スタッフは村人!村を丸ごとホテルにした山梨県小菅村の「巻き込み力」

奥多摩湖の上流に位置する山梨県小菅村。人口およそ700人という過疎が進む村で2019年8月、「700人の村がひとつのホテルに」と銘打った分散型ホテル「NIPPONIA 小菅 源流の村」がオープンしました。「村人はホテルスタッフ、村道はホテルの廊下」などのユニークなコンセプトのホテルが何を行い、村人とどのように連携しているのか。小菅村の村長・舩木直美さんと、「NIPPONIA 小菅 源流の村」の番頭・谷口峻哉さんに話を伺いました。

トンネル開通から始まった小菅村の観光立村としての取り組み

「NIPPONIA 小菅 源流の村」が生まれた背景には、トンネル開通という大きな転換点がありました。かつて、小菅村へのアクセスは東京・奥多摩側から国道139号線で向かうルートが主でしたが、2014年11月、山梨・大月側に通じる全長3,066メートルの「松姫トンネル」が開通。アクセスの改善とともに人流が生まれると考えられ、小菅村では「道の駅」の建設計画が持ち上がりました。

小菅村村長・舩木直美さん。現在3期目。スピード感のある決断で最先端の技術・事例を取り入れ、村の問題解決に役立てている

「念願だったトンネルが開通すれば、観光客も増加する。来訪された方々に少しでも長く村に滞在してもらいたいと考えた末、『道の駅』を造ることにしました。その際、コンセプトなどの設計について、伴走型の地域コンサルティングを行う『株式会社さとゆめ』の代表取締役・嶋田俊平さんに相談したんです」(舩木村長)

完成した「道の駅こすげ」には、イタリアンレストランや物産館、天然温泉の温浴施設やアスレチックなどのアクティビティーを楽しめるフォレストアドベンチャーが隣接。現在、年間約20万人の観光客が訪れるようになりました。

「トンネルの開通は、村の歴史が変わる1ページでした。過疎地と聞くと閉鎖的なイメージが浮かぶかもしれませんが、小菅村の人たちは人懐っこくて、とてもオープン。昔から『観光立村で生きていこう』っていう意識だしね」(舩木村長)

その後、道の駅のプロデュースをきっかけに、小菅村と「株式会社さとゆめ」は地方創生として、さまざまな問題に取り組むことになりました。

多摩川の源流となる小菅川。この水が奥多摩湖へと注ぎ込む

問題の解決策は「宿」だった

小菅村が抱えていた問題は大きく4つ。「人口減少」、「空き家の増加」、「高齢化」、「旅館・民宿の廃業」です。人口は1950年代後半の2,000人以上という数値をピークに、2022年6月1日現在の住民基本台帳では663人まで減少。これに伴い、空き家も100軒ほどに増えているそうです。また、村人のおよそ45%以上が65歳以上で、若い働き手が少なく、旅館や民宿は後継ぎがいないため廃業しています。

「NIPPONIA 小菅 源流の村」の番頭を務める谷口峻哉さん。自身もこのホテルができる半年前に小菅村に移住してきた

「松姫トンネルの開通から小菅村を訪れる観光客は10年前の2.2倍以上に増えていて、この数字は山梨県内でも一番の伸び率なんです。しかし、泊まるところがない。日帰りではなく、宿泊の方が村の収益としてもありがたいし、村の魅力を知ってもらうことができる。今空き家となっている建物を利用して宿をつくれば、雇用が増えて移住者も増え、それが高齢化や人口減少などの課題解決にもなり得る。ということで、村全体を一つのホテルに見立てた『分散型ホテル』をつくることになったんです」(谷口さん)

「株式会社さとゆめ」を筆頭に、小菅村100%出資で「道の駅こすげ」などを運営する「株式会社 源」、NIPPONIAブランドを有する古民家再生のプロフェッショナル「株式会社NOTE」の3社が共同出資して、ホテルの運営母体となる「株式会社EDGE」を設立。小菅村の空き家を宿泊棟としてリノベーションし、ゲストに“まるで村に住んでいる感覚”を味わってもらう、滞在型の観光を主軸とした分散型ホテルのプロジェクトが開始しました。

