事業失敗から口コミ評価No.1の水餃子専門店へ。「肉汁水餃子 餃包」に学ぶファンづくりの秘訣

六本木交差点の一等地に店を構える「肉汁水餃子 餃包(ぎょうぱお)」は、国内だけでなく海外からの新規客も続々と訪れる、お客の途切れない人気店です。その背景には、ファンづくりのために試行錯誤して生まれた独自のサービスがありました。店を運営する株式会社アールキューブ代表の曾 茂(そう しげる)さんに、人気店になるまでの経緯、ファンを生み出す店舗運営の仕組みについて聞きました。

事業失敗を経て気づいた、自分自身が通いつめたい店

――開業当初は水餃子を出す店ではなかった、とお聞きしました。現在の業態になるまでを教えていただけますか?

この店(六本木本店)自体は、台湾出身の父と日本出身の母が営業していた中華料理店を引き継いで始めました。当初は20~30代の女性をターゲットに、ハンバーガーを看板商品として提供していたんです。ターゲットに合わせてコンセプトや内装をつくり込み、羽田空港の国際線ターミナルに出店するなど勝負に出ましたが、思うように業績が伸びませんでした。

このままではあと3カ月ほどで倒産してしまう……という切羽詰まった状況下だったある日、通りすがりの若い女性二人が「あ〜、餃子食べたい!」と話しているのを耳にしたのです。

餃子は確かにおいしいけれど素朴なイメージがあったので、「若い女性でも餃子が食べたいのか」と少し驚きましたね。そして、幼少期から両親の営む中華料理店でよく食べていた水餃子が頭をよぎりました。肉汁が中にたくさん詰まった、台湾の小籠包みたいな餃子がスープに入っていて、皮はもっちり……。そのとき「どうせ会社を畳むなら、最後に自分が行きたくなる店をつくってから辞めたい。だから私自身がなじみ深い、“餃子”にこだわってみようか」という気持ちが湧いてきたんです。

それまでは、まずターゲットを定めて、話題性などを考えてコンセプトを決めて……と、マーケティング目線で店をつくっていたので、正直なところ、自分が本当に食べたいものを提供しているとは言えませんでした。そこで、最後の挑戦のつもりで、バーガー店の内装はそのままに看板だけを変更し、餃子を提供し始めました。

インパクト抜群の看板。夕方の早い時間でもお客が多く訪れていた

――マーケティング思考から離れた自分目線で方向転換していくには、大きな決断が必要ですよね。どんな心境だったのでしょうか。

当時はバーガーの業態に失敗してとことん打ちのめされていたので、ある意味吹っ切れたような気持ちでしたね。「自分なら通いつめてでも食べたい店」であることを判断基準にして、あらゆることを決めていきました。また、自分の知らない新規のお客さまを呼び込むよりは、地元の方が気軽に通えて、ずっとファンでいてくれる店をつくりたいという気持ちもありましたね。

過剰なサービスを辞め、お客と距離の近い接客へ

――ファンづくりはこの頃から順調だったのでしょうか?

業態変更後は売り上げが改善され、お客さまが喜んでくださっている実感もあって、これはいけると思いました。ただ、周囲の大手中華料理チェーン店や居酒屋が300円以下で焼き餃子を提供していたため、差別化するために1年ほどで焼き餃子の提供を辞め、両親の味である水餃子の専門店として勝負することにしたんです。

当時は焼き餃子の方が人気でしたから、水餃子のみに切り替えたタイミングで、お客さまの数は一度減りました。単価を上げたことで客層が変わり、お客さまとの接点をどのように強めるかを考えなくてはなりませんでしたね。

店内の天井からつるされたちょうちんには「肉汁爆発」の文字が

――どのようにお客との接点を強めようとしたのでしょうか?

以前から店の価値を考える上で着目していた接客の見直しです。ちょうどその頃にお客さまとの信頼関係を築いていくメソッドに出合い、その考え方に深く共感したんです。すぐに講師の方を招き、スタッフ一人ひとりに対して、接客の考え方や具体的な接客方法などをトレーニングしていただきました。

――トレーニングは具体的にどういったことをされるんですか?

さまざまな方法がありますが、主にロールプレイング形式での接客の練習です。あらゆるシチュエーションを想定し、店員とお客さまの役に分かれて実践します。特にとっさの対応などは経験や知識がある人ほど対応しやすいものですが、経験が浅い人は練習を積まないと難しいですよね。今でも毎日練習を行っていますが、この蓄積は非常に重要だと考えています。

さらにどの店舗でも高いレベルの接客を行えるように、まずは本店でロールプレイングなどの研修を行い、その後各店舗で働いてもらうようにしています。

――接客に注力した結果、お客の反応は変わりましたか?

