「青果ミコト屋」は、2010年に鈴木鉄平さんと山代徹さんが始めた事業です。“旅する八百屋”の愛称で親しまれ、オーガニック野菜を育てる全国の農家を巡り、野菜の詰め合わせの宅配やイベント出店を行ってきました。
これまでは実店舗を持たずに営業してきましたが、2021年に神奈川県横浜市青葉区で青果店「micotoya house」をオープンし、「KIKI natural Ice cream」というブランドで規格外野菜を材料とするアイスクリームを販売しています。地元の人はもちろん、遠方からも足を運ぶ人がいるほどの盛況ぶりですが、その根底には農家の気持ちに寄り添い、農業の未来を思うサスティナブルな考え方が詰まっています。その思いと店舗経営について、鈴木さんと山代さんに話を伺いました。
「本当に豊かな生き方」を模索した20代
――「青果ミコト屋」は、オーガニック野菜の販売と、規格外野菜の活用という明確なコンセプトを掲げていますね。このような青果店になろうと思ったきっかけは何でしょうか?
鈴木さん:20代初めはサラリーマンとして働いていましたが、お金を稼いでも、漠然と心に満たされないものを感じていました。そこから「本当の豊かさ」とは何かを考え、20代半ばにバックパッカーでインドやネパールを巡ったんです。
一般的に、物質的に豊かではないといわれているような国でも、現地の方たちの働き方・生き方・暮らし方を見て、みんな豊かに幸せに暮らしているのがとても新鮮でした。そんな経験からプリミティブなものに引かれ、お金ではなく、心から豊かに感じて生きる力を得たいと衝動に駆られたんです。それで帰国後、この考えに適した働き方として農家を目指しました。
山代さん:僕も20代初めの頃、「男として、お金を稼ぐのが当たり前」という風潮に疑問を感じつつも、それが当たり前だと思っていました。でも、こういう働き方を何十年も意欲を持って続けられるかと考えた時、「それはないな」と思ったんです。そんな時、同級生の鈴木さんに農業体験に誘われて、面白そうだと思い一緒に参加しました。
「旅する八百屋」として農家の思いをしっかり受け取る
――農業体験に参加した後、なぜ農家にはならず、「農作物の流通」を仕事にされたのでしょうか?
山代さん:僕らが師事した農家さんは、農薬も肥料も使わない自然栽培を採用し、できあがった農作物を市場や自然食品店に卸していたのですが、両者の対応にはコントラストがありました。自然食品店では、ちゃんと農作物の味や作った経緯、思いなどを評価してくれます。一方、市場では味見をしないため、見た目での評価が主となります。見た目が良くないと価格が下がってしまうんです。
――なるほど、農作物の「見た目」が価格に大きく左右される現状を目の当たりにされたんですね。
鈴木さん:市場であまりにも安い価格をつけられると、従業員の方の給料や収穫にかかる燃料費、出荷する箱代などの必要経費を差し引いた場合、赤字になってしまうこともあります。そのため、キャベツがいっぱい畑に育っているのに、収穫するだけで赤字になるからと、そのままトラクターを入れて廃棄し、次の作物の準備に入ることもありました。
その光景がとても衝撃的で……。見た目が良くないという理由だけで、せっかく作った野菜が無惨な姿になってしまう。これは誰による問題だろうと考えると、一番はやっぱり食べる消費者の問題ではないかと。消費者が虫食いやちょっとキズが入っているものにもっと寛容だったら、農薬なども必要がなくなると思うようになりました。そうした消費者の意識を変えられたらなと考えています。
そこで「旅する八百屋」と愛称を付けて日本中の農家さんを何度も訪れ、その時々の畑や野菜の成長を見つつ、農家さんの思いをまずは僕らがしっかり受け取ることに注力しました。そして僕らが媒介となり、それぞれの農家さんの思いをくみ取ってくださるお客さんに野菜の個人宅配を始めたんです。また同時に各地のイベントにも出店し、お客さんと直接会話することで農家さんの現状や思いを届ける活動も積極的に行いました。
――各地を巡りながら、野菜と農家さんの思いを届けることを主軸とされていたんですね。では創業から現在まで、どのように事業の広げてこられましたか?
鈴木さん:始めは自宅の一室を仕分け作業場と倉庫にして、古いバンで全国を回りました。思い起こせば、最初の取り引き先の農家さんは2軒しかありませんでした。現在は、野菜だけでなく、米や果物、調味料など、およそ200軒の農家さんや生産者さんと取り引きさせていただいています。ありがたいことに農家さんや生産者さん、そしてお客さんも、口コミで知っていただいた方が多いですね。
――それは理想的な広がり方ですね。そのためには信頼が大切だと思いますが、特に意識されていることはありますか?
山代さん:農家さんに対しても、お客さんに対しても感謝とリスペクトは決して忘れませんが、相手を神様だとは思っていません。そうでないとフェアな取り引きはできない。もし、お客さんの言う通りにすべてを聞いていたら、それはお金の方が価値を持ってしまっているということ。先方の要求もちゃんと聞くし、こちらの要望もきちんと伝える。それが、良い関係を構築する上で大切なことだと思います。
「旅する」ことから「拠点を設ける」ことで、この街の魅力となりたい
――では、事業を始められてから10年を経て、“旅する八百屋”として「飛び回る」ことから、「micotoya house」をオープンして「腰を据える」方向へシフトした背景にはどのような思いがあったのでしょうか?
鈴木さん:横浜は僕らの地元なんですけれど、この事業を始めたときに買い支えてくれたのが地元の方々でした。それこそ、友だちのお母さんや近所の知り合いの方たちが買ってくれたんです。だから店をやるのなら地元で、という気持ちが強かったです。
――今まで通り「拠点を設けない」という選択肢もあったのではありませんか?
