大阪・梅田の繁華街の路地を入った、雑居ビルの3階。「梅田羊肉串」という店名にもかかわらず、一時期は羊肉串がメニューから消え、今ではフードメニューも存在せず、ドリンクはセルフサービス、隙あらば店主はゲームに夢中……。そんな店が、なぜか繁盛しているといいます。お客は何に魅了されているのか、なぜ利益が生まれるのか。その秘密を探りに店主・尾儀洋平さんに話を伺いました。
働く楽しさを見いだせなかった駆け出し時代
――尾儀さんが飲食店経営の道に足を踏み入れたきっかけを教えてください。
大学生の頃、授業にも出ず入り浸っていた居酒屋の大将から「将来、どうすんねん?」と言われたことがきっかけでした。そのひと言で、真剣に将来どうなりたいかを考えたのですが、目の前でダラダラとやる気なさそうに働いている大将を見て、こういうスタイルで利益を生むことができるなら自分に合っているかもしれないと思い、大学を退学して調理学校に入り直しました。
卒業後は飲食店に就職してコツコツと貯金し、経営者として大成したいという志を持って独立、中華料理店をオープンしました。毎日懸命に働き、それなりに繁盛していたのですが、なぜか仕事に面白みを感じられませんでした。当時の自分は何が面白くないのかが分からなくて、店舗を移転してみたり路線を変更した新店を開店してみたりと、さまざまな策を実践してみました。でも、どうやっても面白さを感じられなかったんです。
――仕事が“面白い”ということが、尾儀さんにとって最も重要だったということですね。
振り返ると、来てくれるお客さんのことをあまり好きになれなかったし、そもそもあまり好きじゃない人のために懸命に働くことがストレスになっていました。予約がびっしりと埋まって売り上げが伸びても、満たされるどころか心身ともにしんどくなってきて。どんどん労働意欲が低下した結果ダラダラとしてしまい、そんな僕に愛想を尽かしてスタッフも辞めていきました。
でも、ダラダラしたことで売り上げは減ったものの、人材費を削除できたことで利益はあまり変わっていないことに気づいたんです。例えば、売り上げが1円だったとして、コストが0円であれば赤字ではありません。そこで、できるだけコストを下げてダラダラと過ごし、しかも自分が好きな人たちだけが集まって喜んでもらえるような店をつくってみたいと思い、「梅田羊肉串」を2019年10月にオープンしました。
自分はもちろん好きな人たちにも楽しんでほしいから、あらゆるコストの削減を徹底
――「梅田羊肉串」をオープンするにあたり、どのような工夫をしたのですか?
路面店ではなくあえて雑居ビルの3階を選び、わざわざうちの店に来たいという人だけを集められるようにしました。オープン時も、親や友人、昔の常連さんなどにも一切宣伝せずに始めました。
――それはとても勇気ある決断のように思います。
以前から僕を知っている人は、懸命に働いている姿を知っています。そのため、以前のようなサービスやコミュニケーションなど、相手が僕に求めることに僕自身が迎合してしまう可能性を排除したかったんです。それと、ダラダラ過ごしても商売が成立するように、お客さんとのコミュニケーションコストを下げることに注力しました。その一つが、入店要件として掲げている「店のSNSをフォローする」というルールです。
――入店要件を守れるかどうかが、コミュニケーションコストに影響するのですか?
入店要件をこれだけ目立つように書いていても、ルールを守らずに突破してこようとする人が一定数います。大多数の人が理解できるはずの「SNSのフォロー」という入店ルールさえ守ることができない人には、何をお願いしても伝わらないことが多くてコミュニケーションが煩雑になると思いますし、そもそもそういう人をお客さんとして好きになれる確率が低いとの考えからこのルールを設けています。そうはいっても、追い返した人のキャラクターに興味を抱くことも多く、出会い方が違えば友人になっていたかもしれないと思うこともありますけどね……。
――ランニングコストには、コミュニケーションコストも含まれると。
お客さんは神様じゃない!という風に訴えている飲食店のSNSを目にすることが時々ありますが、むしろ「飲食店側の僕らが悪いんやで!」って思います。それって「どなたでも気軽にお越しください」と、どんなお客さんでも迎え入れてしまう店側の責任ですよね。そう思えるのは過去の経験があるからかもしれません。
ダラダラしながらも客単価はしっかりと確保できるように工夫
――ちなみに今、尾儀さんはどれくらいダラダラしているのですか?
