「繊細さん」と社会をつなげるカフェが提案する、スタッフとの付き合い方

HSP(Highly Sensitive Person)とは、感受性が強く、外部環境からの刺激に非常に敏感な気質を持った人を指し、日本では「繊細さん」とも呼ばれています。現在、5人に1人はこの気質を有していると言われ、人によっては社会生活に生きづらさを感じる人もいます。

大阪府大阪市・谷町九丁目駅の近くにある「クマの手カフェ」は、そうした「繊細さん」がスタッフとして働くカフェです。「クマに扮(ふん)したモフモフの手」で商品を提供するユニークなスタイルで、スタッフはお客さんと直接対面することなく、接客ができるという特長があります。このスタイルが確立した経緯やカフェの取り組みのほか、HSP気質の人はもちろん、共に働くスタッフが心地よく働くために、双方にとってどのようなコミュニケーションが必要なのか。心理カウンセラーであり「クマの手カフェ」の店長・川井田泰子さんに聞きました。

モフモフのクマの手がオーダー品を提供

2021年9月にオープンした「クマの手カフェ」は、カウンセラーの養成や心理学が学べる「メンタルサポート総合学園」が運営しています。現在スタッフにはHSP気質を持っている人、ひきこもりや不登校、パワハラで離職した人、発達障害、抑うつ傾向がある人など、計8名が心理カウンセラー5名と共に働いています。

店頭の看板には「繊細な人が働く」という一文が記されている

「クマの手カフェ」で働くスタッフの就労期間は、基本的に半年と決められています。それは、ここでメンタルのリハビリを行いながら、少しずつ社会復帰を目指すことが目的のためです。カフェができた経緯について、店長の川井田さんは次のように振り返ります。

「就いていた仕事を辞めざるを得なかったといった、学生からの就労の悩みも多く聞いていて、『HSP気質を持った方、心が傷ついてしまった方と一緒に働けないか』と考えていたとき、学園長が『モフモフの動物の手が商品を提供するカフェ』というアイデアを思いついたんです。海外にある『小窓カフェ』という、体にやけどを負ったスタッフがアルコールを提供する店があるようで、それもヒントになりました。見知らぬ人との対面や直接のやり取りが苦手な人は、壁を一枚挟むことでその苦手意識が軽減されるので、働きやすい環境のカフェになるのではないか、と思いました」

穴が2つ開いているだけの「クマの手カフェ」の外観。システムを知らない人には不思議な外観だが、お客さんはひっきりなしに訪れている

道路に面した店舗の壁には穴が2つ開いていて、オーダーは向かって左の穴で行い、商品ができあがると右の穴から提供される仕組みです。提供に使う動物を何にするかも協議されましたが、「多くの人がテディベアを好きだから」とクマの手を採用しました。

モフモフのクマの手がオーダー品を提供。壁の穴から出てきた瞬間の愛らしいサプライズ感はたまらない!

クマの手型のマドレーヌが乗った「クマの手パフェ」(左)と、ストロベリー味のかわいらしい「ピンクマカロンパフェ」(右)。ともに税込980円

時には小窓からのぞくクマの手を握り、涙を流す人も

お店に訪れるお客さんを見ていると、親子連れや女子高生、カップルはもちろん、20代の男性3人組など、老若男女さまざまな人がいます。そして、その誰もが、クマの手が出てくることをワクワクしながら待っています。

「お客さんはみんな、『このお店はなんだろう?』という疑問を持ちます。でも、壁の穴からクマの手が出てくると『ほんまに出てきた!』『かわいい!』『指ハートしてくれた!』と驚いたり、喜んでくれます。実はこのお客さんの反応もスタッフにとってはとても良いことです。『人を喜ばせている』という事実が、気持ちをプラスの方向に向かわせるんです」

確かに事前にクマの手が出てくると分かっていても、実際に壁の穴からモフモフのクマの手が出てくると、「かわいい!」と叫びたくなり、その手に触ったり、握手したりすると言いようのない安心感と癒やしが得られます。

提供穴から見た外の様子

実際、お客さんの反応も好意的なものが多いといいます。

「たまに悪ふざけで着ぐるみの手を引っ張ったりする人もいますが、ほとんどのお客さんはとても喜んでくださいます。お客さんの中にも繊細な人が多く、『頑張ってね、私も頑張るから』と涙を流す人もいらっしゃるんですよ」

川井田さんによると、「五感をフルに刺激することで、お客さんにも大きなヒーリング効果がある」といいます。まず、「チリンチリン」と鳴る提供準備完了のベルの音を聞き、次にモフモフのクマの手を見る。そして、クマの手と握手やタッチ、ジャンケンをするなど触れ合う。これらの要素に、商品の香りや味わいが加わることで、五感すべてに意識が向かい、大きな満足感が得られるといいます。

イートインスペースには、カフェに訪れたお客さんの手紙があちこちに飾られていて、「とても癒やされた」などのメッセージが多く残されています。

イートインスペースに飾られているお客さんからのメッセージ。嬉しい一言がスタッフのやりがいにつながる

心理カウンセラーが伝授する、スタッフとの良好な関係を築くポイント

お店にとって、スタッフとの良好な関係を築くことは、運営に関わる重要なポイントです。そこで、どんなお店でも活用できる、スタッフとの付き合い方についても話を聞きました。

