「漁師」の次は「農家」⁉ 第一次産業が主役の「生産者カード」制作の裏側

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漁師や農家など、実在の生産者たちの姿がプリントされた「漁師カード」や「農カード」というトレーディングカードが存在する。奇想天外な取り組みにも思えるが、どちらのカードも消費者たちから大きな反響を呼び、多くのメディアに取り上げられた。「カード」という親しみやすいツールを活用し、日本の第一次産業が抱える課題を解決しようとした仕掛け人たちの思いや制作の裏側に迫る。

遊び心から生まれた「漁師カード」が思わぬ大反響を呼ぶ

「漁師カード」は、青森県農林水産部水産局水産振興課が、2018(平成30)年に企画した取り組みです。

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カードには裸に合羽を着た漁師さんと、名前、活動エリアなどが印刷されています

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漁師カードは役職でレア度が変わります。LR:漁協組合長、UR:漁師、SSR:漁連・漁協等関係団体職員、SR:取締船・調査船員、R:県市町村職員、N:その他

青森県の水産業は近年、漁獲量の減少で漁師たちの収入が減少し、それが後継者不足の原因にもなるという問題を抱えていました。また、漁獲量が少ないにも関わらず、魚の価格は依然として低いまま。

そんな状況を打破しようと、当時水産振興課に所属していた木村紀昭さんが考案したのが「漁師カード」です。もともと、農林水産部水産局では、2017(平成29)年度に水産物の知名度向上と消費拡大を目的とした「あおもりの肴オーセンティック事業」を立ち上げ、青森県の水産物をPRする取り組みとして全国各地でマグロの解体ショーやクックパッド、Facebook 等による情報発信を行っていました。

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「漁師カード」が生まれるきっかけとなったポスター

「漁師カード」発案のきっかけとなったのが、青森の水産物に興味を持ってもらうための施策として作られたポスター。ただのポスターでは目をとめてもらえないだろうと、筋肉隆々の上半身を露わにした地元漁師さんの写真を掲載したところ、主に女性からポスターが欲しいという声が殺到。これをPRのチャンスと捉えた木村さんが、配布しやすいように小型化したのが「漁師カード」です。青森県産水産物を提供する協力店や解体ショーなどで配布したところ、さらなる反響を呼び、「漁師カード」は一躍全国的な脚光を浴びました。

「漁師カードが皆さんに受け入れられたのは、役所的な発想ではなかなか出てこない“遊び心”があったからではないでしょうか。漁師をカードにするという発想はもちろんのこと、漁師の属性によってレア度を設定したというデザイン面での工夫も好評を得られた要因だと思います」(水産振興課課長 白取尚実さん)

「漁師カード」はSNSでの拡散、マスコミでの紹介などで注目を集めた結果、多くの消費者に青森の水産物を知ってもらえただけでなく、カード欲しさに子どもが親と魚を買いに来てくれるようになったという成果もありました。

「漁師カードという資産を次の展開にどう生かすか、というのが私たちの今後の課題ですね」(白取さん)

Twitterへの投稿から爆速で動き出した「農カードPROJECT」

「漁師カード」の話題は全国に広まり、同じく第一次産業である農家にも刺激を与えました。続いて紹介するのは、全国の若手農家を中心に制作されている「農カード」の取り組みです。

「もともと、農業を盛り上げたいという思いがあって、何かできないかなとずっと考えていたところ、たまたまテレビで漁師カードを見て、『この取り組みはすごくいいな』と思いました」と語るのは、愛知県田原市でミニトマトの生産をしている小川浩康(おがわ農園)さん。

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ミニトマトのハウスでインタビューに答える小川さん

「以前から、生産者と消費者の距離の遠さを課題に感じていました。市場流通は、日本全国どこでも野菜が届くような素晴らしい仕組みである一方、生産者と消費者の間に中間業者が挟まることで、消費者から生産者の姿が見えづらくなっています。例えば、誰か知り合いの農家さんからもらった野菜だと、あの人が作ってくれたから残さずにちゃんと食べよう、おいしかったからまたこの人から買おう、といった意識が生まれますよね。また、生産者の立場からすると、顔のわかる人からおいしいという言葉をもらえるとモチベーションが上がります。生産者がどんなふうに、どんな思いで野菜を作っているのかを、どうすれば消費者の皆さんに届けられるだろう……と考えていました」(小川さん)

2020(令和2)年8月11日、小川さんがTwitterに「農家カードやってみたいな」と投稿。すると、岐阜県本巣市で名産の富有柿を生産している西垣誠(西垣農園)さんと、北海道余市町でミニトマトとブドウの栽培している川合秀一(有限会社カワイ)さんがすぐさま反応します。翌日には、西垣さんが小川さんや川合さんの写真を使ってカードを試作し、Twitterに投稿しました。

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農カードPROJECTの中心メンバー。上段左から川合秀一さん、小川浩康さん、西垣誠さん。今回の取材はオンラインで東京、愛知、岐阜、北海道をつないで実施しました

投稿を見た他の農家からも、「自分のカードも作って欲しい!」という声がちらほら届きます。手応えを感じた3人は「農カード」を本格的に制作していくことを決めました。実際に参加の募集を行ったところ、10日間ほどで約70名もの応募が集まったそうです。

農家だけでなく幅広く人を巻き込みムーブメントを拡大する

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農カードは第一弾、第二弾、そして現在準備中の第三弾と、続々と種類を増やしています

