「ヴィーガン居酒屋 真さか」が大切にする、お客の「知らない」「難しそう」に丁寧に向き合う姿勢

手頃な値段で、庶民的な料理を気軽に楽しめる大衆酒場。そんな日本に根付く居酒屋文化そのままに、植物由来の原材料だけを使用した料理(プラントベース)を提供する「ヴィーガン居酒屋 真さか」が連日行列を見せ、国内外から注目を集めています。

ただ、ビーガンがまだまだ浸透していない日本で、なぜビーガンをテーマにした居酒屋を運営しているのでしょうか?大衆酒場が好きな人でも本当に満足できるのでしょうか?さまざまな疑問を、「ヴィーガン居酒屋 真さか」を運営する株式会社バードフェザーノブの担当者に伺いました。

目指したのはビーガンもビーガンでない人も、分け隔てなく楽しめる居酒屋

――店構えはどこか昭和感が漂う、町の居酒屋といった雰囲気。のれんをくぐれば、壁一面に貼られたメニューに目移りします。まずは、どんなお店かを教えていただけますか?

広報・PR担当 アシュリー・ヴァンゴールさん(以下、アシュリーさん):「ヴィーガン居酒屋 真さか」は、大豆ミートをはじめとした植物性の食材のみを使って料理を提供する居酒屋です。2019年11月、「渋谷PARCO」のリニューアルと同時に、地下1階のカオスキッチンの一画にオープンしました。唐揚げや餃子、春巻などなじみのある居酒屋メニュー約40種類をお酒とともに提供しています。ランチの時間帯には、唐揚げ定食、餃子定食、唐揚げと餃子のミックス定食も提供しています。

――主な客層を教えていただけますか?
アシュリーさん:1番多いのはご自身がビーガンであったり、ビーガンに興味があったりするお客さまですね。ファッション業界やSDGs、気候変動問題などに関心のある若者が多い印象で、「ビーガン」でウェブ検索した結果、見つけていただいているようです。でも、ビーガンの友人と一緒に来店されたり、会社の飲み会として利用されたりと、意外と普通の居酒屋のようにビーガンに興味のないお客さまも多いですよ。また、以前は7対3の割合で日本人の方の利用が多かったのですが、2022年10月に入国制限が大幅に緩和されてからは数字が逆転しました。

流ちょうな日本語を話すオランダ出身の広報・PR担当アシュリーさん。元々「ヴィーガン居酒屋 真さか」の常連だったという

――まだまだ「ビーガン」の考え方が浸透し切っていない日本。なぜここでビーガン居酒屋を始めたのですか?

アシュリーさん:弊社の当時の社長・鳥羽伸博自身が、2017年からビーガンになった背景があります。旅行先の南米に滞在中、400グラムのステーキを食べた際、ふと「今日で肉を食べるのをやめよう」と、翌日から完全にビーガンになることを決意したといいます。ただ、彼が海外を旅行していた際はビーガンに対応した飲食店が多く、おいしいと思える料理もたくさんあり、苦労することなくビーガンを経験したようです。

しかし、帰国するとビーガン向けの料理を提供する店の少なさと、そこで提供される料理の質に気づいた。海外との大きなギャップを痛感し、「使う食材にこだわりつつ、ビーガンではない人にも寄り添うようなビーガン料理を開発できれば、誰でもおいしいと思ってくれるビーガン料理の店ができるのではないか?」と思ったようです。そこで、日本でビーガン料理を提供する店の構想が始まりました。

――確かにここ数年でビーガンの専門店が増えました。カレーやハンバーガーなどを提供するカフェがほとんどのなか、居酒屋という業態を選んだ理由を教えてください。

営業本部統括マネージャー 清水匠さん(以下、清水さん):元々のコンセプトには当初から「ビーガンの方も、そうでない方も、一緒に気軽に楽しめる場所を提供したい」という、ビーガンだけの店にはしたくない思いがありました。どうすれば誰もが入りやすい場所になるかを考えたとき、「普通の居酒屋」こそが、日本の方にとっても海外の方にとっても一番楽しめるのではないかと考えました。

