コロナ禍でも屈せず出店を増やし、「ショートケーキ缶」で注目を集めた橋本学さんの店舗運営

GAKUのショートケーキ缶

“夜パフェ”ブームの火付け役としても知られる橋本学さんは、自動販売機で買える「ショートケーキ缶」など、コロナ禍に新しい商品を生み出し続けています。苦しい時期を経てチャレンジを続ける理由を聞きました。


新型コロナウイルス感染拡大の影響で、通常とは異なる運営をしている飲食店が増えています。

少しずつ普段通りの生活に戻ってきてはいるものの、やはりまだお店とお客さんとの距離感が物理的・心理的にも離れてしまっている現在。それでも、お客さんに「また行きたい」と思ってもらえるためには、どんな工夫が必要なのでしょうか。

飲食店の店主に、コロナ禍でのお店づくりをお聞きする『コロナ禍でのコミュニケーション』。今回は、北海道を中心にリゾットやパフェの専門店を全国展開する株式会社GAKU代表・橋本学さんに話を伺います。

種類豊富なリゾットが楽しめる札幌発「Risotteria.GAKU」をはじめ、“夜パフェ”“シメパフェ”という言葉を世に知らしめた人気店「Parfaiteria PaL」を運営する橋本さん。2021年には24時間いつでも自動販売機で購入できるショートケーキ缶を発売。透明な缶に入った斬新なその見た目は、ネットを中心に大きな注目を集めました。

インタビューの舞台は夜パフェ専門店であり、スイーツ缶の製造場所にもなっている「Parfaiteria beL渋谷」。幅広い業態を複数展開する橋本さんに、コロナ禍での店舗運営やお客さんとの関係性、ご自身の心の変化などを詳しくお聞きしました。

北海道を中心に計15店舗を運営。コロナ禍による影響とは?

――橋本さん率いる「GAKU」では多数のお店を運営されています。まずは最初のお店「Risotteria.GAKU」を開業された経緯を教えていただけますか。

橋本学さん

橋本学さん(以下橋本さん):調理師専門学校を卒業後、オーストラリア・シドニーにあるイタリア料理店で働いていた時期がありました。そのお店にはリゾットを目的に来られるお客さまがすごく多かったんですね。15年ほど前の話ですが、当時の日本はそもそもイタリア料理店の数が少ない上に、リゾットはコース内の一部でしか提供されていなかった。そこでメインフードに種類豊富なリゾットを据えて、一皿でも気軽に注文できる専門店をつくってみたら話題性も市場のポジションも獲得できるのではと考えたんです。当時のアルバイト先だったスパゲティ専門店「チロリン村」の社長に話したところ、札幌時計台ビルの店舗を居抜きで使わせていただけることになり、23歳の時に「Risotteria.GAKU」を開業しました。

――その後、2015年には札幌に夜パフェ専門店「Parfaiteria PaL」をオープンされています。北海道から全国へと“シメパフェ”文化を広めたお店でもありますよね。

橋本さん:僕自身スイーツが好きで、特にお酒を飲んだ後に甘いものが食べたくなるんですよね。でも夜にスイーツが食べられるお店って、札幌ではファミレスくらいしか選択肢がなかったんです。バーのような感覚でふらっと行けて、高級フレンチのデザートのように手間をかけたスイーツが食べられるお店があったらなと考えました。飲んだ後でもさっぱり食べられるようにと季節のフレッシュフルーツやジェラートなどを使い、見た目も味も楽しめるパフェを提供しています。

「Parfaiteria PaL」のパフェ

左「ピスタチオとプラリネ」 右「Princess belle(プリンセスベル)」

――現在、「GAKU」が手掛けているお店はどのくらいありますか?

橋本さん:リゾット専門店は「Risotteria.GAKU」など北海道市内と東京・渋谷に計5店舗(※2021年6月にオープンした「Risotteria.GAKU 渋谷」は移転予定のため休業中)。夜パフェ専門店は「Parfaiteria PaL」など北海道と東京に各3店舗、大阪と福岡に1店舗ずつの計8店舗あります。ほか、札幌市内に「一鱗酒場」と「pâtisserie OKASHI GAKU」を構えています。

――コロナ禍の影響でどの飲食店も客足がガクンと減ってしまった時期があると思うのですが、橋本さんのお店の状況はいかがでしたか?

