なぜ大井町の立ち飲み店「かっぱ」は“おごり禁止”をルールにしたのか

酒場の醍醐味の一つに、その場で知り合った人と意気投合して盛り上がるという楽しみがあります。場合によっては、「一杯ごちそうさせてください」といった“厚意のやり取り”も見かけます。

JR大井町駅から徒歩5分ほどの飲食店街・大井新地に2023年12月にオープンした「飲み食い屋かっぱ(以下、かっぱ)」では、そんな「おごり・おごられる行為」を禁止しています。背景には店主・小柳恵理さんの思い描く「快適な酒場づくり」の考えがありました。

火事直後に契約、予定通り立ち飲み店を開店

――小柳さんが立ち飲み店を始めたきっかけはなんですか?

現在、会社を2つ経営しているのですが、それらが軌道に乗っていることもあり、何か新しいことを始めたいと思ったんです。居酒屋はどうかと思ったとき、昔の嫌な記憶がよみがえってきました。私は以前、銀座や六本木でホステスとして働いていたのですが、「お金を持っていれば何をやってもいい」と思っている横暴な振る舞いをするお客さんがいて、本当に嫌な思いをしました。そこで、「みんなが気軽に、対等に飲めるリーズナブルな価格の店なら、ストレスは少ないんじゃないか」と思い、立ち飲み店を始めることにしました。

店主の小柳恵理さん。「芙羽忍」の名前で緊縛師というアングラカルチャーの特殊な仕事のほか、エステサロンやシェアハウスなども経営している

――なぜ大井新地に出店したのですか。また、大井新地は2023年11月に火事が発生し、12棟が被害に遭いました。その火事からおよそ1カ月後に店をプレオープンされていますが、迷いや不安はありませんでしたか。

まず大井新地に出店を決めたのは、以前、この街で民泊を経営したことがあり、私自身もお客としてこの界わいでよく飲んでいたなじみの街だったからです。

ちょうど物件を本契約する直前に火事が起きてしまいましたが、私はむしろ、この災難をチャンスと捉え、火事直後に契約しました。それはきっと応援してくださる人が多いのではないかと思ったこともあります。また、もしこの街をあまり知らない人がここで新しい店を開けたら、かつての街の空気が変わってしまうのではないかと思ったんです。それよりも大井新地で長いこと親しんで周辺店舗の方にも顔を知られている私が、火事から日の浅い段階で店を開く方が「バカな子がいるね」って話題になると思いました。そうすればこの街もちょっと明るいムードになって、元気が出るのではないか、と。

――火事で意気消沈している大井新地を盛り上げる意味もあったんですね。いまだに火事現場は生々しい状態ですが、見舞い客も多いのでしょうか。

そうですね。開店直後はやじ馬も来ましたし、私のSNSのフォロワーも多く来てくれました。でも私は、そういった一時的なお客さんやご祝儀として来てくれたお客さんに甘えてはいけない、ここでしっかり話題をつくらないと、と思いました。私が思い描く「リーズナブルな価格で誰もが対等に飲める店」を目指し、「おごり禁止」の飲み方やスタンスを設けたり、各種イベントを開催して話題をつくっていく中で、この店にファンが付いてきたと思います。

2023年に発生した火災では、店舗の斜め前のブロックが被害にあった。現在もビニールシートで覆われている

“おごり禁止”をあえてルール化したのはなぜ?

――「かっぱ」ならではのルールである「おごり禁止」について詳しく教えてください。

友だちなど、連れ立って来店したお客さん同士のおごりはいいんです。でも、それぞれ別のお客さん同士が盛り上がって「一杯よかったら〜」というようなことを言い出したら、「ごめんなさい、うちは『おごり禁止』なんですよ」って注意します。お客さんから「なんで?」と聞かれたら、「だって、気を遣って飲むのは嫌じゃん!」と言うだけです。それでもおごりたそうな人には、「それだったらうちら(スタッフ)におごって」と言います。

