自他共に認める酒好きの漫画家・後藤羽矢子さんに「ひとり飲みの楽しみ方」を伺いました。
やってみたいけれど、なんとなくハードルが高いようにも思える「ひとり飲み」。普段からひとり飲みを楽しむお酒好きの著名人は、その壁をどう乗り越え、自分のスタイルを見つけたのでしょうか。
「うわばみ彼女」など、お酒をテーマにした作品を数多く手がける漫画家・後藤羽矢子さんは、根っからのお酒好き。地元・小田原でよくひとり飲みを満喫しているという後藤さんに、そのコツを伺いました。
- 後藤羽矢子さん
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高校在学中から漫画制作を始め、書店勤務などを経て「COMICパピポ」でデビュー。成人向け雑誌や4コマ漫画雑誌を中心に多くの作品を発表。料理やお酒、旅行が好きで、漫画に積極的に取り入れている。代表作に『うわばみ彼女』(白泉社)『アスクミ先生に聞いてみた』(竹書房)など。現在、竹書房コミックエッセイwebにて『小田原観光大使になれるかなseason2』を連載中。
20歳で飛び込んだ赤ちょうちん。鮮烈なひとり飲みデビュー
――『うわばみ彼女』『たべつくスイッチ(ごはん日和)』『小田原観光大使になれるかな』など、後藤さんの描くマンガにはお酒が数多く登場します。後藤さんご自身は普段、どのようなシーンでよくお酒を飲みますか?
後藤さん:仕事が終わった夕方に、家でYouTubeを見ながら焼酎のロックを2杯ほど、ちびちび飲むのがいつものパターンです。お酒は大好きなんですが、アルコールにはそれほど強くないので、これくらいの量がちょうどいいんです。
お酒を飲んでいると、見ている動画もより面白くなるし、周りの景色もきれいに見えます。シラフのときよりも楽しさが増す、というか、心のブーストがかかる感じです。
――その気持ち、なんだか分かります。お店でひとり飲みをすることもありますか? 「飲みに行こう!」って思うタイミングって、どんな時でしょう。
後藤さん:外でのひとり飲みも好きですね。仕事が片付いたタイミングでパーッと外で飲みたい! と出かけることも多いんですけど、シャツ1枚で外出できる気軽さもあって、夏はわりとよく飲みに行きます。もともと夏の夕暮れが大好きなんですよ。何だかワクワクして、家にいるのがもったいないと感じるんです。
――確かに、夏の夕方って妙な解放感がありますよね。
後藤さん:そうですね。あの独特の解放感とお酒は相性抜群だと思います。
夏だったかどうかは忘れたのですが、思えばひとり飲みのデビュー戦は20歳になってすぐ、「赤ちょうちんのカウンター」でした。この頃、自分の中で「背伸びをするブーム」があったんですよね。
実は高校時代から「背伸び」をするクセがあって。当時は「ひとりで喫茶店に入る」チャレンジをしていたのですが、そのおかげで赤ちょうちんでのひとり飲みもすんなり達成できた気がします。今ではもう慣れて、ひとりでも全然平気になりましたね。
――最近では大衆酒場で飲む若い女性も増えましたけど、ひとり飲みデビューが赤ちょうちんとはすごい勇気ですね!
後藤さん:最初は緊張しました。でも、開け放してある入口から、カウンターの上にテレビがあるのが見えたんです。「テレビを見ていればひとりでも手持ち無沙汰にならずに済むかも」と、思い切って入りました。
とはいえ、入った瞬間から一斉に視線が飛んできましたね(笑)。ご主人から「ええ~入るの!」って驚かれたり、常連らしいおじさんに「若いね!」ってめちゃくちゃ話しかけられたり。
――容易に想像できます……。そういう展開になると分かっているから「ひとり飲みをしてみたいけれど、勇気がなくて踏み出せない」という人も多いのではないかと思います。
後藤さん:ひとり飲みの時の不安って、周りの視線が怖い、というのもありますけど、何より「手持ち無沙汰になる怖さ」が大きいと思うんですよ。知らない人の中に混ざって1人でボーッとするのってやっぱりしんどいので。
だから、「1人でも私は退屈していないですよ!」なムードが出せると強いですよね。私が赤ちょうちんでひとり飲みデビューができたのは、カウンターの上にテレビがあるのが見えたからなんですよね。「ひとりを持て余しても大丈夫そうだな」と思えたので。
ひとり飲みに慣れてくると、文庫本を持ち歩くようになりました。バーでカクテルを飲みながら本を読むなんて、すごくかっこいいじゃないですか。実際にやってみると、酔いが回って内容がまったく頭に入ってこないんですけどね(笑)。
今はスマホもありますから、料理の写真を撮ったりSNSを見たりしながらお酒を飲めますし、ひとりでも手持ち無沙汰になることは少ないんじゃないでしょうか。
――ひとりで飲みに行って、お店の人とコミュニケーションを取ることはありますか?
