生産者の困りごとからメニューを考案!居酒屋が推進する「CSV経営」の裏側

コロナ禍真っただ中の2021年3月に東京・錦糸町で「マグロと炉端 成る」をオープンし、翌年には「マグロスタンダード 門前仲町店」、2023年4月に「マグロスタンダード 錦糸町本店」と年に1店舗ペースで出店している、株式会社Pay it Forwardの代表取締役・宮﨑元成さん。

中でも、マグロの焼肉店という新業態でスタートした「マグロスタンダード 門前仲町店」は、オープンからわずか1年で月商600万円を超え、さまざまなメディアで話題になりました。宮﨑さんは飲食店激戦区での展開にも関わらず繁盛店に育てるための手法の一つとして、「CSV(Creative Shared Value)経営」という社会的な課題を事業機会として捉えるための戦略的プロセスを取り入れています。

なぜ「CSV経営」を進めるのか?その背景や店舗経営、スタッフへの向き合い方について聞きました。

飲食業界で十年経験を積み、独立のタイミングでコロナ禍に

鮮魚卸を営むお父さんの影響で飲食業が身近な環境で育ち、学生時代のアルバイトも自然と飲食店を選んでいた宮﨑さん。大学卒業後は海外留学を経て、アルバイト経験があった「なかめのてっぺん」などの飲食店を展開する株式会社MUGENに入社し、店長業務だけでなく、国内外の新店舗の立ち上げなども経験しました。

アルバイト時代を含め6年ほど「なかめのてっぺん」に勤めた宮﨑さんですが、30歳までに飲食業で独立しようと目標を立てていました。そして、2020年の冬に退職を決意しますが、当時は新型コロナウイルス感染症が発生し、世の中が混乱し始めた時期でした。4月には緊急事態宣言が発令され、多くの人々が外食を自粛するようになります。飲食店にとっては苦しい状況の中、宮﨑さんは独立のタイミングに悩みます。

「コロナ禍で先が見えない今、独立なんてやめて会社員に戻ろうかとも考えていたんですよ。そんなとき、前職の社長に『どんな時代でもやる人はやるものだ』と言われたのがとても胸に刺さりました。自分がやらない言い訳を探していることに気づいたんです」

早速、宮﨑さんは翌日から物件を探し始めます。翌月には物件を決め、さらに4カ月後に錦糸町で1店舗目となる「マグロと炉端 成る」を開業。宮﨑さんが29歳10カ月の時でした。

株式会社Pay it Forwardの代表取締役・宮﨑元成さん。裏方だけでなく、自ら店頭で接客をすることも

ポジショニングマップとニッチ戦略で注目される店に

メディアでも注目されている「マグロ×焼肉」という新しい業態を開いた2店舗目の「マグロスタンダード 門前仲町店」では、マグロを目の前の焼き網で焼いて食べるほか、マグロをナゲットやしょうが焼きなどにした逸品料理も楽しめます。

実は、業態のアイデアは後からできたもの。というのも、業態を決める前に物件が決まっていたからです。店づくりのヒントを探すため、あらためて近所を探索したところ、門前仲町は意外に焼肉店が多い街だということに気付きました。

「お客さまの目的になる店にするため『専門性』のある店づくりを考えていました。今まで使ってきたマグロを中心に考えましたが、マグロ居酒屋とするだけではありきたりです。さらに、飲食における業態はほぼ出尽くしているので、既存の業態を掛け合わせて新しい業態をつくるしかないと思っていました。そこで、マグロに焼肉を掛け合わせれば、まったく新しい業態になるんじゃないかというアイデアにたどり着きました」

また、出店エリアの市場調査も行い、ポジショニングマップを作成。結果、門前仲町には客単価1,000円台の大衆酒場や5,000円以上の個店経営が多く、客単価4,000〜5,000円でSNS映えするような雰囲気の店が少ないということが分かりました。ライバルが少ない業態で周りと差別化すれば、市場の小さいシェアでも空いているパイを独占できると考えました。

