複数の販売チャネルで“みそらー”を増やす「あさくさ 味噌らぼ」の戦略

東京の下町に4店舗を展開する、みそ料理専門店『みそら屋』。飲食事業だけで年間6万人の集客を誇る繁盛店に成長しましたが、コロナ禍を機に、みその小売店「あさくさ 味噌らぼ」とEC事業を立ち上げました。新事業立ち上げまでの経緯、また、実店舗とECサイトを同時運営するメリットやデメリットについて、オーナーである株式会社サードプレイスの岩本大さんに伺いました。

コロナ禍を機に一変。待つ仕事から、届ける仕事へ

株式会社サードプレイスの代表取締役・岩本大さん。普段は「みそら屋」で勤務するが、「あさくさ 味噌らぼ」で接客するときもあるそう。「どこで働いていてもお客さまの声を大事にしたいです」

2022年8月、みそ料理専門店『みそら屋』の実店舗とは別に、「お味噌の可能性を提案する」をテーマに毎日異なるみその量り売り、みその加工食品を販売する「あさくさ 味噌らぼ」と、ECサイトがオープン。そのきっかけは、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で営業自粛を余儀なくされた約2年半の間に届いた、「『みそら屋』へ食べに行くことができないけど、何か送ってくれないか」「車で取りに行くから料理を作ってほしい」といった常連さんの声でした。

「それまでの私たちは、店舗で“お客さまを待っている”のが仕事でした。でも、お客さまからそんなお問い合わせをいくつもいただくうちに、私たちから“届けに行く”仕事を考えなければいけないと。大きな社会情勢とビジネス環境の変化によって気づかせてもらいましたね」

「みそら屋」には、みそソムリエがセレクトした各地方のみそを料理長が独自にブレンドした合わせみそで作る「鯖の味噌煮」をはじめ、「味噌ハンバーグ」「味噌シチュー」「味噌プリン」など、ひとたび食べればファンになってしまう名物がいくつもあります。それらをレトルト加工することができれば、長期保存が可能になり、遠方に住む人にも届けることができるのでは……。そんな発想から、まずはEC事業の構想がスタート。新型コロナウイルス感染症拡大の影響が大きな要因でしたが、時代の流れと今後の展開を見据えての決断だったといいます。

「外食産業全体を見ても、コロナ禍前に比べて客足は約4割減少しています。22時以降の客足は弱まり、コロナ禍前に戻すことは難しいと実感しています。以前であれば、お祝い事があると会食していた方も、コロナ禍後は物を贈ることにシフトしています。良い、悪いではなく、そういう時代に移り変わりつつある。だからこそ、EC事業を始めるメリットがあると思いました」

ただし、ECサイトを立ち上げるには、加工食品の生産が可能な環境や設備が必要不可欠です。既存の店舗で発送用の商品を作るには負荷が大きいため、セントラルキッチンを兼ね備えた食品販売中心の実店舗をECサイトとセットで構えるという決断に至ります。その実店舗が「あさくさ 味噌らぼ」です。

「弊社が掲げるテーマ“お味噌の可能性を提案する”ために、お客さまには実際に体験していただける実店舗が必要と考えました。各地のみその香りを嗅いだり、食べ比べたりすることは、オンラインでは体験できません。お客さまに“体験”という付加価値を持って帰っていただける場所をつくりたかったのです」

「みそら屋」で料理人が余裕のあるときにしか作れなかった「味噌プリン」。幻の人気メニューが待望の商品化

普段何気なく食べているみそ汁が、印象深い対象に変わる体験

それでは、実際にどんな付加価値が体験できるのでしょうか。「あさくさ 味噌らぼ」の店内には、みそソムリエが各地からセレクトして集めた特徴のあるみそが常時約30種、ずらりと並びます。

同店の売りは少量からの量り売り。ディッシャーひとすくい70グラム(みそ汁約3杯分)からの販売で、使い勝手の良いサイズで購入できるのが幅広い客層に好評とのこと。これなら、気になるみそを少しずつ買って、毎朝異なる地方のみそを楽しめそうです。

物色していると、店員さんが「甘めとしょっぱめ、どちらがお好みですか?」と声をかけてくれました。しょっぱめでお願いすると、まずは長野県の「美麻天然二年味噌」をようじの先にちょんと付けて手渡し。ほど良い塩味とコクがあり、まさに好みの味わい!ほかのみそもいろいろ味見させていただくと、筆者の好みとは逆のはずの甘めのみそまで気になり始めました。

関西では主にお雑煮に用いられる兵庫県の「六甲白味噌」は、甘味が強く、米麹によるまろやかで上品な味わいが特徴

「『六甲白味噌』はクリームシチューやグラタンのほか、濃いめのみそと合わせてお肉に漬けたり、マヨネーズとポン酢を数滴合わせて野菜ディップにしたりするのもおすすめです。普段のおみそ汁も味噌を2種類合わせるだけで、味が変わってびっくりしますよ。また、料理で甘味を足したいときには、実は砂糖の代わりに甘みそで調整すると、甘味とコクの両方を足せるので使いやすいんです」

