敏腕経営者の正体はVTuber?「酒泉りり」さんが営む酒場に行ってみた

2Dや3Dのキャラクターを用いて活動する「VTuber」と呼ばれる人たち。彼らは主にYouTube上で、ゲーム実況や“やってみた”、雑談の配信など、それぞれの得意分野で活動しています。そんな中、飲酒雑談で人気を博し、2 店舗の飲食店を立ち上げた酒泉りりさんというVTuberがいます。「経営者VTuber」という肩書きの彼女が、一体どのような飲食店を経営しているのか――新橋にある「欧州酒場サケトメシト」を訪ねてみました。

欧州酒場サケトメシト

コロナ禍で空いた時間を使ってVTuberに挑戦!

サラリーマンが多い東京・新橋の繁華街にあるビルの2階に、VTuber・酒泉りりさんが経営する店「欧州酒場サケトメシト」があります。ドアを開けて迎えてくれたのは酒泉さん……ではなく、広報の福島崇之さん。

「今日は酒泉の代わりに、私が取材に対応させていただきますね!」と福島さん。酒泉さんは“不在”のため、彼女の代わりに接客を務める

VTuber・酒泉りりさんは、酒好きな 20 歳の女性。飲食店をつくることを目標に、2020年9 月から活動を始めました。彼女が生まれたきっかけはコロナ禍だったと福島さんは語ります。

「酒泉が飲食店をつくりたいと考えたのは、今から13年ほど前のこと。しかし、飲食店に携わったことがなかったので、まずは経験を積もうと考えました。その頃、酒泉の“中の人”はすでにイベント会社と輸入会社を経営していたので、副業という形で1年に1店舗ペースでさまざまな料理店で修行をしました。その間に醸造所の立ち上げに関わったり、ソムリエの資格を取得したりもしています。飲食業界で10年間を過ごし、そろそろお店を始めようと思った矢先に新型コロナウイルスが猛威を振るい始めました」

今は店を出すタイミングではないと悟り、出店を1年延期することに。そんな時、イベント事業で仲良くなったコミックマーケット関係の人たちにVTuberを勧められました。はじめはVTuberが何かも分からなかったものの、出店を延期して時間ができたため、その時間で挑戦してみようと考えたそうです。

「いつか行く」で終わらせない、強固なファンづくりを目指す

友人たちの協力や紹介のもと、酒泉さんのビジュアルが完成し、VTuberとしての活動が始まりました。配信テーマは「飲酒雑談」。初めてのライブ配信は“中の人”の友人たちが集まり、飲み会のような雰囲気で行われたといいます。

「0から始めた時にファンを1人獲得するのは難しいと分かっていたので、まずは親しい人たちに知ってもらい、1人から10人に増やしていこうと考えたそうです。一般的なVTuberのように憧れの存在を目指した配信ではなく、友だちや仲間をつくる感覚で楽しく配信を行っていました。コメントをしてくれる人の名前と趣味趣向を覚えながら配信をしていたこともあって自然と酒泉とリスナーの距離は近くなり、応援してくれる人も増えていきました」

さかいずみちゃんねる!Vtuber酒泉りり

どんどん酒好きな友人が増えていく酒泉さんでしたが、“中の人”が活動の手法としてVTuberを選択した狙いはこれだけではありません。同年代だけではなく、VTuberに親和性の高いZ世代も引き込みたいという思いもありました。

「近年、若者のお酒離れを耳にしますが、酒泉はお酒の面白さを十分に届けられていないのではないかと思っていたようです。ですので、若い人に興味を持ってもらうためにVTuberというコンテンツでアプローチをしてみようと考えたのです。すると、VTuberが好きで、お酒にも興味がある若年層のリスナーが酒泉を見つけてくれて、配信を見てくれるようになりました」

酒のことだけでなく店をオープンするまでの過程も、酒泉さんはX(旧Twitter)やYouTubeを使って発信していきました。その目的は「リスナーと仲間意識をつくること」です。

