住所非公開・完全予約制・高価格スタイルのラーメン店「純麦」。人気を集める理由とは?

2023年4月に開業したラーメン店「純麦」は、住所非公開・完全予約制で、提供するメニューはこだわりのラーメンに前菜とデザートを加えたコース料理「純麦御前」(税込6,600円、2024年11月現在)の一種のみ。強気な条件ながらもお客が殺到し、予約困難の店としてSNSや動画サイトを中心に大きな話題となっています。

一見、集客が難しそうな営業形態でありながら、開業してすぐに人気店となることができた理由は何なのか。そして、なぜこのような業態を思いつき、営業へと踏み切ることができたのか。店主の矢嶋 純さんに話を聞きました。

「居場所がほしい」という思いがラーメン職人を志すきっかけに

――矢嶋さんは、名店「麺処 ほん田」で働かれてラーメンの世界に入ったと伺いました。昔からラーメン職人を志していたのですか。

もともと飲食とは関係のない仕事をしていたのですが、食べることは好きで、ほん田さんにもオープン当初からお客さんとして通っていたんです。ある時、仕事を辞めることになって、平日の昼間から行くようになったら「人がいないから、暇なら手伝ってくださいよ」と店員さんに誘われて(笑)。

しばらくアルバイトとして働かせていただきましたが、ラーメン職人を志そうという気持ちはまったくなくて。転機となったのは祖母の死でした。私はおばあちゃん子で、両親が共働きだったため、祖母の家でごはんを食べるというのが子どもの頃の日課だったんです。祖母が亡くなった時は、自分の居場所がなくなってしまったかのような喪失感がありました。そこから「自分でお店を開けばお客さんが会いに来てくれて、そこが新しい居場所になるんじゃないか」と思い、ラーメン職人を志すようになりました。

店主の矢嶋 純さん

――「麺処 ほん田」を経て、知人と新たにラーメン店を創業されました。そして、矢嶋さんのアイデアでラーメン店の隣にかき氷店「ネコゴオリ」をオープンしました。今もSNSで大人気のかき氷店ですが、ラーメン店の隣にかき氷店を開いた狙いは何だったのですか。

共同創業したラーメン店も人気が出たのですが、夏の暑い日などに汗だくになって並んでもらうのが申し訳なくて、お客さんが涼めるよう、かき氷を提供しようかという話になったんです。ただ、オペレーション的にラーメンとかき氷を一緒に作ることができなかったので、結局、ラーメン店の営業終了後に店を間借りする形でかき氷店を始めることになりました。ワンオペで提供できる数には限りがあったのでLINE公式アカウント経由での予約制にしたところ、思いもかけず予約が殺到して。ちょうどお隣の薬局が店を閉めるということだったので、その物件をお借りして「ネコゴオリ」をオープンしました。

――ラーメン店とかき氷店の経験を踏まえ、2022年6月にラーメンとかき氷を提供する「雲のきれま」を三田(港区)にオープンされましたが、「100日間限定」での営業とお聞きしました。なぜ、100日間限定にしたのですか?

場所や設備の都合上、期間限定になったというのもありますが、「100日限定」と打ち出すことで、希少性を出せるんじゃないかという狙いもありました。実際、最後の日が近づくにつれて、お客さんがどんどん増えていって、本当にありがたかったです。

ワンオペ営業からたどり着いた、住所非公開・完全予約制・高単価というスタイル

――「雲のきれま」の営業を経て2023年4月に「純麦」をオープンされたわけですが、これまで関わられたお店とは異なり、「住所非公開・完全予約制」というシステムを採用されています。この狙いは何でしょうか。

明確な意図があったわけではなく、消去法でそうなったという感じです。「雲のきれま」の営業を終えて、以前やりたかったバーの営業も考えましたが、自分にはラーメン職人としての歴史があるし、私が作ったラーメンを食べたいという人がいるんだから、やはりラーメン店をやろうと思いました。

それで物件を探していたら、いまの場所が見つかって。お寿司屋さんの居抜きで、入った瞬間の雰囲気がとてもよく、製麺機を置ける広さ(15坪)もあったので、ここに決めました。ネックだったのは、駅から少し遠かったことです。

元の店の雰囲気が気に入ったため、内装は壁紙や照明を変えるなど最低限の変更にとどめている

――確かに、最寄駅から10分ほどの距離がありますね。

人通りも少ないので、パッと入ってきてくれる人は少ないはず。ただ、私もラーメン業界に長くいて、ありがたいことに少しは知名度もあったので、オープンしたらこれまでの常連さんが来てくださるのではないかという期待もありました。一方、行列ができて近隣にご迷惑をお掛けする事態は、これまでも何度も経験しているので避けたい。記帳制も考えましたが、周辺にカフェなどの休めるような場所もないため、完全予約制を採用することになりました。

