8割が一人客。創業90年の「大島酒場」が愛される理由は店主がつくるムードと距離感

JR中央線・三鷹駅の南口。駅前の喧騒(けんそう)から少し離れた場所に、凛とした店構えでお客を迎える一軒の酒場があります。1933年創業の老舗「大島酒場」で、三鷹で立ち飲みといえば、まずこの店の名が挙がるほど。ですが、店内は老舗という言葉から想像される年季の入り方とは異なり、まるでオープンしたてのような清潔さ。そして、開店は15時と早い時間にもかかわらず、次々とお客がやってきます。

▼お店の特徴

▼今回の案内人を紹介

塩見なゆさん

酒場案内人:酒場や酒類を専門に扱うライター。全国1万軒以上の居酒屋を巡り、その魅力をテレビ・雑誌・Webマガジンなどで発信している。生まれは東京都杉並区。

創業100年も見えてきた三鷹を代表する立ち飲み酒場の一つ

1933年に酒屋の角打ちとして創業し、倉庫の改装や再開発による移転を経て現在の姿になった大島酒場。豊洲から仕入れる新鮮な刺身とこだわりの地酒がそろい、15時という早い時間から常連客で賑わいます。三鷹で立ち飲みといえば必ず名前が上がる、酒場愛好家の間ではれっきとした有名店です。

世代も職業もさまざまな客が吸い寄せられるように集うこの場所には、一人客を温かく迎え入れ、明日への活力を与えてくれる確かなこだわりがあります。 3代目代表の大嶋一(おおしま はじめ)さんと、店長の小堀蒼竜(こぼり そうた)さんに、長年愛され続ける理由を伺います。

左が3代目の大嶋さん、右が店長の小堀さん

【1人飲みポイント①】ピカピカに磨き上げられた清潔な店内と、長居したくなるヒミツが詰まったカウンター

塩見

いつ伺っても、店内が本当にピカピカですよね。ビールサーバーは鏡面仕上げですし、厨房(ちゅうぼう)機器には指紋の一つもないように見えます。1933年創業と伺って驚かれる方も多いのではないですか?

大嶋さん

ありがとうございます。ここに移転してきて12年以上経つんですけど、いまだに「最近始めたんですか?」って言われることも多いですね。掃除は先代の頃からというより、僕が店に入ってから徹底し始めたんです。店内のあまりの散らかりっぷりに、「うわ、これやべえぞ」と思って(笑)。そうするうちに掃除が趣味みたいになりました。自分できれいにするとやっぱり気持ちがいいですし、お客さんも快適に過ごせると思うんです。

 

厨房(ちゅうぼう)機器はまるで納品直後のように、くもり一つなく輝いている

塩見

この美しいカウンターは、移転前から使われているものですか?

大嶋さん

そうなんです。うちは元々酒屋から始まって、ここで4回目の移転になるんですが、このカウンターだけは創業からずっと同じものを使っています。長さも「高さ」も変えていません。

塩見

高さ、ですか。

大嶋さん

ええ。この「高さ」が居心地のよさにつながっているんですよ。実は、昔の人の身長に合わせてあるから、今のカウンターと比べると少し低いのですが、長時間立っていても疲れない、ちょうど手を置いてリラックスできる、絶妙な高さなんです。細かなところですが、こういう造りも一人で飲みに来てもらえる理由だと思います。皆さん居心地がいいと言って、仕事帰りにふらっと立ち寄ってくれるんです。

塩見

まさかそんなところにヒミツがあったとは!

