焼き肉店もパン店も屋台も――「やりたい!」と思ったら即実行する高尾の飲食店。そのスピード感が半端ない!

東京・八王子市の高尾駅南口から徒歩3分。京王線の下り電車の車窓からも見える場所に、パン店「いなこっぺ」が、その駐車場に屋台ラーメン店「しゅんやっちゃん」があります。両店は、株式会社57(ごしち)Groupの代表取締役・落合俊哉さんが手がけた店舗。2013年3月、高尾駅から徒歩8分の東浅川町に「炭火焼肉ごしち」をオープンさせてから10年、地元である高尾駅周辺に、バラエティーに富んだ飲食店を計5店舗展開しています。同じエリアに次々と店舗をオープンさせている、その過程と店舗展開への思いについて聞きました。

プロ選手の夢に敗れて、飲食店経営に踏み出す

焼き肉店、パン店、屋台ラーメンの他、焼き鳥店とのり弁専門店を展開する落合さん。ここまで飲食店経営に打ち込むとは、さぞ小さい頃からの夢で、地元を盛り上げることに熱心な人かと思えば、少し違いました。

「自分は元々プロのサッカー選手になりたくて、それを目標に練習してきました。しかし20歳の頃、『サッカーで生きていくことは厳しい』と挫折したんです。それまでプロになることだけを目標に頑張ってきた分、『目標がない状態ってこんなに楽しくないものなんだ』と衝撃を受けました。その後、別の仕事に就き、飲食業を始めたのは27歳です」

高尾生まれ、高尾育ちの株式会社57Group の代表取締役・落合俊哉さん。都内の芸能事務所で有名アーティストのマネージャーをしていたこともあるそう

地元・高尾に戻った落合さんは、幼なじみと3人で57Groupを立ち上げ、実店舗の飲食店を目指し、豚丼の移動販売店を始めます。その際、仕込みを行う厨房施設として借りたのが、大学時代に落合さんがアルバイトをしていた焼き肉店です。

「移動販売を始めた時、すでに焼き肉店は閉店していて、オーナーは別の仕事をしていました。事情を話すと、昔バイトをしていた自分にだったら、ということで貸してくれたんです。自分としても、ここでのバイトを機に飲食店経営に興味を持ったので、とても感慨深かったです」

3,4年ほど移動販売店を営業し、そろそろ実店舗での展開を考え、都内各所で物件を探していたところ、ふと、「このまま、今借りている店で新しい焼き肉店を始めてもいいんじゃないか?」と考えました。それからが早い!なんとその思いを抱いてから1カ月弱で「炭火焼肉 ごしち」をオープンさせたのです。

「やりたいから!」という衝動に従い、スピード感重視ではじめる店づくり

決意してからオープンまで、落合さんは頭の中に描いた青写真を現実にすべく走り出します。移動販売店の運営から外れて新規店の開店準備、そして「味」の方向性決め……。落合さんが初めて肉を切り、共に働くメンバーに味見をさせたのは、なんとオープンの3日前だったそう!

落合さんが最初に出店した実店舗「炭火焼肉 ごしち」。落合さんが大学生の頃、アルバイトをしていた焼き肉店を居抜きで使用している

「思い描いていた通りの味付けをしたので、味は一発で決まりましたが、肉の部位などの知識が何もない。そんな状態でオープンしました。最初の頃はYouTubeをひたすら見て、肉の部位や筋の取り方、保存方法などを必死で勉強しました。だから、自分の師匠はYouTubeです!」

店を営業しながらYouTubeで学ぶ。破天荒な進め方のように見えますが、落合さんの中では「気合いと勢い、そして直感」で勝算はあったと話します。何事も石橋を叩き完璧な準備をしてから店を始めるより、「やりたい!」という衝動に従って、すぐに動くことが大切だと話します。