村人の心のよりどころ「旧細川邸」に明かりを灯すために

村をひとつのホテルに。村人がホテルのスタッフ――斬新でユニークな方針を打ち出した小菅村ですが、当の村人はすぐに納得したのでしょうか。

「方針が決まった直後、村人を対象に古民家再生や分散型ホテルについて知見のある株式会社NOTEの藤原岳史社長に講演をお願いしたんです。そうしたら、100人も集まったんですよ!700人の村人のうち100人! みんな興味があるんだな、と背中を押されたような気がしました」(舩木村長)

当時は、「大家」と呼ばれていた村の象徴である名家「旧細川邸」が空き家となって5年が過ぎた頃。村民にとっては、自分たちの心のよりどころが復活する糸口に感じたようです。

「もちろん『村が丸ごとホテルって、どういうこと?』と、皆さん不安はあったと思います。でも、村一番の名家が空き家になり、なんとか残せないものかと家主のご家族からも相談がありました。そんなときにこの古民家ホテルの話はとても魅力的で……。やるかやらないか。村のシンボルがそのまま空き家でいいのか? 村にとって大きな決断でしたが、旧細川邸の再生を第一歩として村をホテルにしよう、という考えに多くの村人が賛成してくれました」(舩木村長)

村人の心のよりどころ「旧細川邸」。築150年の歴史の中、養蚕が行われていた時期もある。代々、村の有力者が住んでいたこともあり「大家」と呼ばれている(提供:NIPPONIA 小菅 源流の村)

「旧細川邸は直近、村の学校の校長先生ご夫妻が住んでいらっしゃったんです。この辺の人はいつも当たり前のように訪れていた場所だったため、明かりがないことが寂しかったみたいですね。村人からすると、村の課題解決云々より、好きだった場所を取り戻したいという思いが強かったのではないでしょうか」(谷口さん)

一度は消えてしまった明かりがまた灯る。この事実こそ、村人にとって何より重要なことでした。

宿泊ゲストが村人の「お隣さん」感覚になれる仕掛け

かつて村に来た要人が宿泊していた部屋をリノベーションしたスイートルーム「OHYA1」。屋根裏を改装した広いロフトもあり、太い梁は見事。広い縁側からは村の自然を凝縮したような庭を望むことができる

現在、「NIPPONIA 小菅 源流の村」の宿泊棟は、中組地区の「大家(旧細川邸)」と、小永田地区の「崖の家」の2棟。谷口さんを含め、株式会社EDGEの正社員5名がフルタイムでホテルの運営管理を行い、パートタイムとして約10名の村人と雇用契約を結んでいます。ただ、村全体がホテルというコンセプトから気になるのは、他の多くの村人が“どんな感じで”ホテルスタッフなのかという点です。

村人しか通らないような道を散歩するアクティビティー「小菅さんぽ」。ガイドは生まれも育ちも生粋の小菅村っ子・佐藤英敏さん。幼い頃、この村で初めてテレビが「旧細川邸」にやって来た時、力道山の試合を見たことが思い出、と照れながら話す

「ホテルができるまでの半年間、『古民家ホテルをやる者です』って、村の人のお宅にお酒を持って挨拶に伺ったり、村の集会に参加したりしました。皆さん興味を持ってくださって、あれこれ説明しながらご理解をいただき、少しずつ仲良くなって巻き込んでいったという感じです。

私自身も移住して感じたことですが、この村の人たちは本当に温かい。だから皆さんに『ホテルスタッフとして振る舞ってください』なんて一言も伝えていません。特別に何かしてほしいとお願いしなくても大丈夫だと直感しましたし、マニュアルを作るとかえって窮屈になってしまうと思ったので、このまま、ありのままで良いと思いました。あっ、一つだけ、『お客さんが来たら挨拶してもらったらうれしいです』とだけ伝えています」(谷口さん)

「道の駅こすげ」にあるイタリアン「源流レストラン」の監修から小菅村との関わりが生まれたヘッドシェフ・鈴木啓泰さん。都心では割烹の料理人として研鑽を積んだ。「より生産者に近いところで料理をしたい」との思いから今では小菅村の虜に
「小菅村産 岩魚のコンフィと季節野菜 大葉のソース」(左)と、「山梨県産 甲州地どりの味噌漬けとトマトの炊き込みご飯」(右)。かつて使用人が使っていた長屋門脇の部屋をレストランにリノベーションして、「そのとき」の小菅村、山梨県のおいしさを鈴木シェフが巧みに調理