橋本さん:全て国の要請に従っていたので休業時は売上ゼロです。その後、時短要請に合わせて前倒しでの営業やテイクアウトにも取り組んでいましたが、お店の立地などによって異なる影響がありました。

例えば、リゾット専門店については、ビジネス街にある札幌の2店舗はリモートワークの推進で人がいない状況でしたが、住宅街にある豊平区平岸や旭川市内のお店は好調でした。2020年5月からは学生を対象にリゾット10割引き、つまり無料で食べていただけるキャンペーンを実施しました。休業中は食材がもったいないし仕入れ先も困るだろうと始めたんですが、これは好評で学生さんたちから「ありがとう」の声をたくさんいただきましたね。

夜パフェ専門店はさらにダメージが大きかったです。本来なら17時ごろからオープンし、20~21時ごろが来客のピークになるんですが、営業時間を13~20時までにしなければならなくなったことで客足は4~5割程度に落ち込みました。何より「1日の締めに美味しいパフェで〆て良い夢が見れますように。」というコンセプトとは異なる形にせざるを得なくなったことも、悔しさがありました。

今は各店、コロナ禍前と同じくらい回復してきています。

――今日は渋谷区道玄坂にある「Parfaiteria beL渋谷」さんにお邪魔していますが、こちらのお店はどのようなお客さんが多いですか? 新規の方、常連さんの割合も含めて教えてください。

橋本さん:20代から30代の女性が中心で、おおよそですが新規6:常連4程度の割合です。北海道のお店は夜パフェ、シメパフェの文化が浸透してきているので男性のお客さんもよく訪れますが、渋谷のお店ではカップルで来られるくらい。まだまだこれから、という感じですね。

――コロナ禍で客層や、お客さんとのコミュニケーションに変化はありましたか?

橋本さん:コロナ禍になってから、女性をメインに30代以上の方も増えてきたように思います。2021年7月に立ち上げたスイーツブランド「pâtisserie OKASHI GAKU」で手掛けたショートケーキ缶をきっかけに、夜パフェ専門店やリゾット専門店を知った方が来店してくださることも多いです。

日頃からお客さまにはお店の印象や要望などを自由に書けるアンケートをお渡ししているんですが、ある時は「マスクをしているから笑顔が伝わらない」と書かれていることもありましたね。

お客さんへのアンケート用紙

――確かに、マスクで顔半分が隠れてしまいますしね……。歓迎の気持ちをどう表すか、難しい一面ですね。

橋本さん:笑顔が見えない分、声色を明るくするなど、できることを考えていきたいと思っています。

【コロナ禍でお店にどんな影響があったか】
  • 時短要請期間中の客入りは、店舗の立地や扱う商品によってさまざま。現在はコロナ禍前と同じくらいまで回復している
  • コロナ禍以降、女性をメインに30代以上の客層が増加。ショートケーキ缶をきっかけに、各店舗への関心が高まった様子
  • 店舗にはアンケートを設置。結果をふまえ、マスクを着用しながらでも明るく接客ができる工夫などを検討している

「屈してたまるか」コロナ禍でも計画通り出店したが、ストレスで奥歯が割れる

――先ほど教えていただいた「GAKU」のお店のうち、2020~2021年には東京、大阪、福岡に出店されています。コロナ禍で出店の延期などは考えませんでしたか?

橋本さん:コロナ禍でも、もともと決まっていた出店計画は止めることなく進めていこうと思いました。だって悔しいじゃないですか。最初の頃はコロナについて何も情報やデータがなかったのでニュースを見るたびに怖さはありましたけど、屈してたまるか、どうにかしてやるぞっていう意地がありましたね。

――コロナ禍になって、一番大変だったのはどんなことでしょう。

橋本さん:やっぱりお金の問題が一番の心配事でした。「GAKU」はアルバイトを含め約300人ものスタッフを抱えています。僕は「一人も欠けることなく乗り切ってやろう」と休業期間中も給与を出していましたが、毎月1,000万円の赤字が続いて。僕自身それまで精神的に強いと思っていたのですが、無意識にストレスを感じていたらしく、歯を食いしばって寝ることが多かったようなんです。ある時から嚙み合わせに違和感があり、歯医者に行くと奥歯が割れていて。その後、コロナ融資で満額を借り入れできることになったので、ようやく息がつけるようになりました。

――奥歯が割れるくらいのストレスがかかっていたんですね……! 当時、スタッフさんとはどのようなコミュニケーションを取られていましたか?

