1人酒場の入門編!代替わり後に20代客が急増した東京・綾瀬の「駅前酒場」

東京都葛飾区、東京メトロ千代田線・綾瀬駅の駅前にある老舗の「駅前酒場」は2018年7月、二代目店主への世代交代が行われました。直後、メニューの方針転換や営業スタイルを変えざるを得なくなったコロナ禍が到来。その後、店内リニューアルなどを経て、若い世代が気軽に1人飲みできる店へと変わりました。その理由を案内人が探ります。

今回の案内人を紹介

塩見なゆさん

酒場案内人:酒場や酒類を専門に扱うライター。全国1万軒以上の居酒屋を巡り、その魅力をテレビ・雑誌・Webマガジンなどで発信している。生まれは東京都杉並区。

タスキをつなぐ二代目店主の人柄と新・名物料理に引かれて

駅前酒場が誕生したのは1976年4月。創業から数年は現在の店舗よりさらに綾瀬駅の改札に近い位置にあったことから、その名もずばり「駅前酒場」と名付けられました。初代が経営していた頃は硬派な酒場で、お客は何十年と通う年配の常連客がほとんどでした。

開業後、しばらくはもつ焼きが看板料理だったそうですが、筆者が通い出した頃には、すでに煮込みやメンチカツといった料理が並ぶ店に。そんなメニューの中でも唯一無二の存在が、店オリジナルの「焼酎ハイボール」です。城東エリアに多い色付きの酎ハイですが、駅前酒場ではドライですっきりとした他店のそれとは一線を画す味わいで、これを目当てに足繁く通ったものです。

そんな駅前酒場を継いだのが、初代の息子さんと結婚された金野梓さんです。初代とともに店に立ち、仕入れを担当する金野さんのご主人の手伝いも受けて、二代目店主として店を切り盛りするようになると若いお客さんの1人客が増えたそう。彼ら、彼女らが何を目当てに老舗酒場に通ってくるのか、金野さんに伺いました。

店主の金野梓さん(左)。ほんのりと色が付いた氷なしの「焼酎ハイボール(税込350円)」が駅前酒場の看板ドリンク(右)

1人飲みポイント①
SNSで積極的に情報発信しているから店を訪れる心構えができる

塩見

江戸っ子気質でちゃきちゃきとした金野さんの歯に衣着せぬ接客と、豊洲市場に勤めるご主人が水産仲卸から日々仕入れる魚介類が、駅前酒場の魅力をさらに引き出したように感じています。立派な丸魚を仕入れたり、セイコガニのような高級食材を取りそろえたりと、黒板に書かれる日替わりメニューは、まるで魚市場の中にある食堂のようです。

金野さん

本マグロなどの高級食材も、いいものが入ればメニューに並べます。先代の頃はもつ焼きや煮込み料理が看板メニューでしたが、刺身をはじめとする鮮魚料理が増えたことに、以前から通ってくださる常連さんの多くが歓迎してくれました。

塩見

世代交代のタイミングで、早くからX(旧Twitter)での発信を開始されましたね。これまでのメニューに加えて、魅力的でリーズナブルな海鮮料理が駅前酒場で楽しめるようになったと、居酒屋ファンの中で一躍話題になりました。

金野さん

これまでのシニアのお客さんに混ざって、SNSを見てやって来るお客さんが少しずつ増えていきました。特に若い方は、気になるお店があれば遠方から電車で1時間かけてでも来てくれるんです。

塩見

写真や投稿の内容からお店の雰囲気を知ることができるので、初めての方でも心構えができると思います。常連さんはお店にとって大切な存在だと思いますが、SNSを見て来店する新規のお客さんの存在が、常連さんの居心地に影響することはありませんか?

金野さん

周囲の人に迷惑をかけずに料理とお酒を味わい、ちょっとした会話を楽しんでいただけるなら、常連かそうでないかは関係ないと考えています。年齢も同様です。

 

SNSで積極的な発信を始めてから、都内だけでなく地方の客も訪れるようになったとか

塩見

新旧のお客さんが居心地良く過ごせるのは、金野さんのキャラクターが関係しているように思います。実際、どんなお客さんが増えましたか?

金野さん

駅前酒場へ飲みに行くという行動自体が、一種のエンターテインメントになっているようです。以前では考えられなかったことですが、デートで来られるお客さんもいますよ。それと、女性の1人客も珍しくありません。高級食材になかなか手を出せない若い世代でも、うちなら安心だと思ってくださるのか、粋にお金を使ってくれるんですよ。うれしいですよね。

塩見

1人飲みのお客さんに人気のメニューはなんでしょう?

金野さん

やっぱり刺身が人気ですね。定番人気の「駅前さつま揚げ」も海鮮を入れたものが今ではうちの名物になりました。今日(取材当日)は白子入りを用意しています。大ぶりのカキフライやフィッシュ・アンド・チップスなどもメニューに加えましたが、こちらも評判ですよ。

 

築地市場時代から市場に勤務するご主人が仕入れを担当。水産仲卸との信頼関係が、良い食材をリーズナブルに提供できる秘けつ

駅前酒場を訪れたら中央の「駅前さつま揚げ(税込600円)」は必食。1人で訪れても色々なメニューを楽しめるよう、量も価格も抑えられている

1人飲みポイント②
ゆるくつながりを持ちたい人も、そうでない人も気ままに過ごせる

塩見

実際に、1人客の割合はどのくらいですか?