大嶋さん

立ち飲みの店を開業したくて偵察に来る同業者もいますが、この高さを変えてしまうと、実はうまくいかないことが多いんです。手を置く位置が少し上がるだけで足腰への負担が増えてしまうんですよ。

 

清潔ながら使い込まれたカウンター。長年に渡って多くの人の手が触れてきた証拠に、角がまるくなっている

塩見

手入れが行き届いた老舗酒場特有の、凛とした空気感が心地良いです。こうしたお店では、1人飲みでも質の良い肴(さかな)を少しずつ楽しみたいところ。大島酒場は、そんな願いに応えてくれるラインアップで、特にお刺身が素晴らしいです。

大嶋さん

ありがとうございます。最初は角打ちだったので刺身はなかったのですが、少しずつ変えていき、いまの魚介類中心のメニューになりました。豊洲から「おまかせ」で良いものを直接仕入れています。お客さんが「こんなのが食べたい」と言えば、それもできるだけ反映させます。あとは、お客さんで釣り好きの方がいて、その人にお願いして釣ってきてもらうこともありますよ。

塩見

お客さんとの距離が近いんですね。日本酒のラインナップも、王道からツウ好みまでバランスが良いです。

大嶋さん

日本酒については、僕が7年ほど働いていた「宮田酒店」という地酒専門店での経験が大きいですね。そこで地酒の勉強をして、いつか自分たちの店で出そうと決めていました。

塩見

その経験がツウをも飽きさせない地酒のラインアップにつながっているのですね。地酒に合わせる刺身を熟知していらっしゃるのだろうと感じます。

 

立ち飲み店としてはかなり充実した地酒の品ぞろえ
日替わりの「かつおのたたき」と、注文を受けてから揚げる熱々の「穴子天ぷら」。衣は薄くサクサクで、中の穴子はふっくら。香ばしい「海老の串焼き」も、シンプルな塩加減が酒を呼びます。どれも奇をてらわず、酒をおいしく飲ませるための実直な仕事ぶりが光る

【1人飲みポイント②】客層の良さと絶妙な距離感の接客で、緊張せずに過ごせる

塩見

お客さんはおひとりさまの方が多い印象です。

小堀さん

そうですね、8割ぐらいは1人飲みのお客さんです。ご夫婦やカップルもいらっしゃいますが、基本はおひとりですね。

塩見

初めてのお客さんには、どのように接しているのですか?自分のペースで楽しめる反面、ともすれば孤独を感じやすいスタイルでもありますし、常連さんが多い店だと、どう振る舞えばいいか緊張する人もいるのではないでしょうか。

大嶋さん

一人で来ても、だいたいの人はその日のうちに顔見知りになって帰っていきますね。お客さん同士で、自然と会話が生まれるんですよ。

塩見

皆さんが積極的にお客さん同士をつないでいらっしゃるのでしょうか?

大嶋さん

立つ位置をコントロールすることはありますね。ただ、一見さんはまず様子を伺います。話しかけて欲しそうか、静かに飲みたいのか。

塩見

お客さん一人ひとりの様子を、丁寧に見ていらっしゃるんですね。

大嶋さん

僕らが大事にしているのは、お客さん全員を「平等」に扱うこと。例えば、大学や企業の上席のお客さんもいらっしゃいますが、その人たちだけを特別扱いすることは絶対にしません。

塩見

その平等さが、店内の安定した空気感をつくっているのですね。

大嶋さん

そうしないと、周りのお客さんが引いてしまいますから。それと、近寄りすぎてもダメなんです。一定の距離を守ることで、長く良い関係を保つことができます。接客は「五感」でする仕事。後ろを向いていても、グラスに入っている氷の音でそろそろ“お代わり”だなと気づきます。

小堀さん

お客さんに「お代わり」って言わせないように心掛けていますんで。それと、常連さんには飲み物の注文はほぼ聞きません。お顔と一緒に注文されるドリンクも覚えているので、お顔を見たら飲み物の提供準備を始めます。

塩見

すごいですね。とはいえ、長く営業されていると、お店の空気に合わないお客さんもいらっしゃったのでは?