鈴木さん:僕たちは全国各地を巡る中で、農家さんだけではなく、飲食店や宿泊施設などの方たちともつながりを持つことができました。その中には、地元に根付き、地元の生産者とともに、その地でできた食材を使って飲食店などを行っている方が多くて。観光客も訪れれば、地元の人も集うという、そんな地域で循環する仕事にうらやましさを覚えました。横浜市青葉区は都心にも近く、地方の方が抱く郷土愛のようなものは抱きづらい土地だと思います。だからこの店があることで、少しでもこの街で生活できてよかった、って思う人が増えてほしいなと思っています。
規格外やロスになる野菜をアイスで救う
――先ほどからお客さんも絶えることなく、皆さんアイスを食べられていますね。北海道や沖縄からもこのアイスを目当て訪れるお客さんがいるそうですが、なぜ規格外野菜をアイスに加工されたんですか?
山代さん:農家さんの畑には収穫されず、そのまま葬られてしまう野菜が本当にたくさんあるんです。農業は自然が相手なので、例えば急に暑くなって、一日で想像以上に成長したら、一気に収穫しないといけない場合もあります。そんなときに、販売という手段だけでなく、加工して商品にすることでロスが出にくい体制ができる。そういうイレギュラーに対する受け皿になりたいんです。
鈴木さん:他の加工食品ではなく、アイスを主軸にした一番の理由は、作ったらすぐ冷凍するので、賞味期限の表示義務がないからです。つまり、アイスにすることによって、おいしく食べられる時間をグンと伸ばすことができる。あともう一つは、アイスを間に挟むことで、僕たちの思いを伝えやすくなると思うんです。畑でロスが出てしまう話や、規格にこだわることで規格外の野菜が生まれてしまう現実を、野菜そのものを介して話すとどうしても説教じみて、耳の痛い話と捉えられてしまうように感じます。だからアイスを選びました。アイスって僕は“ポップスター”と呼んでいるんです。甘くてかわいいし、おいしい。誰でも好きじゃないですか?なんかこう罪深いけど憎めない、つい手が出ちゃう、そんなみんなが好きな食べ物に僕たちのメッセージを載せて伝えたいと思いました。
――そういった規格外野菜のアイスを食べたお客さんは、「青果ミコト屋」さんのメッセージを聞いてどういった反応を示されますか?
鈴木さん:「キズが付いていても、何も変わらず味はおいしいですもんね」とか、「柑橘類の皮とかおいしいですよね。私もマーマレードなどに活用することにしました」といった声をいただきますね。2度目、3度目といらっしゃったお客さんで、本来ロスになってしまうものに新たな価値を見出して、ポジティブに使おうとするようになったというお客さんも多いと思います。やっぱり、アイスを食べながらだと、少し気持ちが和らぐのか、皆さん、やさしい顔で聞いてくださいますね。
安価素材だからアイスを作るにあらず
――そもそも店頭で販売する野菜と、アイスの素材となる野菜とでは仕入れ方法なども違うのでしょうか?
山代さん:仕入れに関しては、農家さんによっても異なりますし、さまざまです。ベースとして、飲食店や個人への宅配分を注文し、店での販売分もお願いする。キズがついてしまったものや、農家さんから出荷先がないと相談を受けるものもあります。いずれにしろ、美しい野菜(A品)だけを仕入れるということはありません。農家さんがB品と位置付けているものも、ここでは売っていますし。そもそもA品とそれ以外の線引きも農家さんによってまちまちで、ボーダーラインなんてないんです。あとは、農家さんの考えで「販売すらしてほしくない」というものもたまにあります。でも、農家さんも僕らもロスは出したくない。なので、そういったものはアイスにしたりしますね。
鈴木さん:仕入れ価格についてもさまざまです。ただ、僕らが「いくらで」と決めることはまずないですね。本音を言うと、破格の価格だったり、タダでいただいたりすることもありますが、実はアイスを作るとなると、A品を買ったほうが断然安いんです。それは加工するのに手間がものすごくかかるからです。例えば、キウイなどの傷んでいる箇所を削る作業は5人で6時間かかるんですよ。その人件費を考えれば、A品を加工した方がよっぽど楽。だから、仕入れ価格がほとんどかからない規格外野菜でアイスを作っているわけではなく、うちだからこそできるアイスだとも思いますね。そもそも、効率と売り上げを主目的にした商品ではありませんから。
関わる人すべてを幸せにしたい
山代さん:今までも単発では行っていたのですが、6月末から週5でランチも始めました。やっぱりこの場で食べてもらったら野菜のおいしさもシンプルに伝わると思いますし。またタイミングなどが合えば、この地元で飲食店をやってみたいですね。
鈴木さん:一番は、関わる人たちみんなに豊かな気持ちになってもらいたいですね。ここに来て、アイスやご飯を食べるとか、野菜を買うとか、あと単純にこの空間にいて気持ち良いとか。ここに来ることで、「良い一日だった」と思える体験の一つになれたらいいなと。農家さんの現状を知ってもらいたいという思いもありますが、まずはこの場に来ていただき、帰る時には笑顔になっていてほしいですね。
ガチガチのビジョンや社会的意義などのメッセージを伝えるのではなく、日常の幸せの一つになれたら、というやさしい願い。指先で物が買える時代にわざわざ訪れたくなる温かい空間でした。
取材先紹介
- 青果ミコト屋
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HP
- 取材・文別役 ちひろ
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コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、25都道府県・約850軒の教会を訪ね歩いている。
Instagram: https://www.instagram.com/c.betchaku/ - 写真新谷敏司
- 企画編集株式会社 都恋堂