カウンター奥にさりげなく貼られたスタッフドリンクの短冊

――それは、楽しく飲んで盛り上がっている人たちに水を差すことになりませんか。

まったくないと考えています。そんなことで盛り下がるようだったら、最初からその会話は盛り上がっていないのでは?と感じます。一番大事なことは、「会話をやめたい」ってどちらかが思ったときに止められる環境にあることなんです。でも「おごり」があるとそれができなくなってしまう。それが困るんです。

また、おごられたお客さんが「おごってくれた方より先に帰れない」と悩んでしまうこともあります。例えば、ある男性が女性の2人組におごったら、彼女たちは話したいことがあったはずなのに、男性に気を遣わなきゃいけなくなるじゃないですか。そうすると、彼女たちのこの店への記憶は「楽しくなかった」となってしまう。それが私は嫌なんです。理由があって2人で来ているのだから、もし他の方と喋りたいと思ったら、おごりなど関係なく喋るでしょうし、自分たちのタイミングで切り上げることもできると思います。

――「先に帰りづらくなる」「気を遣わないといけなくなる」という心理的ストレスをなくすために「おごり禁止」のルールを決めたんですね。

女性がおごりだけでホステス扱いされるのも嫌ですしね。女性だけでなく、意外と若い男性の方がかわいそうな場合もあります。少し威圧感のある男性に「兄ちゃん一杯飲めや」って言われたら、なかなか断れないですよ。女性は「もう飲めないんで」と断る方も多いけれど、若い男性はうまく断れない方が多いように思います。

――確かに、「一杯ごちそうする」と言われると、お断りするのは相手に失礼な気もしますし、少なからず相手に気を遣ってしまいます。だからこその「おごり禁止」ルールだと思いますが、そもそも小柳さんは「おごり・おごられ文化」についてどうお考えですか。 

おごる方ばかりが目に付くように話しましたが、「おごられる」という意味では、まさに「おごられたい女性」もいます。高いお酒に限らず、安いお酒でも「おごられる」ということで自分が評価されていると思う女性もいて、私はそれも嫌なんです。

私自身、嫌な思いをした経験があります。以前一人で飲んでいたとき、頼んでいない焼酎が運ばれてきたんです。聞くと、一言も話していないお客さんからの「おごり」ということでした。もちろん断りましたが、そうしたらその人は舌打ちをして店を出て行ったんです。そのとき、怒りやあきれる気持ちが湧き上がりました。言い方は悪いですが、物乞いに小銭を与える感覚と同じではないかと。要は、自分より下に見える相手を見つけるような行為に思えたんです。だって敬意を持って接する人に対して、「おごってやる」とはなりませんよね。「おごり・おごられる」ことで上下関係のようなものが生まれると思うので、この店では誰でも「酒好き」の対等な仲間と考え、「おごり禁止」をルールにしました。

ルールがあることで良い「飲みの場」が保たれる

――「おごり禁止」以外のルールはあるのですか。

「一口どうぞ」とフードメニューを味見し合うことや、隣の人に「良かったら一緒に食べましょう」と料理をシェアするのも禁止しています。これは衛生面でもちょっと問題がありますし、感染症の懸念もあるので。「残り一切れをどうしたらいいのか分からない」と気にしてしまう方もいます。うちの料理はほぼ一皿300円と手軽なので、自分が食べたいものは自分で頼むというシンプルなルールなんです。

ドリンクは1杯税込400円、フードは一皿税込300円。人気メニューの「辛麺」のみ税込500円(辛さは50倍ごとに100円増し。上限は200倍)。辛麺は辛さが選べ、初回は50倍まで注文できる。ただ、無謀な辛さのチャレンジを禁止し、普段どれくらいの辛さのものを食べているかなどをスタッフが聞いて辛さを決めていく。この辛さ調節のやり取りもカウンターの中と外の会話のきっかけにしている