結構ダラダラしていますね。ドリンクはオープン当初からお客さんが自分で冷蔵庫から取ってくるスタイルですが、最初のうちはフードメニューもちゃんと用意していました。カウンターにおばんざいを並べるスタイルを試したこともあります。でも、メニューが存在すると、注文のたびにお客さんに呼び止められるため、思うようにダラダラできません。お客さん自身も店主が忙しそうにしていたら呼び止めにくいし、声をかけないと注文できなければ店にとっても機会の損失になります。だから、フードは問答無用に勝手に出していくスタイルに変更しました。結果、このスタイルが気に入って通ってくださる常連さんが増えました。
――現在は、ドリンクは1時間1,000円で以降10分ごとに200円、フードは1,000円でおよそ30分ごとに提供されるスタイルに落ち着いたということですね。
人の胃袋には限界があるからフードの料金は固定し、ドリンクは時間ごとに費用をもらっています。うちのような常連客中心の店は一般的に客単価が下がる傾向にありますが、このスタイルだと長居すればするほど客単価が上がります。
例えば、最近行き始めた店ならその店のことを知りたいでしょうし、店主と仲良くなりたいという思いからあれもこれもと食べて飲んで、客単価が高くなります。でも、常連になれば店主や知り合いとただ話しているだけで、そこまでお金を落とさなくても長居できるようになりがちです。これを解決したのが、この料金システムです。お客さんはうちの店に集う人たちと過ごす時間に価値を感じてくれているので、これまでクレームもほとんどありませんし、結果的にメニューを準備していた時よりも客単価は上がりました。
ワンオペでも店が回る仕組みを構築できるのは、常連の理解があるから
――画期的なスタイルですね。
ここまで話を聞くと「めっちゃいいやん、言うことナシやん!」と思われるかもしれませんが、僕がほぼ何もせえへんことを許容するより、むしろそれを歓迎してくれる人たちで満たされているからこそ成立する経営スタイルなんですよ。だからこそ、入店要件をはじめとするレギュレーションをより厳密にして、うちのスタイルをちゃんと理解してくださるお客さんだけが集う店にしなければならないと思っています。
――ちなみに、お客さんからの声でレギュレーションを変更した点はありますか?
店名にもある「羊肉串」は、串打ちが面倒なので提供をやめていたのですが、これを復活させたことですね。常連さんがある日、僕にとってあの串を出すにあたり何が一番嫌かを聞いてきたので、串打ちが面倒だと答えたんです。そしたら、「客が串打ちをすれば焼いてくれるか」と。実際、焼くのはそう面倒ではありません。SNSで「やりたくないからみんなでやって」と書いたら一気に拡散されました。
――そういった協力があるからこそ、ワンオペでもしっかりと回るのですね。
常連さんたちがレギュレーションを完璧に守ってくれるので、新規のお客さんが来たとしても面倒を見てくれて、ちゃんと自治が守られています。最低限の説明は僕がする必要はありますが、レギュレーションが完璧な常連さんが数人いれば人数が増えても店はちゃんと回ります。
ダラダラすること=目に見える実務は極限に削ってマネジメントに注力すること
――話を伺っていると、尾儀さんの仕事がどんどんなくなっていますね。
極限までダラダラしていたいので、今は仕入れに出向くのもやめて配送してもらうことにしました。人時生産性(従業員1人が1時間で生み出せる利益を表す指標)を意識してのことで、仕入れに出向く時間に僕が利益を出せていないのであれば、どうやったらお客さんにもっと喜んでもらえるかを考える時間に充てることにしました。
――ダラダラしているように見えて、全然ダラダラしていないような……。
実は僕も、「あれ?結構働いてるんちゃうかな」って思うし、何ならむしろ仕事熱心だと思うようになりました。目に見える実務は極限に削っていますが、それが成立するための仕組みを考えたり改善したり、いわばマネジメントに時間を使っているわけですから。
我慢の対価が賃金になるのではなく、自分が考えたことで人が喜んでくれて、そこにお金を払ってくれる。もちろん、僕が面倒に感じない範囲で。企画や提案は楽しいので、遊んでいるのと同じなんですよ。遊んでいてちゃんと対価がもらえる、それを結果的に実現できたのがこの店ですね。
その時々の変化を楽しみながら過ごしていきたい
――そんな尾儀さんの次なる展望はなんですか?
究極的には、友人になりたいと思えるぐらいの人だけで店の経営が成立したら一番いいと思っています。来店する人とどういうコミュニケーションを取り、どんな関係性を築けるかが、興味のあるポイントなので。でも、うちのスタイルはあまりにも属人的すぎるので、どの店でもできるわけではないと思います。
実は、これまで店を人に任せることを考えてこなかったのですが、もうすぐ別のコンセプトの店をオープンする予定なので、この店にスタッフを雇うことになります。そうなった時に、この店がどう変わっていくのか。実は結構ドキドキしています。でも、これまでのようにその都度頭を動かしながら、その変化を楽しみながら過ごしたいですね。
取材先紹介
- 梅田羊肉串
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- 取材・文山口美智子
- 写真吉本悠哉
- 企画編集株式会社 都恋堂