村人もホテルオープンを好意的に捉えていて、谷口さんはじめEDGE社員と共にホテルを“育てている”といった様子です。

「お隣さんは『気になったから』とあれこれ庭の手入れをしてくれるし、温泉までの散歩道沿いに住んでいる人は『お客さんが通る道だから』と、元々ものすごく木が生い茂り光が届かなかった坂道を、剪定して通りやすい道にしてくれました。おまけに自宅の庭に花を植え、フラワーロードにしてくれて……。皆さん自発的にホテルのためにやってくださいます。こうして宿ができることで地域も良くなっていくと思うんです」(谷口さん)

「これをホテルで使ってほしい、飾ってほしい」といった依頼も多いそうで、心苦しくもお断りする場合もあるという裏話も。またアクティビティーのアイデアなども積極的に寄せられ、「たき火」などが実現しました。もちろん、村人からの協力だけでなく、ホテルも小菅村に貢献しています。

村内にある「Far Yeast Brewing 源流醸造所」のビールは佐藤さん一押しの商品。「小菅さんぽ」で村の魅力をたくさん見聞きした後なので、つい財布の紐が緩んでしまう

「収益構造でいうと、チェックイン時にお出ししたお饅頭とか、料理の食材も地域の生産者から購入していますし、この建物に携わった設計士も、大工も、左官もみんな村人です。ホテル立ち上げの部分から村にお願いして、村で造ってもらうという流れ。ゲストが利用した『小菅の湯』の入湯料も後ほどホテルが清算しますし、温泉に行ったら物産館で買い物される方も多いですからね。村人と触れ合った上での買い物ですから、ただおみやげを買うよりも思い出になりますよね。そういう形で村に貢献しているんです」(谷口さん)

10年後、村人がさらに笑顔になれるために

山村のありのままの生活に触れること。この非日常体験が魅力の「NIPPONIA 小菅 源流の村」は、この先、どんな方向に進んでいくのか。今後の目標について伺ってみました。

「目指しているゴールの一つに、村の8つの集落全てに宿泊棟をつくりたいと思っています。もっと密に関わってくれる村人を増やすためです。声を掛けやすい村人って、やはり宿泊棟近くに住んでいる人で、離れた集落となると、どうしてもホテルとのつながりが薄くなってしまう。そのため、全部の集落に宿泊棟をつくり、それぞれ集落の住人を巻き込んでゲストと一緒に盛り上がれたらいいな、と思っています。現在、第三弾となる物件の目星をつけていて、今度はもっとカジュアルに、村人も気軽に入れるレストランをつくり、村人と一緒に過ごすようなカジュアルなゲストハウスにしたいと考えています」(谷口さん)

「なに? 古民家ホテルに泊まったの?」と気軽に声をかけてくれた村役場近くの商店「美勢屋」のご主人

では、村は将来についてはどう考えているのか。舩木村長に今後の小菅村の展望について伺いました。

「今、買い物難民を救う取り組みとして、ドローンを使った新物流を検討しています。村内の商店や移動スーパーでは難しい部分も多いんでね。あと、小菅村の魅力の一つが山林なので、山の中にいくつもコースをつくってマウンテンバイクで走る、ホテルと連動したアクティビティーを考えています。そのために村でマウンテンバイクも購入しました! これを大月駅に設置し、駅に着いたゲストは荷物だけバスに乗せ、古民家ホテルまで森の中のコースを走ってきてほしい。インバウンド向けに考えた企画ですが、面白いと思いませんか。

私は村人の幸せを念頭に、10年後をデザインしていきたいんです。そのためには、どんどん新しいことに挑戦して、時代に乗っていかないと。小菅村のような過疎地こそ、最先端を進んでいないとね。前を向くしかないから、いつもチャレンジャーでありたいと思っています。だって少子高齢化の先進地ですよ! 日本の縮図ですから。我が村がなんとかなれば、日本はきっとこれからも大丈夫ですよ!!」

山間ののどかな村・小菅村。何もなさそうで、何かある

村のことを考え、最先端の技術や文化をどんどん取り入れている舩木村長。大きな課題を自分たちだけで解決するのではなく、プロフェッショナルと共に、足並みを揃えて一つずつ解決していく。「NIPPONIA小菅 源流の村」が成功した背景には、行政と企業と村人の見事な連携がありました。

取材先紹介

NIPPONIA小菅 源流の村

(大家)山梨県北都留郡小菅村大久保3155-1
電話:0428-87-9210

 
取材・文別役 ちひろ

コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、24都道府県・約800軒の教会を訪ね歩いている。

写真新谷敏司
企画編集株式会社 都恋堂