大嶋さん

もちろん。「治安を守る」のは一番苦労したところです。僕らに何か言ってくるのはまだしも、他のお客さんに迷惑をかけたら、もうダメ。昔は年に10回くらい「出禁」にしていました。今はそんな人はあまりいませんけどね。それでも、店全体の空気を守ることは最優先です。強く言っていい人、優しく返すべき人、そのバランスを見極めてきた経験が、今の穏やかながらも筋の通った空間をつくっています。

塩見

そうして「客層」を守ってきたのですね。

大嶋さん

ええ。うちの自慢は、もう本当に「お客さん」です。お客さんの質が良い。それは僕らが入った時から変わりません。良いお客さんが、さらに良いお客さんを呼んでくれるんです。

 

ほとんどが立ち飲みスペースだが、常連客のニーズに合わせて店の奥にはテーブルや座敷もある

【1人飲みポイント③】訪れて納得。プライスレスの楽しみがある

塩見

こちらのお店では、一人で来てスマートフォンをずっと見ている人をほとんど見かけません。どの酒場を訪れても、動画やSNSを見ながら一人で静かに過ごされる方は一定数お見かけします。

大嶋さん

スマホを眺めているお客さんはいないですね(笑)。話をしに来ている人がほとんどです。

小堀さん

お客さん同士で仕事やプライベートな悩みなどをここで話して、すっきりとした顔で帰っていかれますね。

大嶋さん

そうそう。いろいろなジャンルの仕事に就かれているお客さんがいますから、困ったことを相談すると“目からウロコ”の良い回答が返ってくる。まさにプライスレスの楽しみが提供できていますね。

 

「この前、塩見さんのSNSを見てお客さんが来てくれたよ」と話す大嶋さん。常連さんには各地を飲み歩いてきた酒場ツウの人も多いそう

塩見

お店として、お客さんにとってどのような存在でありたいですか?

大嶋さん

皆さん、その日の仕事で良いことはもちろん、うまくいかなったことだってたくさんあったと思うんです。ここでそれをリセットして、いかに気持ちよくお客さんを帰すか、を僕らは考えています。「あ、この人は今日何かあったな」って見ていて分かりますから、さりげなく話を聞く。そうすると気持ちが楽になるじゃないですか。ここで飲んで「明日も頑張るぞ」って。皆さんの「活力」になってほしいですね。

塩見

創業から90年を超え、100周年も見えてきましたが、老舗として「変えないこと」の重みは感じますか?

大嶋さん

僕の代で終わらせるわけにはいかないなという思いはありますよね。でも、だからといって何かを変えるわけじゃない。毎日きちんと掃除をして、やることをしっかりとやるだけです。

塩見

移転されても、新しいお客さんだけでなく昔からのお客さんが変わらず通い続けているのがその証拠ですね。

大嶋さん

そうですね。うまく巡っているというか、ある人が来なくなっても、また新しい方が来てくれて、うまく回っています。常連さんがつくりだすムードが新しいお客さんに伝わって、気に入ってくださった方が常連さんになる。この雰囲気をこれからも守っていきたいです。

 

店主の凛とした立ち姿からお店の姿勢をうかがい知れる

明日への活力をくれる、三鷹の「みんなが集う場所」

取材を終えてカウンターに立ち、まずは完璧に管理された生ビールで喉を潤します。寸分の狂いもなく注がれた一杯は、この店の姿勢そのものだと感じさせます。ビールから地酒へと杯を進めながら、改めてその「高さ」がしっくりくるカウンターに体重を預けると、大島酒場が提供しているのは、おいしい酒と肴(さかな)だけではないことが分かります。

店主が五感を研ぎ澄ませて守り抜いてきた「客層の良さ」と「心地よい距離感」。そして、スマホを閉じて、見知らぬ隣人と愚痴や人生を語り合える「みんなが集う場所としての空気感」です。

仕事で疲れた日や、誰かと少しだけ言葉を交わしたい夜。この店ののれんをくぐれば、ピカピカのカウンターと変わらない笑顔が、明日への活力を静かに満たしてくれるのです。

取材先紹介

大島酒場

 

取材・文塩見なゆ
写真野口岳彦
企画編集株式会社 都恋堂