店舗設計においても、外にマグロのオブジェを吊るしたり、グラスにオリジナルイラストを入れたりと、思わず写真を撮りたくなるような仕掛けを用意。瞬く間に若い女性を中心にSNSで拡散され、人気店に成長していきました。

外観から楽しんでもらえるよう、店づくりにもこだわった「マグロスタンダード 門前仲町店」。店頭にはパートナー企業の社名やブランド名がずらり(写真提供:マグロスタンダード門前仲町店)

宮﨑さんの知り合いのイラストレーターに依頼して作ったオリジナルイラストグラス。スタッフ用Tシャツにもプリントされていて、若手スタッフからも好評

メニュー48品中半分以上を、生産者の「お困りごと」から考案

新たな飲食業態をつくるにあたり、宮﨑さんには実現したかったことがありました。それが「CSV経営」という、社会課題の解決をしながら自社の利益を上げていく経営の考え方です。

「1店舗目を立ち上げた頃、サステナビリティーについて学んでいて、食の業界ではフードロスに課題を感じていました。マグロって実は『捨てるところの少ない魚』と呼ばれるくらい、目玉も頭も皮も内臓も食べられる魚で、サステナビリティーの概念にぴったりでした。そこで、自分にもっとほかにできることがあるかもしれないと、身近なところから捨てられてしまう食材を探すことにしたんです」

宮﨑さんはパートナーである全ての第1次産業事業者に、何か困っていることがないかヒアリングをしていきました。すると、「売れずに処分しているもの」が大量にあって困っていることが判明します。

例えば、カットしたネギの頭やキャベツの芯などは、売り物にならず処分されていました。そこで、宮﨑さんはこれらを先方の言い値で仕入れ、ネギの頭はマグロ焼肉の薬味に、キャベツの芯はコールスローにするなど食材に合ったメニューを考案しました。

ネギの頭の端材を乗せた「ネギ塩マグロ」(880円)は、網で焼き上からバーナーで炙っていただくスタイル。焼肉のようにひっくり返さないため、ネギが網の下に落ちてしまうロスも防げる

養殖場に集まったマグロの端材なども、産地が混ざってしまうとスーパーに卸すことができずに廃棄されてしまいます。そうした端材も買い取ってお通しとして利用したほか、変色して刺身にすると見栄えの悪い部位はたたいてメンチカツに、漁師ですら売る先がないと捨てていた内蔵は、肉を参考にして食べ方を考案しました。

マグロの内臓は調理の仕方も食べ方も知られておらず、マグロ卸からは「本当に食べられるように調理できるの?」と苦笑いされましたが、いずれもメニュー化に成功しました。

「0円の価値だった端材を商品に変えることでフードロスの削減や生産者の利益にもつながり、店にとっても原価を下げて食材を仕入れることができます。さらに、料理をお客さまに提供する際にも、廃棄されてしまう素材を使用して丁寧に調理していることを伝えることで、サステナブルな取り組みを体感いただけます。結果、地球環境にも優しくみんなにとっても良いことづくめでした」

そうして2022年の3月から12月の間に買い取ったキャベツの芯は84kg、ネギの頭は65kgに。2種類の野菜だけでも、10カ月で約150kgの食料廃棄をなくすことができました。積極的な取り組みが功を奏し、「マグロスタンダード 門前仲町店」では、48メニュー中、半分以上の28メニューが「お困りごと」からメニュー化されたものだといいます。

宮﨑さんは、CSV経営を推進していく中で1次産業や2次産業、3次産業それぞれの関係性をもっと曖昧にしていくことが大事だと主張します。

取引先が諦めていた廃棄食材に「それ、うちなら使えますよ!」と手を挙げるためには、気軽に相談できる関係性があってこそ。「単なる取引先だから自分たちには関係ない」と壁をつくってしまうのはもったいないと考えています。