後藤さん:あまりないですね。以前はひとり飲みする女性が珍しかったこともあり、店員さんや居合わせたお客さんからいろいろと話しかけられ、初めて会った方たちとワイワイ過ごすこともありました。
でも今は、自分のペースで楽しみたいと思うようになりましたね。店員さんとの距離はつかず離れず、「今日はいい魚が入ってますよ」とおすすめされる程度のやりとりだと居心地がいいです。
「移動中のグリーン車」は絶好のひとり飲みスポット
――後藤さんがよくひとり飲みをするお店についても伺いたいです。やっぱり地元の小田原エリアが中心ですか?
後藤さん:そうですね。東京で仕事関係の飲み会も時々あるんですけど、酔うと帰るのがおっくうになってしまうんですよね。それにうっかり電車で寝過ごすと、三島や熱海まで行っちゃいますから。何回か帰れなくなって、駅前のビジネスホテルに泊まったこともあります(笑)。
――それは大変ですね……。都内で飲むと帰りの電車の時間も気になりますし、安心して楽しめないですよね。
後藤さん:小田原だったら歩いても家に帰れるし、タクシーもつかまえやすいので。そういう理由から、東京でひとり飲みはほとんどしないんですが、帰りの電車で飲むのは大好きです。
――電車の中で?
後藤さん:グリーン車ですよ、普通車両ではさすがに飲みません(笑)。東京駅から小田原駅まで、新幹線は約30分と早いんですが、JRの普通列車だと1時間20分くらいかかります。これ、ちょっとだけ飲むのにちょうどいい時間なんですよね。駅弁や、ちょっとしたおつまみと一緒にワンカップ酒を2本買って、車窓を眺めながら飲むのが楽しみで。
――楽しそうですね! グリーン車で飲まれている方は他にもいらっしゃいますか?
後藤さん:結構いますね。車内販売で軽食やお酒を買って、晩酌タイムを楽しんでいる人も多いです。そういうのんびりした雰囲気にもすごく癒されています。
ただ、気をつけなきゃいけないポイントもあって。グリーン車は指定席ではないので、チケットを購入しても必ず座れるとは限らないんですよ。だから、いろいろ買って乗り込んでも、駅弁とお酒を持って、じっと立って待たなきゃいけない場合もあります(笑)。横浜を過ぎればたいてい座れるんですけどね。
――「グリーン車飲み」も大変惹かれるのですが話を戻して……後藤さんが通っている小田原のお店について教えてください!
後藤さん:よく行くのは「だるま料理店」です。1893年創業の日本料理店で、建物は国の有形登録文化財にも指定されています。
お昼どきは観光客でにぎわっているんですが、中休みがないので、時間を外せばすんなり入れるのが気に入っていて。私は14~16時ごろによく行きます。「飲みに行こう!」と思い立ったらすぐお店に足を運べるのがうれしいですね。
確定申告終了祝いにだるまに来てる。昼は混み混みのだるまだけど、ここ中休みとらないから14時過ぎに行けばのんびりできる。 pic.twitter.com/YWFDZ4ZKZY
— 後藤羽矢子 (@hayakogoto) 2020年3月9日
――すごく重厚感があるお店ですね……!
後藤さん:お店の重厚な見た目に反して、料理の価格はリーズナブルなんですよ。それに店内も、周りを気にせず、伸び伸びできる雰囲気で。
―― それは、思わず通いたくなってしまいますね! だるま料理店さんでよく注文されるメニューはありますか?
