東京の目と鼻の先で千葉土産を売る「ウラヤスマーケッツ」に地元民が集うワケ

浦安駅から徒歩8分。駅前でもない住宅街の中に次から次へと人が集まる「ウラヤスマーケッツ」は、千葉県のお土産を販売する店です。旧江戸川を越えれば東京という立地、大型テーマパークはあるものの、観光地というより、都心のベッドタウンという印象が強い千葉県浦安市。商圏も文化も東京とほぼ同等の地域で、千葉の土産にこだわって商売をする理由に迫ります。

浦安に「千葉のお土産物店」がオープンしたワケ

ウラヤスマーケッツは、浦安育ちのデザイナー市川桂(けい)さんが2017年にオープンした店。そのコンセプトは「日常の中のお土産物屋さん」です。

「浦安をはじめとする千葉のものを集めているのは、日常の舞台はローカルだと思うから。『土産話』という言葉が故郷へ帰る人や旅の途中の人だけのものではなく、仕事帰りや散歩中の人も、ここで買い物して帰った後、食事中の会話や寝る前のひとときに、誰かに話したくなる『物語』がぽっと心に浮かぶような、そんなものを届けられたらいいなと思っています」(市川さん)

ウラヤスマーケッツの店主・市川桂さん。浦安育ちだが、学校は市川市、社会に出てからは都心で働いていたため、地元・浦安のことは何も知らなかったという

店のコンセプトから狙いは地域活性のように思えますが、その考えは全くなかったといいます。

「映画監督だった叔父が急逝し、作品を見返していたら浦安の街がたくさん取り上げられていて……。自分が育った場所のはずなのに、まったく見たことのない景色ばかりで、この体験から『地元を見つめ直したい』と思いました。そんな目線で街を歩いてみると、自分と同世代の人が多く働いていて刺激も受けました。そこで、まずこの街の魅力を伝えるフリーペーパーを作ることにしたんです。その活動の中でたくさん知り合いができ、浦安や千葉のすてきな品物も知ることができました。それを届けたい、紹介したいと思っていたところ、取材先のご縁から店を開くことになったんです」(市川さん)

ウラヤスマーケッツの店内

10代20代では気付けなかった地元・浦安の魅力。東京への近さも魅力的ですが、ここは千葉県。だったら、千葉の名産品は「私の地元のもの」。それを集め、いろんな人に届けよう。こうした思いから、市川さんはこの店を開店しました。

ただただ、「地元・千葉」の良さを知ってほしい

浦安駅前、という立地でもなく、テーマパークからも距離がある場所に店を構えるウラヤスマーケッツのお客さんは、一体どんな人たちなのでしょうか。

「ご近所の人が多く、転勤などで各地から浦安に引っ越してきた人、また同様に引っ越しされる人がとても多いです。私は、その人たちが暮らしていた街、これから暮らす街の話が聞けることがとてもうれしくて楽しい。あと私は『観光』という言葉が好きなんです。観光は、“光を観る”、“光を観に行く”ってことだと思うので、実際に遠方からテーマパークにいらした人たちにも来ていただきたいですね。一方、ご近所の人たちにとっての観光スポットでもありたい。面白いものを観に行こうって思ってもらえる場所でありたいと思います」(市川さん)

ウラヤスグッズの数々

際だったコンセプトに合わせ、もちろん商品は千葉メードのものばかり。だからこそ、市川さんが経営する上で大切にしていることがあります。

「『大好きなんです』と心から伝えられる人・ものであることに尽きます。店に並ぶお土産物は、千葉のメーカーやローカルの仲間が作ったもの。それらをどれだけ楽しく届けるかが私の仕事だと思っています。そのことを浦安のヤマト運輸さんに相談して、宅急便の箱をオリジナルデザインで作ってもらいました。ワクワクしてもらえるように包装紙や紙袋もオリジナルで制作し、季節ごとに絵柄を変えるなど工夫をしています」(市川さん)

市川さんがデザインしたオリジナルの宅急便の箱

人に贈る、自分で使う、店主に会いたいから……訪れる理由はさまざま

ウラヤスマーケッツにはひっきりなしにお客さんが訪れ、多くの人が市川さんとの会話を楽しんでいます。観察していると、常連のお客さんは市川さんを「けいさん」と呼び、市川さんは商品のストーリーを楽しそうに話しています。そこでお客さんにも話を伺いました。

成田遼介さん

「本八幡にある自転車屋さんによく通っていて、浦安に引っ越すことを話したらここを紹介されました。友だちへのプレゼントや、お土産はここで買っています。自転車屋さんへ行くときもこの梅酒のカステラをよく買っていきますね。ものを買うだけなら他の店でもいいけど、雰囲気だったり、居心地の良さだったり、『ここで買ったものを送りたい。ここに友だちを連れてきたい』って気持ちにさせてくれるお店です」