「父が鮮魚卸をしていたこともあって、自分には人とのつながりが多いんです。『こんなことをしたいんだけど』と相談すると、たくさんの方が協力してくださって。とてもありがたいですね」と謙虚

FC展開で影響力を持ち、飲食業が働きやすい未来を示すために

2023年5月に出店した3店舗目の「マグロスタンダード 錦糸町本店」は、門前仲町店とはメニューが少し異なり、マグロ焼肉とお寿司がメインの店です。門前仲町店から変えた理由は、ポジショニングマップの分析結果によるものだけでなく、将来のFC展開を見据えていたから。

「『マグロスタンダード 門前仲町店』は、ニッチな戦略と世の中にまだない業種をつくるゼロイチ戦略の掛け合わせでつくった店なので、このままの業態だとFC展開での勝率が厳しい。そこで、マーケティングミックスをして、より勝率を上げるための戦略を立てました」

より多くの人に受け入れられやすくするために、マグロといえば原点回帰の寿司を取り入れました。さらに、将来的な海外展開も見据え、外国人が気軽に楽しめるようにワインメニューも追加。「寿司×ワイン」の店は錦糸町でも少なく、空いているパイをすぐに取りにいく姿勢はさすがというところ。

今回、新しく取り入れた寿司は、自ら探し回って広島の尾道造酢で赤酢を仕入れ、オリジナルのシャリ玉を米穀店に発注。誰が作っても寿司のクオリティーが統一されるような仕組みを整えました。

「マグロスタンダード 錦糸町本店」。魚食文化を盛り上げたいというコンセプトで、さまざまなマグロ料理を展開。店名は「自分なりのマグロの食べ方のスタンダードを見つけて欲しい」という願いを込めている

「握り寿司おまかせ5貫※」(980円)は左から熟成本マグロ、熟成シマアジ、炙りマグロ、そでいかトリュフ塩、頬肉オリーブ醤油。「名物!闇盛り刺し」(980円)は上から時計回りに上ミノ、レバー、ハツ  ※「マグロスタンダード 錦糸町本店」のみ

小皿に残りがちな寿司醤油は、ハケで寿司に塗ってロスをカット。ワサビも寿司に添える手間を省いたアイデア

お客さんとのコミュニケーションにはInstagramをはじめとするSNSやLINE公式アカウントを活用。注文にはLINEミニアプリのモバイルオーダーを導入している

飲食業の労働水準の向上を目指して労働環境を整備

常に人材不足というイメージがある飲食店。「休みが少ない」「給料が低い」といった労働環境が理由として挙がりますが、宮﨑さんはスタッフが働きやすい環境づくりにも力を入れています。

まず、社員の休日は月に11日設け、2024年からはさらに週休3日へと増やす予定だとか。ほかにも、週に1度は全社員で話せる時間をつくったり、希望者にはプロのコーチングを付けたりするなど、スタッフの「困りごと」まで厚くフォローする体制を整えています。

また、収入を上げたくても1社だけで働いていると限界があるとの考えから、副業も許可しています。休日に個人の仕事をしている人もいるそう。

スタッフが働きやすいように裏側で奔走し続ける宮﨑さんは、今後の展望についてこう語ってくださいました。

「飲食業が多くの人に職業として選ばれる未来をつくりたいと思っています。まだブラックな印象が強い飲食業ですが、たとえば週休3日で成功すると僕が示して世の中に広がっていけば、将来の飲食業の労働水準も上がるかもしれません。そのためにもまず30店舗を目指してFC展開をして、飲食業界で注目される人物にならないと……ですね!」

取材先紹介

マグロスタンダード 錦糸町本店

東京都墨田区江東橋2-15-6 ファーストビル1F

 

取材・文薮田朋子

おしゃれライター&編集者。ファッションから健康系まで20〜30代女性をターゲットに雑誌や書籍、Webメディアなどで元気に活動中。

写真新谷敏司
企画編集株式会社 都恋堂