橋本さん:休業中でも給与が出るとなると、仕事へのモチベーションが下がってしまうことが心配でした。なので「ダラダラせず、感性を養う期間にしなさい」と、映画を見ること、本を読むことなどを勧めていました。

――橋本さんは融資が下りるまで不安や焦りなどがあったと思うんですが、そうしたしんどい思いをどのように乗り切ったんでしょうか。

橋本さん:YouTubeでリゾットのレシピを公開するといった、お店以外でお客さんとコミュニケーションを取る方法を模索していました。とはいえ現実逃避したくなるときもあって、Netflixで朝まで海外ドラマを一気見することも(笑)。資金調達の目途が立ってからは、これまで忙しくてなかなか取り掛かれなかったパティスリーの立ち上げに注力しようと考えました。

【コロナ禍でも「今できること」に取り組んだ】
  • 「屈してたまるか」という気持ちで、コロナ禍でも出店計画は止めなかった
  • 国からの要請で休業していた期間も給与を出し、スタッフには感性を養う期間にするよう伝えた
  • 毎月1,000万円の赤字が続き、国からの融資の目処が立つまでは大きなストレスがかかり、奥歯が割れたことも
  • YouTubeでのレシピ公開など今できることをやりつつ、融資の目途が立ってからは、パティスリーの立ち上げに注力した

深夜でもお土産に買って帰れる、かわいいスイーツがあったら。「ショートケーキ缶」ができるまで

――2021年7月にはスイーツブランド「pâtisserie OKASHI GAKU」を立ち上げられました。ネットで大きな注目を集めて人気となった「ショートケーキ缶」は、どのように生まれたのでしょうか?

橋本さん:ブランド構想段階では、ショートケーキ缶のアイデアはなかったんです。きっかけは先ほどの夜パフェ専門店の開業にも通じるんですが、僕、飲んで帰るといつも妻に申し訳ないなと思うんですよね。何か手土産を買いたくてもコンビニくらいしか開いていないので。夜遅くても本格的なスイーツがそろっているお店があればと2021年7月、札幌・すすきのに23時まで営業する「pâtisserie OKASHI GAKU」を開きました。コロナ禍のオープンなので最初はお客さんが来ずガラガラでしたが、目の前がタクシー乗り場で利便性が良いので、需要はあるはずだと見込んだんです。

ショートケーキ缶は「24時間いつでも買えるように、お店の前に自動販売機を置くのも面白いな」と考えたのがきっかけです。調べてみると、ジュースなどの缶用の自動販売機はある程度の重さがないとうまく落下せず、ケーキなどの軽い商材は中で詰まる危険がありました。そこで、物販用の自動販売機を使うことにしたのですが、問題はケーキを入れる包材。缶詰や袋なども考えましたが、落下による型崩れが心配でしたし、そもそもかわいくなかったんですよね。

手土産やプレゼントにするなら見た目も重要じゃないですか。悩んでいた時にたまたま訪れた「FOODEX JAPAN(国際食品・飲料総合展示会)」で、透明のプラスチック缶を見つけたんです。カラフルなジュースを入れる用途が多いそうなんですが、ケーキの包材にも使えるのではないかと。この缶の中に厳選した素材で作ったこだわりのスポンジケーキやホイップクリームを重ねて、いちごの断面を見せたらかわいいのではと考え、2カ月かけて商品化しました。

ショートケーキ缶

――透明なプラスチック缶を見つけたことが転機になったんですね。そこにたどり着くまでに「自動販売機での生ケーキ販売を諦める」「焼き菓子販売に切り替える」というような選択肢は生まれなかったんですか?

橋本さん:焼き菓子の自動販売機はよく見かけますし、ありきたりなアイデアではつまらないと思いました。理想を実現できるまでとことん考えますね。その点はスタッフにも「すぐに諦めるな」ってよく言っています。

――確かにこれまでのお話を伺うと、橋本さんの反骨精神というか、芯の強さみたいなものを感じます。実際にショートケーキ缶は今までにない画期的な形で、販売直後からすぐに話題になりました。みるみる広がっていく様子を、作り手としてはどのように感じていましたか?