アシュリーさん:実は海外から見ても、居酒屋は日本独特の文化で、ラーメンやお寿司と並んで体験してみたい店の一つ。コースメニューでも大皿料理でもなく、お酒を飲みながら、いろいろなおつまみを少しずつ楽しむ感覚は、とても日本らしい食文化だと思います。

――ビーガン居酒屋を運営するにあたり、メリットやデメリットはありますか?
清水さん:メリットとしては、現在、ビーガン居酒屋はおそらくうちだけだということ。最近はインバウンドが復活しつつあり、ヨーロッパやアメリカ、中東、インド、アフリカなど世界中からたくさんの方が当店を目指して来店されます。ビーガン料理はあらゆる宗教の方にとっても安心して食べていただけるので、今後もニーズは増えていくと見ています。

営業本部統括マネージャー・清水さん。メニュー開発も手がける。「誰でも分け隔てなく楽しめて、単純においしいと思っていただける料理の提供を目指しています」

デメリットとしては、「プラントベース」や「ビーガン」という言葉を聞くだけでちょっと……と思われる方がいて、まだ「ビーガン」の文化が浸透していないことですね。食べたことのない味や未知の体験をお客さまに対してどうアプローチしていくか、今も試行錯誤しています。

例えば、スープはベーコン1枚入れるだけで旨味が出ますが、ビーガン料理の場合、調理法を駆使することで味や香りを作り出していく工夫と手間が必要になります。体にも地球にもよいけれど、一口食べておいしくなかったら、2度目の来店はないかもしれない……。だからこそ、味をよりはっきりさせたり、ガリッ、サクッ、コリッといった食感を一口目から楽しんでいただけるように意識したりしています。本当においしければ、「これ、肉じゃなくてもいいじゃん!」という気づき、「時々ビーガン料理を食べてみようかな」といったポジティブなイメージが生まれるかもしれません。そんなお客さまの発見や気持ちを、私たちが切り開いていけるのではと思っています。

誰もが参加できるSNSの強みを生かしてキャンペーンを展開

――Instagramを積極的に利用されていますが、どんな目的で利用しているのですか?
アシュリーさん:情報発信が中心です。店舗が一方的に発信するだけでなく、双方向の交流が可能なので集客にもつながっていると実感しています。お客さまからいただいたDMやコメントにも返信しているので、お客さまとの接点が生まれていると感じますね。

また、気をつけているのは、「#ヴィーガン」「#居酒屋」「#唐揚げ」など、この店に関するハッシュタグを付けること。海外から見ている方も多いので英語も併記します。さらに、投稿する際、位置情報を渋谷やパルコに指定するなど、徹底的に検索されやすくしています。

――Instagramで見ましたが、10月は「からあげ総選挙」で盛り上がっていましたね!これはアシュリーさんが仕掛けたのですか?

アシュリーさん:そうです。9種類の唐揚げの中から好きな味に投票できる企画なのですが、おかげさまでたくさんの方に参加していただき、大盛況でした。Instagramでは、海外の方からも「ヴィーガン唐揚げを食べてみたい」「海外発送はできないのか」など、たくさんのDMをいただいていました。その頃はまだ入国が制限されていた時期だったので、海外の方に少しでも店に来ている気分を味わっていただくために何ができるか考え、からあげ総選挙の企画を思いつきました。遠隔であっても誰でも参加できるオンラインの強みを生かして、みんなで盛り上がる目的でもInstagramを活用しています。

味と香りの科学!?食べると思わず笑顔になるビーガン料理

――店内の壁にはたくさんのメニューが貼られていますが、一番人気は何ですか?
清水さん:なんといっても、唐揚げです。「葱塩レモン」や「テリマヨ」、「南蛮タルタル」、「四川麻辣」など常時7種類のソースから選べるので、毎回いろいろな唐揚げを目当てに来店されるリピーターも多いですね。