「運営資金や人手がないのに店舗経営に踏み出すのは違いますが、極論、今やれるのにやらなかったら、やらなかったことに一番後悔すると思います。それこそが失敗です。やって失敗しても、それは修正が利くもの。やらなければ分からなかったことでも、乗り越えれば成功に近づけると考えたら、やった方が断然良いじゃないですか。だから失敗は失敗じゃないし、やらないことの方が失敗だと思うんです」

人材も店づくりには必要不可欠なポイント

焼き肉店をオープン後、およそ3年で鉄板焼き店も出店した落合さん。3年ほど営業したそうですが、金銭的な問題によって閉店。また、方向性の違いから、共に事業を立ち上げた幼なじみ2人は離職しました。

その後、57Groupに加わったのが音楽アーティストの千晴さんです。千晴さんも落合さんの幼なじみであり、「友だち同士のビジネス」に対してシビアな意見を持っていましたが、「自分たちにしかできないことがある」と落合さんに説得され、現在は取締役として5店舗の人事などを担当しています。

57Groupは千晴さんが加わったタイミングで事業活動を法人化しました。同じタイミングで、千晴さんの弟でパン職人である石川純也さんをスカウトし、石川さんを軸にパン店「いなこっぺ」を2019年10月にオープンしました。

カフェも併設されているパン店「いなこっぺ」。常時20〜25種類のパンが並び、季節によっても内容が変わる。街のイベントにも積極的に参加し、アートイベント「八王子芸術祭」の展示会場の一つにもなった

「純也は大手のパンメーカーで働いていたのですが、彼の作るパンが好きで。いつか一緒に仕事をしたいと思っていて、『独立しろ、独立しろ!』ってずっと言い続けていたんです。やっぱり自分一人でできることには限界があります。だから、仲間の存在は不可欠。誰かが助けてくれるからこそ、自分のやりたいことができると思っています」

「やりたい」と思ったことを具現化するために、熱意を持って気持ちを伝え、協力者を増やしていく。落合さんの巻き込み力の強さには目を見張るものがあります。ちなみに、「いなこっぺ」の内装や「しゅんやっちゃん」の屋台のしつらえなどは、大工である落合さんのお父さんが造られたものです。

「いなこっぺ」の内装(左)と「しゅんやっちゃん」の屋台(右)。どちらも落合さんのお父さん作

パン店の駐車場に、なぜ「屋台ラーメン」だったのか

コロナ禍という未曽有(みぞう)の事態も、落合さんは勝機と考えました。それは「炭火焼肉ごしち」オープン当初から抱いていた夢である屋台ラーメンの出店です。

「焼き肉屋を始めたとき、いずれやりたい店として、屋台ラーメンの絵を描いて厨房に貼っていました。コロナ禍になって『換気』が重要視される中、屋台はうってつけと思い、すぐにリヤカーを探しましたよ」

落合さんが描き温めてきた屋台の姿

味は、しょうゆベースのスープに刻みタマネギを載せた八王子ラーメンを踏襲。人気店「香味屋(現在閉店)」の味を引き継ごうと直談判し、レシピを教わったそうです。しかし、完成したラーメンはかつて香味屋で味わったものと何かが異なっていたため、香味屋の味をベースに落合さんがアレンジを加え、2021年2月「しゅんやっちゃん」をオープンしました。

18:00頃、「いなこっぺ」の駐車場にある屋台ラーメン「しゅんやっちゃん」にも明かりがともる

「場所をいなこっぺの駐車場にしたのは、スープの仕込みなどでいなこっぺの厨房が使えるし、お手洗いや水道設備など保健所が気にするポイントもクリアできるからです。それに、実店舗ではなく屋台にすることで、固定費が低くなり、その分、材料にお金をかけられることも利点だと思いました」

屋台は近隣の大学から駅までの通り道にあり、住宅街への入口でもあることから、学生グループや帰宅途中のビジネスパーソン、また20代女性も一人でふらりと訪れる人気店となりました。屋台に訪れたお客に焼き肉店をはじめ、他の系列店への誘導も積極的に行っているのか聞いたところ、意外な答えが返ってきました。

