酒を造る「清酒製造免許」は新規で発行されることがほとんどありません。
「現行の酒税法では、日本酒は『米、米麹および水を原料として発酵させて、漉(こ)したもの』と定義されています。昔は『酒蔵』だけでなく、一般家庭でもどぶろくが造られていましたが、明治期に酒税を集める目的から自家醸造が禁止され、日本酒は製造免許を持つ酒蔵のみ、法律の下で造られるようになりました」(岡住さん)
「一部の研究醸造や廃業した醸造所のライセンスを利用した他県での展開、といった限定的に認められた製造免許の発行はありますが、その他の日本酒の製造免許の新規発行はありません。それは、日本酒の消費量が減少傾向にある中、需要と供給のバランスを鑑みた、既存の蔵元の保護策からです。
ただ、2020年に酒税法が改正され、日本国内の流通は行わず、輸出向けに販売する日本酒を造る場合のみ、新規製造免許が発行されるようになりました。こうした流れから、今後はもっと広義の “酒造り”の法規制も緩やかになるのではないかと期待しています」(細井さん)
小さな声を集めれば、大きな力となる
日本酒の製造過程をベースにして造るクラフトサケ。2022年6月、「木花之醸造所」「稲とアガペ」をはじめ、クラフトサケを造る醸造所6社がタッグを組んで立ち上げたのが、「クラフトサケブリュワリー協会」。そこで掲げる目的は、以下の3つです。
1:クラフトサケの醸造所を増やす
昨今、全国各地にクラフトサケの醸造所が増えてきています。このムーブメントをさらに盛り上げようと「新しくクラフトサケを造りたい」という人たちをサポートするため、メンバーが知見・技術を提供し、セミナーや技術交流会を行うなど、多様な造り手の育成に貢献します。
2:クラフトサケの知名度を高める
クラフトサケの知名度を高めて、ファンを増やすためのさまざまな企画を推進。作り手と飲む人が交流できるイベントを積極的に開催し、クラフトサケをより多くの人に知ってもらう機会を創出します。
3:日本酒とクラフトサケが共存できる未来をつくる
日本酒は長い歴史とともにさまざまな法律・制度で保護されている一方、クラフトサケはまだまだ認知度も低く、日本酒に比べて立場が弱いのが現状。そこで、クラフトサケの醸造所が連携し、地位を向上させます。将来、日本酒とクラフトサケの境界をなくし、情熱を持った造り手が、自由に酒造りを行える世界の実現を目指します。
「そもそもまだ”クラフトサケって何?”という段階。小さいブリュワリーは世間的な信用もなく、何をやっているところか分からないという現状です。そのため、何か問題があって声を挙げても、国や世間に対して意見が届きづらい。例えば、近々、ホップを副原料に使ったアルコールはすべてビールの製造免許がないと造れなくなる、といった情報があります。ホップは私たちの”酒造り”においても面白い素材。こうした情報に対しても協会があることで問題提起がしやすくなり、交渉の余地も生まれるのではないかと思っています」(細井さん)
日本酒の製造過程を踏みながら、新しいアイデアを取り入れて酒造りを行う。そんな自由で多様なクラフトサケの造り手が増えることは、より多くの人々に日本酒も含めた”酒”が楽しまれることにもつながりそうです。
多彩な副原料でバラエティー豊かなクラフトサケ
現在、「クラフトサケブリュワリー協会」のメンバーは7社あり、似たような酒を製造(予定も含む)している醸造所は他に5社程度あるそうです。昔からあるどぶろくの醸造所を加えると、その数はさらに多くなります。
「まず協会メンバーである『WAKAZE三軒茶屋醸造所』、『Haccoba』と、うち3社でそれぞれホップを使ってクラフトサケを醸造しました。うちはどぶろくにしましたが、ホップの爽やかな香りが抜けるとてもおいしい酒になりました。他にも、桃を使ったフルーツ酒『超桃添』は、あのピーチ風味の清涼飲料水をオマージュして造りました。『ヒューヒュー』と言ったらある年代より上の人は分かると思います(笑)」(細井さん)
どぶろくにとことんこだわったり、キンモクセイなどの花を添加したり。柑橘(かんきつ)をはじめとしたフルーツやハーブ、茶葉、ワインの搾りかすにナッツ……。クラフトサケの可能性は広がります。
造り人も飲む人も、もっと自由に、もっと選択肢を
味も、見た目も、造り方も多彩。では、酒販店や飲食店は、クラフトサケをどのように評価しているのでしょうか。
「割合でいうと、おいしいと評価してくださる方が8割、なぜ日本酒にこんなことをしてしまうんだ、という方が残り2割という感じですね。もちろん、賛否両論あって良いと思います。それよりも(クラフトサケを含めた)日本酒の裾野を広げることに意味があると思います。日本酒はとても深く、また狭い部分もあるアルコール。おいしいのに敬遠されてしまう面も、残念ながらあります。そんなところに、さまざまな味わいや造り方で生まれたクラフトサケがあることで飲む人に選択肢が生まれる。それが大事だと思うのです」(細井さん)


「木花之醸造所」を例に挙げると、酒販店はもちろんのこと、浅草界隈の飲食店50店舗ほどで取り扱いがあるそう。また、日本酒と酒粕を合わせたどぶろく『ハナグモリ』は、ある女優が大絶賛していたと、入荷に来た酒販店の担当者が話していたそうです。
「数年前、クラフトビールのムーブメントが起きたときと同じことです。その土地その土地で、名産を原料にしてビールを造る。そしてピルスナー、ラガー、IPA……とさまざまな種類がある。日本酒もクラフトビールと同様、スタンダードがあり、そこから派生したものがあっても良いのではないかと思います。そうしてムーブメントが起きたら、日本酒が好きな人は選択肢が増え、苦手な人や試したことがない人にとっては、チャレンジするきっかけになります」(細井さん)
選べる楽しさ。「これはおいしい」「これはイマイチ」、そんな話ができることこそ、食事の場を豊かにし、大いに楽しませてくれる一つのきっかけとなります。クラフトサケよ、クラフトビールに続け!
取材先紹介
- クラフトサケブリュワリー協会
- 木花之醸造所
- 稲とアガベ
- 取材・文別役 ちひろ
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コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、25都道府県・約850軒の教会を訪ね歩いている。
Instagram: https://www.instagram.com/c.betchaku/ - 写真新谷敏司
- 企画編集株式会社 都恋堂