後藤さん:天ぷらが有名なお店なんですけど、私は「あじ塩焼」をよく注文しています。丸ごと一尾と見た目も豪華で、味も「シンプルなのに、こんなにおいしいのか!」と感動します。相模湾に面した小田原には、魚料理のおいしいお店が多いんです。
あとは、少量ずつ楽しめる小鉢のメニューが用意されているのも、ひとり客に優しいところです。
ストリートビューをフル活用。ひとり飲みに「良さそう」なお店の探し方
――だるま料理店さんのような良い店をどのようにして探すのですか?
後藤さん:前情報なしに初見でふらっとお店に入ることはほとんどありません。だいたい、事前にチェックしてからお店を訪ねています。
特に目的はなく、Google マップのストリートビューで街を探索するのが好きで。気になるお店を見つけては、クチコミサイトで評価を調べているんです。
――面白い探し方ですね。
後藤さん:実は私、かなりの方向音痴で……。知らない場所に行くときは必ずストリートビューで駅から目的地までの道のりを確認するのですが、その習慣からお店もストリートビューで探すようになりました。
――ストリートビューで見ていて「このお店は良さそうだ」と感じるポイントってどんなところでしょう?
後藤さん:年季が入っていて落ち着いた雰囲気の店を見つけると「おっ」と目を止めます。
年季が入っている=昔から営業している=地域に根付いている証拠だと思いますし、入口がガラス張りだったり、窓から店内の様子が見えたりすると、さらに安心感があります。
――その後、お店のクチコミもチェックすると思うのですが、こういうことが書いてあると「行ってみたい」と思える、というポイントがあれば教えてください。
後藤さん:「居心地がいい」「気軽に行ける」というような、親しみやすさにつながる言葉があると安心します。逆に「宴会できる」と書いてあれば、騒がしくて落ち着かないかもしれないと、避けてしまうかもしれません。
――SNSに投稿されているレビューも確認しますか?
後藤さん:小田原の情報を発信している方をフォローして、よくチェックしています。小田原に観光で行った方の評価よりは、地元の方が「おいしい」と言っているかどうかを重視していますね。
普段意識しないこと、見過ごしてしまうことを噛み締めるのがひとり飲みの醍醐味
――改めて、後藤さんが考える、ひとり飲みの良さとは何でしょうか。
後藤さん:じっくりと、自分のペースで料理やお酒に向き合えるのがひとり飲みの魅力ですよね。友だちと飲みに行くとしゃべることに集中してしまって、料理もお酒も印象に残らないことがよくあるんですよ。それはそれで楽しいんですけど、何だか惜しいような気もしていて。
あと、料理やお酒の味はもちろん、仕事が終わった時のすがすがしい気持ちとか、季節ごとの空気感とか、いつもならあまり意識せずに見過ごしてしまうようなものを噛みしめられるのもひとり飲みの醍醐味だと思っています。
――「いつもならあまり意識せずに見過ごしてしまうようなものを噛みしめられる」という感覚、素敵ですね。
後藤さん:だから、いつもならスルーする料理やお酒にあえてチャレンジしてみるのも楽しいですよ。友だちと一緒のときは相手の好みもありますし、おいしくないと、ちょっと気まずい空気が流れるじゃないですか。でも自分だけなら、口に合わなくてもなんだか笑えてしまうんですよね。
――それがきっかけで新たなおいしさに出合えたり、自分の好みの幅が広がったりしそうですよね。
後藤さん:そうなんです。私の場合、泡盛がそうでした。ひとり飲みがきっかけで泡盛にハマって、沖縄にも今までに13回訪れているんです。独特の香りや味わいもさることながら、飲むと沖縄の楽しかった記憶がよみがえってくる。だから、夏になると沖縄を思い出して泡盛が飲みたくなります。
――後藤さんがひとり飲みをどう楽しんでいるのかが分かりました。最後に、もし理想のひとり飲みができるお店を後藤さんが作るとしたら、どんなお店にしたいですか?
後藤さん:まず、ひとりで入りやすい雰囲気は大事にしたいです。それに、足湯があれば最高ですね。小田原には、足湯に入りながら飲めるお店がいくつかあるので、お店をやるとしたらぜひ取り入れたいなと。お湯に浸かりながら飲むと酔いやすいんですけど、それもまた楽しいので(笑)。
あの人が飲みに行くお店
取材・文:田窪綾
編集:はてな編集部