のりにチャーシュー、ホウレンソウにメンマ、そしてタマネギのみじん切りが乗った「ラーメン」(750円/税込)。スープの隠し味にイカゲソが使われている

「組織としてはどんどん発信して、集客に活用すべきだと思いますが、店舗同士の相互流入を促すような取り組みはしていません。というのは、それぞれの店の『力』のようなものを知りたくて。どこかの系列店ということではなく、個々のブランド力を上げていきたいと考えています」

「しゅんやっちゃん」のラーメンは「やさしい味がする」との感想が多い。「毎週でも毎日でも食べられる」という人も多く、週末には10人以上の行列ができることも多い

「やりたいことをやって自分の居場所をつくりたかった」

2022年10月には焼き鳥店「味はる」を、そこに隣接する形で2023年4月にはのり弁専門店「のり弁亭」をオープンしました。物件は「炭火焼肉 ごしち」の近くで、不動産会社から活用の相談を受けていた場所です。

そこに「味はる」を造り、以前、西八王子駅近くで焼き鳥店を営んでいた久保達朗さんを招きました。「彼の焼き鳥は本当においしくて、いつか彼と仕事をしたいと思っていた」と落合さんは語ります。久保さんに熱烈なオファーをしたそうです。一方「のり弁亭」は、のり弁好きの落合さんが単なる弁当屋ではなく、専門店をつくりたいとの思いがベースにありました。また、行楽地・高尾山へのハイキングにのり弁を持って行ってもらいたい、という気持ちもあるといいます。

焼き鳥店「味はる」の店内(左)。元は、地元で人気のスナックだったが、店主夫妻の他界を機に、隣接の作業場とともに空き家状態に。見かねた不動産会社が落合さんに相談し、出店となった。店長の久保達朗さん(右)は取材日、エベレスト山登頂から帰国した直後で、渡航中は「味はる」も臨時休業していた

落合さんの「やりたい」から始まった各店。それぞれのスタッフは皆、落合さんの楽しそうに仕事をする様子に引かれ、一緒に楽しんで仕事をしています。それが結果として、空き家活用や地元イベントへの参加など、高尾の街を盛り上げることにつながっています。

「高尾にこだわっているわけでもないし、集客という意味で、知り合いや仲間に頼るつもりもありません。ただ『この人とこれをやったら面白そう』と思って実行し、自分の居場所をつくっているだけです。それが、見方によっては地域や地元への貢献となるのかもしれません」

「のり弁亭」の特上の弁当(2,400円/税込)。「炭火焼肉 ごしち」の上タン塩がふんだんに載せられている

常に「これをやったら面白そう」、「あんなことをやってみたい」とアイデアを思い巡らせているという落合さん。最後に、「やりたいことをやる」「実現する」ということの基盤になっている思いについて聞きました。

「あまり『失敗したら……』ということは考えないですね。大半がやってみなければ分からないことばかりだし、逆に『こういう風にしたい』と思っていても、その通りにはならないことが多いじゃないですか。

それに、『絶対成功する』って分かっていたらみんなやりますよね。でも、それが分からないから、その答えを探しに行くことを楽しむというか。それは本当に好きなことや、やりたいことじゃないとできないのではないでしょうか。だから、自分は反対されるとめちゃくちゃ燃えるんですよ。それを覆すことが楽しいと思っているので。反対されてへこんだり、諦めてしまうようならやめた方がいいですよ。多分それは、本当に好きなことや、やりたいことではないと思うので」

やりたいことを語る時は少年のようにキラキラした目をして、シンプルかつ強い言葉で答えてくれた落合さん。真っ直ぐに「好き・やりたい」と向き合う純粋なやんちゃ坊主の面影が垣間見えました。

取材先紹介

屋台ラーメン しゅんやっちゃん

取材・文別役 ちひろ

コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、26都道府県・約900軒の教会を訪ね歩いている。

写真新谷敏司
企画編集株式会社 都恋堂