「ただ単に『お店ができたので来てください』と呼びかけたのでは、『いつか行く』で終わってしまうかもしれません。そこで、『今日はこんなことがありました』とか『雑談で話したお酒を仕入れたいと思っています』などの発信をこまめに行って、『面白そう』『おいしいお酒が飲めそう』など興味を持ってもらえるように工夫しています。要は、いかに自分ゴト化してもらえるかを大事にしていたのです」

「酒泉は誰かのものというより、みんなでつくった『お店の看板娘』という方がしっくりきます」と話す福島さん

ライブ配信が安定してくると、同時接続数も80〜90名ほどに増加。これはチャンネル登録者数が1〜2万人程度のYouTubeチャンネルの平均であり、登録者数2,500人の「さかいずみちゃんねる」は異質な存在だと、他のVTuberからも一目置かれる存在となりました。

「不特定多数の人たちに広告を配信し、その中の1%に響けばいいという売り方もよく耳にします。しかし、酒泉は『100人いたら99人をファンにして、98人を常連にしたい』という思いで活動してきました。お酒好きな人が集まって、一人一人が酒泉の友だちである――。結果、それが見える形で現れてくれたのがうれしいですね」

酒泉さんはVTuberとしての活動開始から半年後の2021年4月、新橋に1店舗となる「欧州酒場サケトメシト」をオープンしました。

店員が客同士のコミュニティーを広げる仲介役に

オンラインでは看板娘&PRの役割を担う酒泉さんですが、実店舗では福島さんの出番です。取材スタッフが不思議に思ったのは、意外にも内装はオシャレな洋食屋のような雰囲気で、酒泉さんを全面に推していないことでした。

「新橋という土地柄、ふらっと立ち寄ったサラリーマンも落ち着くような内装にしています。でも、よく見渡せばちょっとした酒泉関連のものが置いてあり、『酒泉りりの店だ』とファンが実感できるようになっています」

店内をよく見渡すと酒泉さん関連のものがちらほら
書道家のお客がしたためた書や、SNSでバズり、メディアにも取材された讃美歌風のオリジナル楽曲「主よ我らの肝臓を守り給え」の楽譜も

それでもやはり、酒泉さんを目的に来店されるお客がほとんどだそう。福島さん自身も、常連客はもちろん「さかいずみちゃんねる!」でコメントをしてくれる人も認知しているので、初めて来てもどこか安心感があると言われるように。さらに、隣と席が近いコンパクトな店の設計を利用して、福島さんはお客同士をつなげるような接客をしているそうです。

「お客さんの雰囲気や空気感を読んだうえで、例えば、隣同士で飲んでいるグループがどちらも冬コミ(冬に行われるコミックマーケット)に出るなど共通の話題があれば、声をかけてお客さん同士をつなげています。お酒の席で同じ趣味の話ができると、人って仲良くなりやすいんですよ。酒泉や自分が友だちだと思っている方々が交流して仲良くなってくれるのを見ると、とてもうれしいですね」

友人に会いに行くように酒場へ行く。酒泉さんの配信がオフラインで楽しめる感覚になれるのが、この「欧州酒場サケトメシト」の魅力なのです。

原動力は「お酒や料理で新しい発見をしてほしい」という思い

「酒泉は雑談でお酒の話をしていますが、話題に出た珍しいお酒を店に仕入れて飲めるようにしています。また、配信中にチャットの相談を受けて『このお酒が好きなら、こっちの種類のお酒も気に入るかも』と提案することもありますが、それをお店で体験できるようにもしています。お酒を通じて新しい発見をしてほしいというのが、酒好きな私たちの願いです」

生き生きと語る福島さんですが、実は料理にもかなりこだわっています。「酒とVTuberの店」というだけでも引きが強いのに、さらに料理まで手がけているのは、「料理やつまみとの出合いにも好奇心を持っていただきたい」という思いから。店長の斎藤元英さんは、福島さんが惚れ込んでスカウトしたほどの料理の腕の持ち主です。