はい、皆さまの反応も上々で目に見えて効果が出ました。ただ、接客を丁寧にすると、その分提供するサービスが増えて人件費がかかるため、ある一定の時点で利益が出なくなってしまうんです。席に案内して、コートをお預かりして……と、お客さまには喜んでもらえますが、飲食店は人手が限られている中で利益を出す必要があるので、バランスを取るのが難しい状況でした。

また、うちの店は土地柄もあって、スタッフもお客さまも外国人、旅行者、ビジネスパーソンとさまざまな方がいらっしゃいます。その良さを生かして、自分たちらしいフレンドリーな対応に変更できないかと考えたんです。そこで、接客の基礎をそのままに、お客さまとの距離を近くして親密な関係をつくれるように、サービスの方向を転換しました。

さまざまな方法を試しましたが、今も続いているのは、お客さま自身でビールを注ぐ「マイセルフ割引」、2杯目以降のお酒を同じグラスで注ぐ「マイグラス割引」、お皿やグラス、ゴミをまとめてスタッフを手伝う「お手伝い割引」ですね。どれもお客さま自身が店のオペレーションに参加する形で割引となるため、スタッフとのコミュニケーションが生まれます。

結局は、お互いに人と人ですから、スタッフだけが負担になるようなサービスを無理にしなくても満足してもらえるような方法はあるのではないか、と思ったのです。結果、今のサービスは店の雰囲気にもマッチし、満足度は変わらないまま、他店との差別化を図ることができました。

お客の目に留まりやすいように、店内随所にサービスを紹介した張り紙を設置

――こうしたサービスは、どのようにしてつくられるのでしょうか?

基本的に口コミや店舗の営業を通してスタッフが思いついたアイデアを実施しているのですが、サービスとして提供する前に店員同士のロールプレイングを欠かさないようにしています。このサービスによって本当に「お客さまにファンになっていただけるか」を「お客さま目線」で検討し、満足していただけるサービスだとある程度確証が得られてから、新しいサービスとして試験的に提供します。

例えば、先の「お手伝い割引」はコロナ禍で、店の運営を維持するためにつくったサービスです。人手が足りないことが課題に挙がったときに、「それならばお客さまに手伝ってもらえたらいいのではないか」とスタッフがひらめいたんです。試しにロールプレイングを行ったところ、お客さま役のスタッフが「なんだか楽しい」と話すことがあり、実際に提供してみても好評でした。

接客を受ける側の心理として、スタッフの印象が良ければ、頑張っているスタッフのために何かやってあげたいという気持ちがどうも生まれるようなんです。何度も通っていたらなおさらそうです。このサービスによって、お客さまとスタッフの距離感も縮まると考えています。

実際に編集部メンバーも「マイセルフ割引」を体験。1杯目にビールの注ぎ方を教わって、コミュニケーションを取り、2杯目からはお客自身に注いでもらう仕組み

ファンクラブ会員制度もあり、会員の木札が店内に飾られている。現在、木札は廃止されてしまったが、定期的にファン同士が集まる会が開かれており、イベントのお知らせなどはLINE公式アカウントで行われる

口コミから、お客の声を徹底的に拾う

――接客に好印象を持ってもらえないとできないサービスですね。こうした大胆なアイデアはどうやって思いつくのでしょうか。

僕自身は大胆だとは思っていません。どのサービスも、お客さまの声や私自身が感じたことをもとに、課題を解決するために出てきたアイデアです。たくさんの施策を実践してきたので、うまくいかなかったものも多いですよ。ただ、店のサービスに関してお客さまからいただくフィードバックには、常に耳を傾けるようにしています。

そして、お客さまの率直な声を一番よく聞くことができるのが、口コミです。例えば、「料理が冷えていた」という声があった場合、その原因を探っていくと、実はオペレーションの思いもよらない部分に問題が見つかることもあるんです。お客さまの意見を起点に店の運営を見直していくことが、満足度の高い店であるための一番の近道です。その意見が最も反映されているのが、口コミだと考えています。

だからこそ、お客さまの口コミはすべて読ませていただいていますし、どのような評価をいただいても必ず返信します。ご指摘を受けた場合は、その内容を社内で共有し、今後の改善策とともにお客さまにお返事しますね。そのおかげもあり、Googleでの口コミは現在5,700件以上、某旅行口コミサイトでは、レストラン部門での口コミ件数は東京23区中1位(2023年10月時点)を獲得し、2020年から4年連続で口コミ評価上位10%(当該サイトに掲載されている飲食店中)に選出されました。本当に感謝しています。

海外観光客の口コミもしっかり確認。英語を話す方には英語で返信しているとか

――どうしたら、たくさん口コミが付くようになるのでしょう?

お帰りの際に口コミを書いてもらえるように、お客さま全員にお願いしています。クーポンや割引を付けるわけではなく、真摯にお願いして書いていただきます。お客さまの負担になってしまう部分もあるので、正直お願いしづらい気持ちもあるのですが……。でも、店舗の運営には欠かせないものなので、必ずお声掛けするようにしていますね。

店舗の枠を超えた情報発信で、餃子を世界へ

――お客の声に真摯に向き合おうという姿勢が、満足度の高い店になっている秘訣だと感じます。今後はどのような地点を目指されるのでしょうか。

現在はたくさん店に来ていただき、海外の方にも食べていただけるようになりました。皆さん餃子がおいしいと言ってくださるので、もっと世界に餃子を浸透させたいという気持ちが大きくなっています。

そこで少し前から、「毎日餃子TV」というYouTubeチャンネルをスタートさせて、餃子の名店を毎日訪ねるなど情報を発信しています。店の認知はもちろんのこと、今後は一段視座を上げて、餃子自体を世界に広めていきたいですね。

曾さんの着ているTシャツは「毎日餃子TV」のアイコンでもあるキャラクター

取材先紹介

肉汁水餃子 餃包 六本木交差点



取材・文福井 晶

関西生まれ、東京住まいのライター。町歩きと商店街巡りがライフワークで、純喫茶、居酒屋など古き良き飲食店の取材を手がける。相撲の番付表の貼ってある酒場が好き。

写真田淵日香里
企画編集株式会社 都恋堂