橋本さん:実は、ちょっと複雑な気持ちがありました。もともとショートケーキ缶は「酔っぱらった深夜でも気軽においしいケーキが買えて、持ち運びもしやすいし、プレゼントとしても喜ばれるよ」っていう方向性だったので、“映え”の部分ばかりがクローズアップされるのは意図した使われ方ではないなと。バズるよりも、細く長く愛される商品になってほしいと考えていました。

ショートケーキ缶の自動販売機

――そうだったんですね。今、「ミルクくず餅缶」などショートケーキ缶以外にもスイーツ缶の種類が増えてきているようですね。自動販売機は北海道の店舗前だけでなく東京や大阪にも設置されていますが、売れ行きはいかがでしょうか。

橋本さん:今は東京・押上の工房をメインに渋谷の「Parfaiteria beL」でも製造に取り掛かっていて、1日およそ400個作っています。断面がきれいに見えるようにと、いちごのスライスはピンセットで1枚ずつ詰めていますし、クリームも崩れないよう固さを調節するなど工夫していて。全て手作業なので時間がかかるんです。

自動販売機やオンラインショップのほか、すすきのの「pâtisserie OKASHI GAKU」、渋谷の「Parfaiteria beL」でも数量限定で販売していますが、お一人で全種類買って帰られる方も多いですね。

【「ショートケーキ缶」が生まれた理由と、バズって感じたこと】
  • 夜遅くまで飲んだ日でも、家族に本格的なスイーツのお土産を買って帰れるようにしたい、と考えた
  • 缶入りのショートケーキを自動販売機で売るというアイデアは、展示会で「透明のプラスチック缶」を見つけたことがきっかけで生まれた
  • SNSでバズったことに対しては、“映え”の部分ばかりがクローズアップされるのは意図していなかったので、複雑な気持ちも。今後も細く長く愛される商品になってほしいと考え、ショートケーキ以外のスイーツ缶も開発を進めている

コロナ禍でも、絶えず新しい挑戦を続けていく。今後スイーツ缶は海外進出も

――コロナ禍もすでに3年目に入りましたが、橋本さんご自身の中で変わったことはありましたか? 現時点で得た学びや、刺激になったことがあったら教えてください。

橋本さん:最近、スキーを再開しました。北海道生まれなので昔から慣れ親しんではいたのですが、ゲレンデまで行くとなると1日がかりになり、時間が取られてしまうと思うとなかなか行きにくくて。でも、意外とスキマ時間で仕事ができるなと気付いたんです。リフトやゴンドラで山頂に上がる間にInstagramの投稿をしたり、LINEでスタッフに指示を出したり。経営者と一緒に行って、移動の間に商談することもあります。仕事と遊びが両立できるので、とても良い気分転換になっています。

刺激になったことといえば、ある時、コロナ禍でもうまくいっている飲食店経営者の方が「コロナのおかげだ」と言っていたんです。僕、それを聞いて「こっちはこんなに苦しんでるのに」ってすごくムカついて。でも、冷静になってみるとそれは嫉妬だったな、ダサいなって思ったんです。自分もこの状況をチャンスだと思えるくらい頑張らないと負けだなと気を引き締めました。

橋本学さん

――今は、前向きに考えられるようになりましたか?

橋本さん:そうですね、以前より考えられるようになりました。融資が下りたことで、新しい挑戦ができるようになったのは大きいですね。スイーツ缶も完成しましたし。2022年は沖縄にも出店するので、今その準備を進めています。それから、7月からはシンガポールでも自動販売機でのスイーツ缶販売を始めるんですよ。

――シンガポール! なぜその場所に?

橋本さん:組んでいるパートナーにコネクションがあって、紹介してもらいました。現地の商業施設内に自動販売機を設置する予定です。ここを足掛かりに、今後はさらなる海外展開をしていきたいですね。

【お話を伺った人】

橋本 学さん
1982年、北海道旭川市生まれ。株式会社GAKU代表取締役。調理師専門学校を卒業後オーストラリアでの料理修業を経て「ゆであげスパゲティの店 チロリン村」に勤務。当時、イタリア料理店でもリゾットに特化した専門店がなかったことに着目し2006年8月「Risotteria.GAKU」を開業。以来、北海道内に複数店舗を展開する。その後も夜パフェ専門店「Parfaiteria PaL」、「pâtisserie OKASHI GAKU」など幅広い業態を全国規模で手掛けている。2021年7月に発売したショートケーキ缶が一躍話題となり、テレビや雑誌、SNSなど多くのメディアで注目される存在に。その他、店舗設計やメニュー開発など飲食店の総合的なプロデュースも行なっている。著書に『おうちリゾット 手軽においしい!イタリアン カンタンなのにプロの味!ごちそう47レシピ』(河出書房新社)。
・公式サイト:株式会社GAKU
・Instagram:@risotteria

【取材先紹介】


Parfaiteria beL渋谷
東京都渋谷区道玄坂1丁目7-10 新大宗ソシアルビル3F
電話:03-6427-8538

取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。

撮影/関口 佳代 店内写真提供/Parfaiteria beL

編集:はてな編集部

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