金野さん

全体の7割程度が1人客です。厨房を囲むコの字カウンターを配しただけのシンプルな造りなので、テーブルや小上がり、宴会用の客間はありません。そのため、もともと1人客が多いのですが、近年は若いお客さんの1人客も増えています。2〜3人で初めて来られて、その後はおひとりで来ていただけることも増えました。

 

上座や下座がないコの字のカウンター。金野さんはかつて店に立ちながら子どもの世話をしていたことから、老舗酒場では珍しく禁煙

塩見

そうしてリピートしてもらえるととてもうれしいですよね。店内はテレビもつけていないし、BGMも流れていない中で、ガヤガヤした雰囲気を楽しめるのが駅前酒場です。1人で来たお客さんはどのように過ごされていますか?

金野さん

皆さんそれぞれ自由に過ごされていますよ。スマートフォンを片手に飲んでいる方もいますし、周囲のお客さんや私たちと軽く雑談される方もいます。コの字カウンターなので、向かいのカウンターに座るお客さんとも距離が近く、時にはお客さんのほとんどが共通の話題で盛り上がることすらあります。そんな時、1人で静かに飲んでいる人を話の輪に入れていいかどうかは、しっかりと見極めるようにしています。カウンターの内側で接客をしていると、1人でも話したそうなお客さんの目線ってすぐに分かりますから。

塩見

1人で飲みに来るお客さんは、どんな目的で訪れてくださると感じていますか?

金野さん

静かに1人の時間を過ごしたいお客さんは多いものの、自宅ではなくわざわざ酒場へ飲みに来るということは、少なからずもうひとつの居場所としてうちを選んでくれたのだと思っています。酒場は軽いつながりを楽しめる場所です。うちの店はそうした気軽に立ち寄れるコミュニケーションの場でありたいと考えています。

 

店員との距離が近く、会話せずともしっかりと目を配ってもらえるから安心感がある

1人飲みポイント③
酒場のルールをやさしく教えてくれるから、酒場入門編におすすめ

塩見

カウンターに集う一期一会のお客さん同士でワイワイと楽しめるのは酒場の魅力ですが、お客さん同士の距離が近いだけにトラブルも起こりがちだと思います。駅前酒場ではどのような方法で、コミュニケーションのバランスを取っていますか?

金野さん

「おごり、おごられ禁止」が基本です。隣のお客さんから一方的におごられたり話しかけられたりしたら、それは居心地もよくないですし、何より安心して飲むことができませんよね。そのあたりはしっかりと声をかけて、初めての人でも心地よく過ごせるように気をつけています。

塩見

新規のお客さんが増えると、老舗酒場の暗黙のルールが分からないという人も当然いると思います。

金野さん

酒場に通い始めたばかりの若い世代のお客さんには、どんな酒場でも堂々と通えるような流儀を、ぜひうちで学んでほしいと思っています。例えば、大きな声で店員を呼びつけたりしない、時間がかかる焼魚や揚げ物料理を1品だけ注文せず、すぐに提供できる料理も一緒に頼む、といったとても簡単なことです。

塩見

大手のチェーン店とは異なるマナーがあるのが老舗酒場ですよね。

金野さん

うちのような酒場は、大人の保育園みたいな一面があるのかもしれませんね(笑)。「こう振る舞えば、お店の人も他のお客さんもお互いに気持ちよく過ごせるよ」と知ることができます。けっしてこちらが厳しく対応したり、難しいことをお願いしたりするわけではなく、基本的なマナーを伝えたいです。酒場って、今よりもう一歩大人になれる場所なんだと思います。

 

駅前酒場には独自のルールがある。それは、入店前に店先の流しで手を洗うこと

誰にとっても居心地のいい場所をつくり、三代目へつないでいける店に育てる

金野さんの考える駅前酒場の存在意義は、「地域のハブであること」。目標を伺うと、三代目に継いでもらえるような店であり続けることだと話します。

「初めて1人で酒場ののれんをくぐるときは緊張するものです。それがチェーン店ではなく、地元で長く続いてきた個人店ならなおさらでしょう。でも、そうした酒場に入り、店の人や周囲のお客さんとすっとなじめたときの“成功体験”は、ほかではなかなか得られないものです」

金野さんが言うように、1人飲み客が多い酒場には“軽いつながり”が生まれます。そこにいけば、お互い名前や仕事も知らないけれどなんとなく挨拶できる、そんな家庭、職場、友人関係に次ぐ新しい自分の居場所に、ふらっと顔を出せる暮らしもいいものです。

取材先紹介

駅前酒場

 

取材・文塩見なゆ
写真野口岳彦
企画編集株式会社 都恋堂