「日本はもったいない」と語るフランス人茶商の提言に学ぶ

東京の日本橋人形町で日本茶専門店「おちゃらか」を営むフランス人茶商のステファン・ダントン(以下、ステファン)さんは、1992年に来日し、2005年に起業。ワインソムリエでもあるフランス人ならではの視点で日本茶を捉え、商品や飲み方を提案しています。世界を相手に日本茶を発信する中で、現代の日本、そして日本人に対して違和感や憤りを抱くようになったと話すステファンさん。日本に興味を持ち、日本の生産物で勝負する外国人だからこそ抱いた「残念だ」と思う日本の側面について話を伺いました。

「そりゃ、日本人は日本茶を飲まなくなるよね」

――日本で日本茶の商いをされていて、どういったことに疑問を感じますか?

ステファンさん:中国、インド、アフリカ……お茶を飲む習慣のある国は世界中にあり、お茶の種類も飲み方もさまざま。その中に日本があり、日本茶があるのだけど、「他のお茶と違い、日本茶はとても高貴なもの」と捉えている人もいる。そんな人は「60度のお湯で30秒抽出しないと、お茶のおいしさはわからない」などと決め付けたり、「このやり方が“大変”“面倒”というなら、うちのお茶を飲む資格はない」と押し付けたりするんだよ。そういう考えや発言って、私はとてもおかしいと思う。逆に、良いお茶を仕入れて多くの人に飲んでもらいたい私たちのような立場だと、「融通の利かない商品だな」って思うの。なんだかもったいないよね。

東京メトロ日比谷線・都営浅草線「人形町」駅からほど近い場所にある「おちゃらか」。「茶」と書かれたちょうちんが目印

――日本茶を楽しみたいのに、「お作法」をきちっとしないと本当のおいしさは味わえない、という印象があります。ステファンさんは日本茶のおいしさをどのように発信しているのでしょうか?

ステファンさん:ものを売りたいなら、まず売りたい相手が何を求めているのかを知るべきです。私は海外で販売するにあたり、外国人が日本茶に興味を持てるように、フレーバーティーを作りました。例えば、フォションなら「アップル」、マリアージュフレールなら「マルコポーロ」といった、その店特有の香りがあって、その香りで覚えているじゃない。うんちくを語るより、香りの方がよっぽど強く印象に残るはず。

また、ソムリエとしての意見を言うならば、フレーバーティーは、ワインの入り口ともいえるテーブルワインと同じ。1,000円のワインを買っておいしいと思ったら、次は2,000円のワインを買ってみたくなるでしょう?そうして、だんだん自分の好みが分かっていく。つまり、私は日本茶のひとつの「入り口」としてフレーバーティーを作ったんだよ。

でも、残念なことに、「誰に」「何を売るか」ということが、日本の、特に中小企業ではまだまだ考えられていない面が多いと感じます。

定番から季節の味わいまで多彩なフレーバーティー。不思議と日本茶との相性はどれも良い

――商品のブランディングについてはどう思われますか?

ステファンさん:生産者の中には「お茶はもうからないから自分の代で終わりにする」という流れもある。その原因は、流通先に言われるがまま茶葉を作ってきたから。自分たちが主導し、顧客をターゲティングして商品を売ることをしてこなかったからなんです。

できあがったものはすべて従来の流通先に納めるか、もしくは飲料メーカーやスーパーなど大手企業のプライベートブランドの契約農家になるか。こうした「考えずとも買ってくれるところ」とつながることが安泰と思っているのかもしれない。

もしフランスなら、そうしたことは絶対にしない。ものを作ったら既存の流通に乗せるのはせいぜい60%で、残りの40%は自社でブランディングをする。自分の名前でストーリー性や付加価値を付けて、自分でお客さんを開拓して売っていく。そうすることで、どんどん商品が磨かれていき、良いものになっていくんだよ。

日本茶の抽出液を乾燥させて粉末状にした「エキスパウダー日本茶」。さっと溶けてどこでも簡単に日本茶が楽しめる

――自分たちの商品の価値を、再度見つめ直すことがあってもよいのかもしれませんね。

ステファンさん:私からすると、「もっと自分の仕事に誇りを持とうよ!」と思うよ。生産者が「つながっていれば安泰」と思う企業の中には、品質よりも価格を重視する企業もあるし、労力は度外視して、どれだけ安い金額で交渉できるかだけが焦点になっているところもある。だって、1kgのお茶を作るのに生の茶葉は6kg必要なんだよ。生産者はもっと反発すべき。

例えば、「茶摘みをして、荒茶(茶葉を蒸して揉んだ状態)になるところまで、一度一緒に体験してください」っていうべき。どれだけ手間暇をかけて生産しているのかを目の当たりにしたら、1 kg500円なんて言わないから。でも、その条件で甘んじてしまう。だから安い価格ばかり提示され、「もうからない」「もう終わりにする」という選択になってしまうんです。

――そのような背景があるためか、日本茶は「どれも同じ」と思ってしまうこともあります。

ステファンさん:だって、スーパーに並ぶ日本茶って、ただ、棚に同じようなパッケージの商品が並べられているだけじゃない?どこの地方で採れたとか、どんな個性や特徴があるのかといった説明もないから、お客さんからしてみれば、楽しくもなければ、興味を持てないのも当然だよね。

「本物」は何か、ということ

――日本茶の話をうかがい、生産者にも消費者にも問題があるように感じました。消費者もまた、“買うこと”に対してとてもインスタントになっているように感じます。これについてはどうお考えですか?