「クマの手カフェ」の店長の川井田泰子さん。メンタルサポート総合学園では副学長を務める

① できたこと、役立ったことを口に出す

就労を通してスタッフのメンタルを強くする「クマの手カフェ」では、その日の退勤時に必ず『ポジティブフィードバック』というアクションを行っています。これは、以下の3つの項目を自分で考え、言葉にすることで、スタッフ自身も、働く環境も良くなっていく、という好循環を生み出すそうです。

  • 今日、自分が勤務中に行ったことで良かった点
  • 今日、他のスタッフやお客さまの良かった点
  • 今日、自分自身が店にとって役立ったと思う点

「たとえ『何もない』と思っていても、少しでもできたと思う点を言葉にして声に出すと、脳はそれを認識します。繊細な人ほど口に出しづらい傾向にありますが、小さなことでも必ず一つは言ってもらいます。それを繰り返すことで、次第に表現が豊かになり、自信や責任感も生まれてくるのです。自分に起きたことの良し悪しをしっかり考えられるようになり、それが生きやすさにつながっていきます」

また、スタッフ自身が自分の良い点を見つけ、貢献したことを恥ずかしがらず口にすることで、店への愛着や『好き』という気持ちを増大させる効果もあるそうです。そして、自発的に店のために行動することが多くなるというメリットもあります。

「イートインコーナーの整頓をきちんと行えた」、そんな小さなことも店にとって役立ったこと

② 教え方の注意点

お店のルールや調理・接客など、スタッフが覚えることは多岐に渡ります。その伝え方・教え方にもヒントがありました。

「覚え方も人それぞれです。“見て”覚える人は、とにかく見ることに集中します。そのため、必要以上に細かな説明はかえって邪魔になります。一方、“聞いて”覚える人は、丁寧な説明を好みます。また、“感覚”で覚える人は、自分で実際に行うことを選びます。そのタイプの人には、すぐに実践させた方が早く身に付くでしょう。大切なのは、『教える側が覚え方を強制しない』ことです。自分が覚えた方法が相手に適しているとは限りません。相手が一番覚えやすい方法で伝えることが大切なのです」

スタッフがなかなかできなくても、決して「教えたのになぜできないんだ!」と叱るのではなく、相手が覚えやすい方法を一緒に考えることも、教える側が意識したいポイントです。

③ ため込まない、ため込ませない

多くの人が、相手との関係に波風を立たせないため、「我慢する」「ネガティブ要素は伝えない」といった行動を取ってしまいます。しかし、良好な関係を築くには、そのような「ため込む態度」ではいけません。

「相手が発する空気を読み取ることも大切です。自分からSOSを発することが苦手な人が多いため、『何も言わないから』、『大丈夫と言ったから』と流すのではなく、もう一度『本当に大丈夫?』と相手と向き合ってください。そうした行為が安心感につながり、何がつらいのか伝えやすくなります」

その上で、「店主側もすべてを受け止めようと思わないことも大切」と川井田さん。スタッフの態度が気になるのなら、自分が感じたことをそのまま伝えてみましょう。そうすることで、相手は気付きを得たり、改善を試みたり、場合によっては不満や思っていたことを話してくれます。

お店での対人関係で問題が起きたら、感情をあらわに厳しい言葉をぶつけるのではなく、まず相手の意見を聞く姿勢を見せることです。そして、しっかりと話を聞くこと。「向き合う機会」をつくることが、お互いにとって一番良い解決法となります。

「スタッフ」である前に、「人」であること

「クマの手カフェ」では「繊細さん」が働いていますが、どんな店でもスタッフがいるのであれば、人それぞれ異なる気質を持っています。明るく振る舞いながら、ストレスをため込む人もいれば、静かで交わす言葉は少なくても打たれ強い人もいます。でも、どんな気質のスタッフであっても、店を運営する側にとっては、いつも気持ちよく、長く働いてもらいたいものです。

2023年8月19日からは、「繊細さん」のスタッフが顔を出して応対する「クマの手カフェ 5(サンク)」が同じビルの5階にオープン

そのために忘れてはいけないことは、相手の気質がどうこうという前に、「人と人の関わり」であり、それをお互いに認識し、尊重し合う姿勢が大切だということです。

「『クマの手カフェ』を見学に来られる学校や企業の方も多く、特に、部下を教育する立場の中間管理職の方に多くのヒントがあるようです。今後はそういった方向への働きかけも考えています。カフェだけでなく、どんな場面でもお互いを尊重し合える環境・社会になれば良いですね」

まずはコミュニケーションをしっかり図ることからはじめる。それこそが第一歩であり、スタッフとの良好な関係を築いていくということを再認識しました。

取材先紹介

クマの手カフェ


 

取材・文別役 ちひろ

コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、26都道府県・約900軒の教会を訪ね歩いている。

写真新谷敏司
企画編集株式会社 都恋堂