例えば、どんな居心地のいい店でも、1〜2カ月通えばすべての料理をコンプリートしてしまいます。そこで、毎週来ても絶対に知らない料理を食べられるように、おつまみメニューは1週間でガラリと変えるなど、飽きさせないための工夫に手間を惜しみません。

人気の生パスタはオーダーのたびに料理長が麺をカット。お客からも見える位置で期待が膨らむ
人気の前菜を一皿にのせた、前菜盛り合わせ(9品/税込4,000円<左>)と、メイン料理の合鴨の香草ロースト(税込2,000円<右>)。肉はジビエなど、季節によって変わる

150種類程度のお酒を常備し、なくなり次第入れ替える。赤ワインはグラス税込650円~。配信で話題になった珍しいアブサン(税込400円~/ハーフ)なども

好奇心にあふれた2店舗目の「秋葉原井戸端洋酒店」で、新しい酒との出合いを

「欧州酒場サケトメシト」の開店から約2年が経過した2023年3月、酒泉さんは2店舗目の出店を目指します。クラウドファンディングを実施したところ、開始1分で目標額の500万円を達成!最終的に2,000%超えの1,000万円が集まり、飲食店だけでなくさまざまな業種の経営者たちを驚かせました。

2023年5月にオープンした「秋葉原井戸端洋酒店」はお酒との出合いに特化した店で、お酒の数はなんと約400種。レアなお酒もたくさん取りそろえ、欠品したらまた別のお酒に入れ替えるそう。

東京・岩本町駅から徒歩3分の場所にある「秋葉原井戸端洋酒店」。閑静な場所にあり1店舗目よりも広い。中央のテーブルには1人客を案内し、交流が生まれるよう工夫

「『欧州酒場サケトメシト』では約150種類のお酒を提供していますが、まだまだ紹介したいお酒が莫大にあり、お酒の面白さをまだ伝え切れていませんでした。また、定番のお酒は置かないようにしており、毎日来てくださったとしても飲んだことがないお酒があるのがこの店の面白いところ。『もう一度あのお酒が飲みたい』と言われることもありますが、それは別のお店で購入いただければいいと思っています。『また、もう一度飲みたいと思えるお酒を見つけましょうよ』と、お客さんにはお声がけしています」

「行けばきっと、いい酒が見つかる」と通いたくなるのは、酒好きにとって宝探しに行くような場所なのかもしれません。また、自宅だとどう楽しんでいいかがわからない酒でも、その人に合わせた提案をしてくれるのも魅力です。

「分かる人には分かる!」というレアな酒を並べてくれた福島さん

酒泉さんの活動について、福島さんはどのように感じているのでしょうか?

「世の中にたくさんの種類のお酒があるから紹介したいし、実際にずらりと並んださまざまなお酒を見られるお店がもっとできればいいのに、という気持ちからすべてが始まりました。その手段が酒泉にとってはVTuberだったというだけです。今、我々が実現したかった飲食店が無事に実現できたという感じですね」

最後に、酒泉さんからもコメントをいただきました。

「2店舗目を出したばかりで最近はあまり配信ができていませんでしたが、2024年から月曜日の飲酒雑談配信を再開するつもりです。もっとお酒好きな友だちが増えるとうれしいです!」

ただのVTuberとファンという関係性ではなく、もっと密な人間関係を構築することで、多くの人が支えたくなる店へと成長するのかもしれません。

取材先紹介

酒泉りりさん
欧州酒場サケトメシト

秋葉原井戸端洋酒店

草田草太さん(キャラクターデザイン)
取材・文薮田朋子

おしゃれライター&編集者。ファッションから健康系まで20〜30代女性をターゲットに雑誌や書籍、Webメディアなどで元気に活動中。

写真野口岳彦
企画編集株式会社 都恋堂