住所非公開としたのは、防犯の観点が大きいですね。スタッフに来てもらうこともありますが、基本はワンオペなので住所非公開とした方が防犯上も安心なんです。

――住所非公開で、表に看板も出さないとなると、新規の呼び込みが難しい気もしますが、常連客と新規客の割合はどれくらいですか。また新規客を増やすためにどのようなことをされていますか。

常連さんと新規の方の割合はほぼ半々です。最近では、YouTubeを見て来たという新規の方が多いですね。集客については、最近はイベントに率先して出店するようにしているので、そこから認知していただけることも多いようです。

――ラーメンをコース料理として提供しようと思った理由はなんですか。

麺って、切る前は「麺帯」というロールの状態になっているのですが、一般的なラーメン店が1日100〜200杯提供すると考えた時に、麺帯は相当な重さになるんですよ。お店を開業する前、ずっと製麺機で麺を試作していたんですけど、やっているうちに、「あれ、これ一人じゃ持てない」と思いまして(笑)。一人で営業するのにちょうどいいのが、30杯分の麺帯でした。

矢嶋さんの背後にあるのが、純麦開業を機に購入した製麺機

ただ、1日30杯となると、客単価も上げていかなければならない。どうしようかと考えた時に「雲のきれま」で、お客さんがラーメンとかき氷をセットで食べていたことを思い出して、デザートみたいにかき氷を出してもいいなと思い付いたんです。

前菜を付けたのは、私自身がラーメンを食べる前に、メンマとかチャーシューをつまむのが好きだったから。ラーメンの前に、野菜とかお刺身とか食べられたらいいなという気持ちは前からあったので、前菜を出すことにしました。

この日の前菜は、ごまかんぱち、佐賀牛のハンバーグ、赤酢ダレをかけたビーツとナス、マグロとイカの刺身、ラーメンの出汁で作った茶碗蒸し。野菜は、山梨産の無農薬野菜を使用

魚介や昆布でだしを取った滋味深いしょう油スープに、自家製のちぢれ麺がマッチ。麺にはもち小麦が含まれていて、もちもち食感を演出。チャーシューには「ハヤシSPFポーク」を使用

ふわふわの氷に、すっきり甘い自家製の練乳と、イチジクのソースと果肉、ザクロの乗ったかき氷。ソースや具材は季節ごとに変わる

自分のこだわりよりも、お客を喜ばせたい気持ちが大事

――これまでのお話を聞いていると、矢嶋さんが関わってきたすべてのお店が繁盛している印象があります。ご自身では何がお客に評価されていると思いますか?

何をしたらお客さんが喜んでくれるかを常に考えながら行動してきたことがよかったのかもしれません。「自分が何をしたいか」より、「お客さんを喜ばせたい」という気持ちが大事だと思っていて。私、こだわりってあんまりないんですよ。協調性のあるタイプというか、あまり芯のようなものがないといいますか。

――意外です。こだわりが強いのかと思いました。

お客さんの意見もめちゃくちゃ聞きますね。例えば、営業してすぐの頃、住所非公開をやめてもいいかなと思った時期があったんです。でも、そのことをお客さんに話したら、「絶対公開はやめた方がいい、非公開がいいよ!」と皆さん言ってくださって。自分だけが知っている特別感がいいということで、引き続き住所は非公開にすることにしました。

料理もそうですね。ラーメンの味だけは自分がよいと思った味を貫いていますが、前菜は毎回メニューを変えて、新しい味にも挑戦しています。贔屓(ひいき)にしている農家さんやお魚屋さんから送られてくる食材を元に、毎日時間をかけてレシピを考えているんです。正直しんどさを感じることもありますが、お客さんには来るたびに違う料理を楽しんでもらいたい。予約されたお客さんのInstagramをさかのぼって、前に来た時はこれを食べてもらったから、今回は違ったものを出そうって、レシピを考えることもありますね。

料理はすべて矢嶋さんの手作り。細やかな味付けでコース全体を通して満足感のいく仕上がりとなっている

――なんだかとても愛情深いですね。

そうですね(笑)。やっぱり私、人が好きなんですよ。「スナックをやったら?」と言われることもありますが、やっぱり私はプライドを持ってラーメン店をやっているので。

――今後、何か取り組んでいきたいことはありますか?

「純麦」を始めたことで、おかげさまでイベントのお誘いや商品開発、コンサルティングなどいろいろな仕事の依頼をいただいています。基本的にお仕事の依頼は断らないようにしているので、新しいことにもどんどん挑戦していきたいですね。

取材先紹介

純麦
取材・文小野和哉

1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯にひかれて入ってしまうタイプ。

写真新谷敏司
企画編集株式会社都恋堂