みそソムリエを目指しているというスタッフ。自宅には5〜7種類のみそを常備し、使い分けているそう。さすが、話を聞いていて説得力があります

これまでみそ汁も炒め物も信州の白みそ一択だった筆者にとって、店員さんとの会話はまさに目からうろこが落ちる新鮮な体験。料理によって使い分けたり、異なるみそを2〜3種合わせて使ってみたり、自分の台所人生にありそうでなかったみその使い方について、さり気なく気づかせてくれました。

同じような体験を通して購入したお客さまからは、「普段のみそ汁がおいしくなった」「好みのみそと出合えた」「このみそを使ったら子どもが野菜を食べてくれた」といった喜びの声が届くこともあります。また、同店にはイートインスペースが併設され、ランチでは日替わりの合わせみそを使った具だくさんの「鶏団子汁」や「肉じゃが」「味噌おにぎり」「味噌バーガー」なども味わえます。「みそ汁ってこんなにおいしいんだ」「このみそ汁のみそがほしい」と、その場で購入する方も増えたそうです。

また、店舗では各地方のみそや加工食品をセレクトしたり、オリジナルの商品開発をしたり、さまざまなみその商品を提案していますが、中でもお客さまに喜ばれているのが「出逢わせ味噌」です。

「これは『みそら屋』での話で、ご両家の顔合わせの宴会のご相談をいただくことが多いんです。そのような場をご用意した際はご両家の合わせみそのおみそ汁を最初にお出しします。生まれた地域で飲んでいたみそ汁はそれぞれ異なりますが、それを合わせた世界で一つだけのみそ汁なんです。そうお伝えしてお出しすると、とても喜ばれますね」

「このサービスを『あさくさ 味噌らぼ』の店舗やECサイトでも提案しています。母の日や父の日、結婚記念日などに、世界に一つしかない『出逢わせ味噌』、出身地の日本酒・みそ・郷土料理をセットで提案するのは、料理のプロ集団であり、みそソムリエでもある我々にしか提供できない付加価値だと思っています。ギフトにみそというのは、なかなかセレクトされにくいカテゴリーですが、逆にそれがおしゃれと思える時代をつくっていきたいですね」

飲食店や小売店での体験がECサイト訪問につながる

「届けたい」という思いから乗り出した店舗とEC事業ですが、飲食店に加えて小売店とECサイトの同時運営には、どんなメリットがあるのでしょうか。

「『みそら屋』のメニューの中でも、『鯖の味噌煮』はファンがとても多いのですが、ECサイトがスタートすると一度に何十個も注文が入ったり、地方に転勤された常連さんからもご購入いただいたりするようになりました。『鯖の味噌煮』や『味噌プリン』など賞味期限があるものは、消費できる飲食店という受け皿があるため、ロスを考える必要がないのも強みですね。ただ、始めてまだ数カ月なので、何よりもまずECサイトの存在を知ってもらわなければなりません。SNSの活用やポップアップの出店、SEO対策にも力を入れています」

ただし、注力したいのは、あくまでも「あさくさ 味噌らぼ」での体験や「みそら屋」のファンを地道に増やしていくこと。

「『みそら屋』は年間5〜6万人のお客さまがいらっしゃいますが、その中の100人に1人でも、ECサイトでお歳暮を注文しようと思っていただけるだけですごく効果がありますよね。口コミや評価点数が上がれば安心感にもつながります。実店舗でファンを増やして、ECサイトにつなげていく形を模索できたらいいなと考えています」

岩本さんは相互作用でメリットがある飲食・小売・ECサイトの販売チャネルでトライアングルを構築し、EC事業の成長につなげるためにも、母体である飲食や小売の位置付けを何より大事に考えていました。一方で、デメリットはあるのでしょうか。

「『あさくさ 味噌らぼ』を立ち上げる際、正直なところ、ECサイトだけで商売できれば家賃や人件費などコストをかけずに運営できるとも考えました。しかし、長期的に見れば、実店舗があったほうがやっぱり良かったと思える日が絶対に来ると確信しています。私の肌感覚ですが、メリットしかないと思っています」

運用面においても、「あさくさ 味噌らぼ」の実用性は大きいといいます。

「セントラルキッチンという拠点があれば、実は『みそら屋』はどこにでも出店可能なんです。セントラルキッチンで大量に仕込み、各店舗へ配送する形が取れれば、小さな店舗でもスムーズに提供できます。『みそら屋』を知っていただくためにも、もっといろいろな場所へ多店舗展開する可能性も広がりました」

コロナ禍を機にEC事業をスタートしただけでなく、今後をしっかり見据えて事業展開をする「あさくさ 味噌らぼ」。岩本さんと同じように、みそを愛してやまない“みそらー”も増えていきそうな予感です。

取材先紹介

あさくさ 味噌らぼ
株式会社サードプレイス

「家でも職場でもなく落ち着ける居場所を創る」を企業理念に掲げ、首都圏を中心に4店舗展開。主な運営施設は、みそ日本酒おばんざい「錦糸町藏みそら屋」、みそ日本酒おでん「浅草縁みそら屋」、みそ日本酒炭焼き「錦糸町みそら屋はなれ」、みそ日本酒コース「錦糸町個室みそら屋」。

取材・文味原みずほ

敬食ライター。B級グルメから星付き店まで都内レストランを中心に取材・執筆。料理人をはじめ生産者、料理研究家、ブルワー、マルシェ出店者へのインタビューなど食・農のフィールドで活動中。

写真田淵日香里
企画編集株式会社 都恋堂