――思っていた以上の反響に驚きました(笑)。真さかの唐揚げの人気の秘密は何ですか?
清水さん:普通の唐揚げとは違い、大豆ミートの唐揚げは動物性油脂が含まれないため肉汁感を出すのが難しくなります。ですが、真さかの唐揚げは肉汁感がすごいので、そこが人気の秘訣ではないかと思います。企業秘密なので詳しくは言えませんが(笑)。

――そうなんですね!では、その肉汁感を確かめるべく、「からあげ総選挙」で人気NO.1の唐揚げ南蛮タルタルをいただきます!……確かに、カリッと香ばしくてジューシー。大豆の繊維が肉のような食感で、噛むと肉汁が口の中に溢れ出しますね。「南蛮タルタル」の濃厚な風味も際立っていますが、このたまご感はどうやって?

一番人気の唐揚げ「南蛮タルタル」650円(税込)

清水さん:言える範囲での回答になってしまいますが、タルタルの黄色はある緑黄色野菜を使用しています。さらに、硫黄の香りのするブラックソルトが、たまごの風味や香りを生み出しているんです。ビーガン料理は、言わば「香りと味の科学」なんですよ。

――種を明かされても、たまごの風味にしか思えないのが不思議。おいしいだけでなく、楽しくもあって、いろいろな意味で笑顔になりますね。では、餃子もいただきます!……こちらも肉汁たっぷりでうまみもしっかり。餡(あん)には何を使っているのですか?

餃子6個500円(税込)

清水さん:餃子の餡には、えんどう豆をベースにしたひき肉のような代替肉とキャベツを使っています。これも中にとじ込めた肉汁と野菜の水分のバランスがよくなるように、緻密に計算して作っています。先にも述べましたが、やっぱりおいしくないとリピートしてもらえないので、おいしさを追求することが一番大事ですね。

ビーガンの敷居を下げる=お客さまの満足度を上げる

――今後の展望や課題をお聞かせください。
アシュリーさん:ありがたいことに、連日行列ができるほど盛況です。そのため、いまの20席というキャパシティーではすでに限界で……。忙しいときは90分制でお願いしていますが、それでもお待たせしているお客さまをスムーズに案内できない状況が続いています。席をもう少し増やせるようにレイアウトを変更したり、もっとたくさんの料理を提供できるようにセントラルキッチンを準備したり、多店舗展開も考えています。

清水さん:あとは、私たちにとって、おいしい唐揚げが攻めのフックではあるのですが、来店いただいたからには、唐揚げだけじゃないことにも気づいてもらいたいですね。ビーガン火鍋や石焼ルーロー飯、冬にはビーガンおでんとさまざまなメニューを用意し、全体的な満足度を高めたいと思っています。実際に体験してみて「誰かに話したくなるような店」になってほしい。そうなれば、より多くの方にビーガン料理を知るきっかけが増えることにもつながります。今後、「ビーガンって何も難しくないじゃん」というくらいの手軽さになってくれることが、私たちとしては一番の喜びです。

唐揚げに付くキャベツが不要な人は、あらかじめ伝えるとキャベツなしで提供も。また、残ったら持参した容器に入れて持ち帰りもOK。エシカルな選択や取り組みも推進している

取材先紹介

ヴィーガン居酒屋 真さか
株式会社バードフェザーノブ
広報・PR担当 アシュリー・ヴァンゴールさん
営業本部統括マネージャー 清水匠さん
取材・文味原みずほ

敬食ライター。B級グルメから星付き店まで都内レストランを中心に取材・執筆。料理人をはじめ生産者、料理研究家、ブルワー、マルシェ出店者へのインタビューなど食・農のフィールドで活動中。

写真新谷敏司
企画編集株式会社 都恋堂