――確かに料理のシェアなどは気を遣うことが多いポイントですね。他にもルールはありますか。

自分の席を離れて別のお客さんに話しかけにいく方には、「あんまり席を離れないで」と注意を促します。それは単純に他のお客さんに迷惑ですし、席が離れていても仲良くなることはできるので。席が離れているお客さん同士の話があまりにも盛り上がったら、隣に来られる方の了承を得て席を移動させることはありますが、勝手な席の移動は認めていません。

――カウンターの中からしっかり見ていらっしゃるんですね。

お客さんの様子は常にチェックしていますね。その点で付け加えるなら、差別的な会話には注意しますし、人種のことを言い出したら出禁にします。先日も都道府県の話題で、ある県を悪く言う方がいて2回注意しました。その県にゆかりのある人が店にいたら……などと気にもしていない様子で話していたので、かなり説教っぽく注意しましたね。

――当然のことですが、スタッフがちゃんと注意するのは大切なことですね。

迷惑行為で嫌な思いをしているお客さんがいるのに、スタッフが何もしなかったら、うちでの思い出は嫌な思い出になってしまいます。でもちゃんと注意することで、「この店の人は言いづらいこともはっきり言ってくれる」という良い印象に変わります。私のようなあれこれ言う人がいた方が、お客さんは安心して飲めるんですよ。

程よい距離感でお客と会話を行うという小柳さんとスタッフ。常にカウンターの様子に気を配り、目に余る飲み方のお客にはきちんと注意する

単なる集客目的だけではない、かっぱのイベント

――「かっぱ」開催のイベントも充実していると聞いていますが、どのようなものがありますか。

貸切営業で行う「日本酒会」は、参加費3,000円とお客さん自身に四合瓶以上の大きさの日本酒を1本持参してもらうという条件があるのですが、おつまみが一品付いた時間無制限の飲み放題です。うちからも日本酒は用意しますが、例えばお客さんが15人来たら15種類の日本酒をみんなでシェアして飲めるんですよ。これはとても人気のイベントで、特に新規のお客さんの来店に有効です。

日本酒会のチラシ

――日本酒好きの方には特に楽しいイベントですね。スタッフもお客さんと一緒に日本酒を飲むんですか。

私たちも一緒に楽しみます。他にもイベントとして、「ボードゲームの会(ボドゲ会)」もあります。ボドゲ会のときは、その時間だけお店を閉めちゃうんですよ。そうすることで、「いつもゲームをする仲間の空間」といった感じにしています。新規のお客さんの参加も大歓迎ですが、雰囲気としてはあえて「内輪のイベント」といった感じにしています。

ボードゲームの会で使用するゲームの数々。会が始まったら、まず全員でルールを確認してから始める

――なぜ、「内輪のイベント」という雰囲気にするのですか。

内輪のイベントという感じにすることで、この店のコミュニティーをつくるというか、自分たちが毎月楽しむ場として、「この日はかっぱに行かなきゃ」と感じてもらえるようにしたいと思いました。また、その日はそのまま通常営業に入るので、お客さんがいる状態から開店できるんです。

――なるほど、「日本酒会」で新規客を獲得し、「ボードゲームの会」で常連をより引き付ける、というわけですね。

そうですね。そういうイベントで店の話題性をつくりながら、お客さんの囲い込み施策を考えました。だからボドゲ会のメンバーが徐々に増えていくといいな、と思っています。

―――「おごり禁止」のルールから種々のイベントまで、明確な考えのもとで店づくりをされていますね。最後に、これからこの店をどのような店にしていきたいですか。

やっぱりみんなが楽しくハッピーなのが一番。Instagramでちょっと話題になったことで一時期お客さんが増えて、お客さんの層も一瞬変わったことがあるのですが、売り上げは上がっても嫌だなと思うこともありました。なので、今はこのまま少しずつお客さんが増えていくことで、少しずつ常連さんも増やしていき、このお店に関わるみんなで楽しくやっていきたいですね。

取材先紹介

飲み食い屋かっぱ


 

取材・文別役 ちひろ

コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩き系のフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、27都道府県・約1,000軒の教会を訪ね歩いている。

写真新谷敏司
企画編集株式会社 都恋堂