農家発で、すべてが手作りでスタートした「農カード」。漁師カードを参考に、農家だけでなく、農業に関わるさまざまな人たちを巻き込んでいきました。

「一般の方からすると、農業イコール農家というイメージがあると思いますが、僕ら農家からすると、農協職員、農機具を製造している会社、ポケットマルシェや食べチョクさんのような直販サービスなど、農業に関わる人々って多いんです。農家だけじゃなくて、そういう方々にも参加いただいて、農業界全体の取り組みとして盛り上がればいいなと思いました」(小川さん)

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縁取りが青いのは農業関係者のカード

実際、農業とは一見関係のない企業からも反応がありました。第一弾の募集が終わりに近づいた頃に、「農カードに協力したい」と連絡があったのは、青森県の印刷会社「アサヒ印刷」。アサヒ印刷は、漁師カードに触発され、青森県内で独自に農家カードを作ろうとしていた企業です。小川さんたちが進めている「農カード」の存在を知り、協力を申し出ました。現在では農カードに関わる印刷全般をサポートしており、西垣さんも「アサヒ印刷さんのサポートがなければ、第二弾は制作できなかった」と振り返ります。

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小川さんたちが着ている農カードのTシャツもアサヒ印刷のプリントによるもの

「農カード」が全国の若手農家を結びつけるきっかけに

「農カード」の配布方法は、生産者に委ねられています。現在はポケットマルシェや食べチョクといった直販サイトの購入者に特典としてプレゼントしているほか、直売所で手渡しをしたり、農業体験の参加者に配ったり、名刺がわりに「農カード」を渡したりと、活用方法は人それぞれ。お客さんの反応は概ね好感触で、西垣さんはサインを求められて面食らったこともあるそうです。また、カードの裏面に生産者のホームページにつながるQRコードを掲載していることから、「農カード」自体がリピーターを生み出すという効果もありました。

「何回も何回もリピートして購入してくれるお客さんって、僕のカードばっかり溜まっているんです。なんですけど、それで何が起きたかというと、僕のカードを『私の推し農家だから、この人のジュース買ってみて』って、消費者の方が知り合いに配ってくれている。僕が知らないところで宣伝してくれ、注文が増えるというすごく嬉しい動きが生まれました」(川合さん)

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農業界のマスコット的存在といわれほど影響力のある川合さん。「農カード」の盛り上げ役も担っています

さらに「農カード」は、生産者と消費者を近づけるだけでなく、生産者のモチベーションを高め、生産者同士を結びつける役割も果たしました。

「最初の頃は、消費者よりも参加メンバーからの反響がすごく大きかったんです。というのも、自分が主役としてカードになったこと自体がまず嬉しいですよね(笑)。また、SNSを通じて農家のつながりがすごく増えた実感もあります。これまでTwitter上での農家同士の交流はあっても、非常に限定的でした。でも、農カードのメンバーという同じ共通項ができたことによって、投稿に対して知らない農家さんから反応があるなど、コミュニケーションが盛んになりました」(小川さん)

「農カード」をきっかけになった生産者同士のつながりが、さらなる動きを生み出しています。例えば、西垣さんは岐阜県内の農カード参加者でバンドを結成し、ライブの物販でメンバーが作った農産物や加工品を売ることを計画していたり、熊本の農カードメンバーが地域の農家を巻き込んでマルシェを開催することになったり。また、毎週土曜日に農カードのメンバー1名をゲストに呼ぶラジオ配信も始めました。

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農家バンドなどの取り組みによって新しい客層にも農家の魅力を伝えられるはず!と意気込む西垣さん

「農カードのメンバーに話を聞いていると、皆さんもともと農業を盛り上げたいと考えている方ばかりなんですよね。農家の平均年齢は67歳と言われていますが、SNSを通じて集まっているので、比較的年齢の若い方々が多いです。これから自分たちが農業を続けていくために、この業界を盛り上げなきゃいけないという認識を各参加者が持っています。そんな思いを持った若手農家たちを全国規模でつなげてくれたのが、農カードの1つの恩恵なのかなと思っています」(小川さん)

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小川さんのミニトマトは、こんぶ、かつお、干し椎茸から取った出汁を与えて育てているのだとか

身近なアイテムが困難を乗り越える鍵になってくれる

「漁師カード」と「農カード」。それぞれの取り組みに共通していたのは「漁業や農業のことをもっと消費者に知ってもらいたい」、そして「漁業や農業をもっと盛り上げたい」という思い。見た目の面白さやコレクションする楽しみといった要素を兼ね備えた「トレーディングカード」は、生産者と消費者をつなげ、ファンを獲得するために、最適のツールだったといえそうです。

元を正せば、カードという昔からある何の変哲もないアイテム。それが、発想の転換でここまでの成果をあげたのは驚くべきことです。いま目の前に立ちはだかる困難を解決してくれるアイデアの種は、案外私たちの身近に既に存在しているのかもしれません。

 

【取材先紹介】

青森県農林水産部水産局水産振興
https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/nourin/sshinko/
おがわ農園
https://twitter.com/atsumichantomat  
西垣農園
https://twitter.com/nishigakinouen
有限会社カワイ
https://twitter.com/tomato_yoichi

取材・文/小野和哉
1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯に惹かれて入ってしまうタイプ。

写真/安田勝寛