お土産でよく買うという「飯沼本家 蔵元造りのかすていら 梅酒」(1,620円/税込)は、酒々井にある300年続く蔵元の梅酒を使っている

平田美聡さん

「ケイさんと知り合った当時、ケイさんは『一人物産店』と名乗って、リヤカーで千葉のいろいろなものを売っていて、かっこいいなって思いました。商品に愛情を持って自分の言葉で勧めているところもすてきで。けいさんを通して生産者の思いを知ることができて、より一層商品に興味を持ちました。ほら、“千葉のお土産”って、落花生くらいしか思い出せないじゃないですか。でも、ここに来て千葉のいいものをたくさん発見できました」

市川さんが制作した浦安の店舗紹介マップ『URAYASU MAP』をきっかけに街をめぐり、地元・浦安に深く根を張るような感じがしたと話す平田さん。鎌ケ谷のキサイチ醸造が作る「キサイチマヨネーズ」(702円/税込)は常備品の一つ

「あと、梱包を開けたらケイさんの手書きメッセージが入っていることが度々あって。その一言でふっと心が安らいだり、うれしくなったりします。忙しいのに、本当にすごいな、って思います」

コロナ禍に入ってから、近所のレストランとコラボして販売した「大人のお子様ランチ」に立ててあった旗。市川さんの「みんな毎日おつかれ様です。」の一言が手書きされている

中根亜矢さん、海成くん、千紘ちゃん

「隣の葛西に住んでいて、新浦安や舞浜には行ったことがありましたが、浦安にはあまり行ったことがなくて……。ここに初めて来たとき、おしゃれなお店だなって思いました。それから子どもたちと一緒に、休日ちょっと出かけたいね、というときに自転車で遊びに来ています」

左から中根海成くん、千紘ちゃん、亜矢さん。父の日には、パパに茂原で作られたぬれせんべいをプレゼントしたそう。海成くんは「ウラヤスナック」を4つ確保し、千紘ちゃんはチーバくんグッズに興味津々

「ケイさんと仲良くなれて、子どもたちも楽しんでいますし、ほんと、“ちょっと遊びに行く”行き先としてちょうど良いんですよね。ワクワクするようなイベントも頻繁に行われるので、その度に行ってみたくなります」

「ウラヤスナック」(150円/税込)は人気で、海成くん・千紘ちゃんも大好き。ウラヤスナックはスナック好きの市川さんが、知り合いのつてを通じて、鎌ケ谷にある菓子製造「ニッポー」に熱いプレゼンテーションをしたことから実現したウラヤスマーケッツのオリジナル商品。海成くんいわく「他のスナックと違って特別感がある」とのこと

本当に届けたいのは、“ぽっ”と温かくなる気持ち

「千葉のお土産」というコンセプトの店ですが、どこか地元の人のよりどころのような存在にもなりつつあるウラヤスマーケッツ。6年を経て市川さんの気持ちにも変化が生まれました。

「オープンして間もない頃は、日本中の人に私から『浦安へ来てほしい』、『ウラヤスマーケッツへ来てもらいたい』と伝えたい、と思っていました。しかし、時を経て、日本中の人に伝えることができるとしたら、それは私ではなくて、目の前にいるお客さま一人ひとりなんだと思うようになりました。例えば、通販を始めて日本各地から注文が入ることにうれしさと驚きがありましたが、『浦安の◯◯さんが贈ってくださった◯◯がおいしくて』とか、『浦安の家族が送ってくれて』という声が本当に多かったんです。作り手から私が受け取り、私からお客さまが受け取り、そして誰かへ贈る。人から人へ、品物もそこに込められた思いも伝わっていくということがわかりました」(市川さん)

「店の大きな窓を通して毎日外を見ていると、そこはまさに『日常劇場』で本当のローカルの姿があります。行き交う人たちと挨拶して、顔が見られることに、店も、自分も支えられています。日が暮れて店を閉めるとき、いつも思うのは、『この人たちにとっての、日常の中のお土産屋さんでありたい』ということです」(市川さん)

特別な何かを売るのではなく、この土地で生まれたものを売る。そして商品を通して、驚きや発見や、感動を届ける。簡単に、システマチックにものが手に入る世の中だからこそ、手から手へ温度が伝わるような商いをするウラヤスマーケッツに人は訪れるのでしょう。

取材先紹介

ウラヤスマーケッツ
取材・文別役 ちひろ

コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、25都道府県・約850軒の教会を訪ね歩いている。

写真新谷敏司
企画編集株式会社 都恋堂