ステファンさん:以前、ある雑誌で私もよく知る日本茶の産地について書かれていました。でも、掲載されている情報がかなり編集されていて、私はフェイクのように感じましたね。その記事では、ある若い生産者が「今、この産地を支える人」として特集されていたけれど、その産地には、長年、地域の生産者のために釜炒りを行っている名人がいるんです。その名人がいるからこそ、その産地は成り立っている。本来はそういう人間をちゃんと取り上げるべきなのに。だって、400度にも上る釜の温度を爪で感じ取って、火加減を調整しているんだから。お茶の入れ方もとても自然で、無駄な力もうんちくもない。その姿勢や仕事ぶりから、消費者に対して「本当においしいお茶を飲んでもらいたい」という思いにあふれていることが分かる。それこそ、一般の消費者に伝えるべきことだよ。

――確かに、編集によって情報は全く異なるものになってしまうことがあります。

ステファンさん:一部の情報番組も目に余ります。時事を装いながら、広告代理店とテレビ制作会社が出したい話題ばかりじゃない?「最近のトレンドは〜」という情報の体裁でCMを流しているし、そもそも番組の内容自体がCMのようなもので、そのCMの中にさらにCMを流すという手法でしょ。視聴者がその情報をもとに店に行っても、盛り上がるのはせいぜい数日。こんな意味のない、すぐに無くなってしまう情報を「情報」とは呼べないと思う。私には視聴者をバカにしているようにしか思えないし、視聴者ももっと有益な情報を得た方がいいと思いますね。

――最近の日本は、一過性のブームを繰り返すという流れがあります。

ステファンさん:日本は利益を求めるのではなく、「質」を求めた方がいい。ブランドは5年やそこらじゃできないよ。ヨーロッパのブランドは大体どれも歴史が長いでしょ。ブランドはお客さまと一緒に、時間をかけてゆっくりつくっていくもの。だから、いつまでも愛されるんだよ。

ものを買うとき、価格で判断していないか。品質で選んでいるか

――ものの価値を考えるというより、「話題性」や「価格の安さ」ばかりが日本では先行していますね。

ステファンさん:農業・漁業といった人間生活の基盤となる「生産者」より、「売り手」の立場が上になっていると思う。例えば、生産者が「こんなお茶を作ったから、ぜひ売ってください」というのではなく、売り手が「たくさん売りたいのなら、こういうお茶を作ってくれ」と主導して生産が始まっているのが問題。そうして利益ばかりを求めるから、結局、安いものばかり作ることになってしまう。だから人も育てられないんだよ。

――とても耳が痛い指摘です。でも現実問題、日々の生活の中で「価格が安い」ことにはありがたい面もあります。

ステファンさん:ものに愛着を持ったり、品質の見極めを二の次にするのは自分には理解できない。多くの人が、今、手軽にものが手に入るフリマアプリを使うじゃない。例えば、服なんか、買って数回着たら売って、また次を買う、ということ繰り返す若い人も多いよね。

もちろん、人によるとは思うけど、ヨーロッパではもっとものと真剣に向き合い、一生使えるものを選ぶようにしていると思う。そうした「一生もの」を手にすることを心がけているし、それを買うには、ショッピングモールではなくブランドの旗艦店に行く。確かに高価なものだけれど、その買い物や買いに行く“行為”自体をまず楽しもうとする。そういったお店はドアマンが扉を開けてくれて、購入までの対応もきちんとしていて、とても満たされる気持ちになるじゃない?そんな“買いに行くこと”そのものも楽しむことを日本人にも思い出してほしい。

――選んだり、迷ったり、別の店をのぞいたり……確かに、「実際に足を運んで、探してものを買う」ことは少なくなっていますね。

ステファンさん:今、Wi-Fiがあればどこでも情報が得られるから、都会にいる必要はあまりないかもしれない。田舎に行って豊かなライフスタイルを送ることもできるし、周りに何もない地方ならインターネットでものを買うことに意味がある。でも、東京のど真ん中に住んでいて、フードデリバリーやフリマアプリばかりというのは、ちょっとおかしくないですか?

「考える」ことを忘れない国であれ

――作られた情報に流され、「安い」「簡単」「便利」というものが重宝され、一過性のブームを繰り返す日本の現状を、どのように変えるべきだと思いますか?

ステファンさん:これからはお客さんにも、“もっと”考えさせないといけません。買う側も商品なり、サービスなりをちゃんと知ろうとする姿勢を持つべき。フランスの学校の授業では、必ず生徒に考えさせる形で終わらせて、はっきりした答えを明示しないんです。あとは自分で考えなさい、という余韻を残すわけですね。でも、日本は「自分で考えること」がどんどん無くなってしまっている。それが、私にはとてももったいないと感じるんだよ、せっかくポテンシャルがあるのに。

――最後に一言、言いたいことはありますか?

ステファンさん:まず、将来のある若い人材にもっと会社経営を任せること。日本は、上の人間がなかなかバトンタッチしない傾向があるから変わらないんだよ。上の人間は第一線から退き、前に出ないようにする。そして若手を応援したり、新しいアイデアを柔軟に取り入れたり、バックアップに徹するべき。

あとは、全部一人でやろうとしないこと。日本は、本来コミュニケーションが取れる国、コラボレーションができる国なんだから、どんどん外の人と組んで一緒にものをつくっていくべきですね。自分と相手のネットワークを合わせれば、より大きな力が生まれるじゃない。1+1が2ではなく、場合によっては3やそれ以上になることだってある。「一緒にやろう」って声を掛け合えば、もっと面白いことがたくさんできると思いますね。

取材先紹介

20221003115043
おちゃらか

東京都中央区日本橋人形町2-7-16 関根ビル1F
電話:03-6262-1505

取材・文別役 ちひろ

コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、24都道府県・約800軒の教会を訪ね歩いている。

写真新谷敏司
企画編集株式会社 都恋堂