【商売偉人伝】信頼と真心が国境紛争を解決⁉ 高田屋嘉兵衛の生き方に学ぶ!

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江戸時代後期、海運業者として活躍するだけにとどまらず、日本とロシアの間に起こった国際紛争を、平和的な手段で解決へと導くことに力を尽くしたのが高田屋嘉兵衛です。人と人との信頼関係を第一に考え、誰に対しても公正・公平な姿勢を貫くことで、最終的には巨万の富を築き上げた偉人・高田屋嘉兵衛から、商売をより良くするためのヒントを見つけてみましょう。

コミュニケーションこそが商売の命。強く結ばれた信頼関係で成功への道を歩む!

高田屋嘉兵衛は、1769(明和6)年、淡路国津名郡都志本村(現在の兵庫県洲本市五色町)に生まれました。

12歳の頃には、すでに親戚の家で働きながら商業や漁業について学んでいたそうですが、22歳になると、当時、大坂(現在の大阪府)の外港としてにぎわっていた兵庫津(現在の神戸市兵庫区沿岸部)に出て、灘の酒を運ぶ樽廻船の乗組員となります。

以来、嘉兵衛は懸命に働くと、船乗りとして出世を果たし、ついには船持船頭として独立すると、蝦夷地(現在の北海道)を舞台にした交易に力を注ぐようになります。こうして商売にまい進する嘉兵衛の姿は、幕府の目にもとまるようになり、物資輸送や漁場の開拓、択捉島への渡海路の開発などを命じられました。

ついにはその功績を認められ、名字帯刀を許されるなど、幕府との関係が強固なものになっていくと、その信用を背景に北海道での経営をさらに拡大。巨万の富を築いていきました。

また、1812(文化9)年にはゴローニン事件として知られる、日本とロシアの国境紛争に巻き込まれ、ロシアによって連行・抑留されます。

しかし、優れたコミュニケーション能力を駆使してロシア側からの信頼を勝ち取ると、両国の高官と交渉を重ね、紛争の平和的な解決に大きな役割を果たしました。

高田屋嘉兵衛に学ぶ商売の5カ条

【その一】まずは自分自身を信じるべし
【その二】利益は大きな視点から考えるべし
【その三】誰に対しても徹底して平等であるべし
【その四】信頼を得るため常に努力すべし
【その五】メリハリをもってお金を使うべし

【その一】自分を信じれば新しい挑戦だって怖くない!

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船持船頭として独立を果たした嘉兵衛は、1796(寛政8)年、当時、蝦夷地と呼ばれていた北海道で交易を始めます。この頃の北海道では、すでに近江商人の手によって開発された松前や江差の港が発展していました。交易の利便性などを考えた場合、これらの港に本拠地を置くことが順当といえましたが、嘉兵衛はあえてこの地を選択しませんでした。

このとき嘉兵衛が本拠地を置き、その将来性に賭けたのが、当時は人口わずか3,000人の寒村だった箱館(現在の函館)です。この選択には大きなリスクが伴いましたが、自分が手に入れた、幕府が北海道を直轄地にするという情報と、その際には港としての安全性に優れた箱館に奉行所を置くはずだという、自分自身の判断を信じたのです。そうした嘉兵衛の思惑は、見事に的中。箱館は東北海道の交易の中心地として発展し、これに合わせて嘉兵衛も商売人として大きな成功をつかんでいきます。

現代でも、お店を開店するときには、都心や繁華街といった人通りの多い場所に目が行きがちですが、その分、周囲にライバルが多くなってしまうのが難点です。逆にどんなに通いにくい場所にある店だとしても、それ以上のコンテンツさえ用意されていれば、人は自然と集まってくるものです。

昨今のコロナ禍において、外食は繁華街の店よりも、自分が暮らしている地元にある店を選ぶ生活者も増えてきています。状況をプラスにとらえる視点と先を見据える選択が重要だと、嘉兵衛は教えてくれます。

【その二】利益は独占せず、積極的に公共投資

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1806(文化3)年に箱館で発生した大火により、当時の箱館にあった全建物の半分にあたる350戸が焼失してしまいます。このとき嘉兵衛の店も被害に遭いましたが、その修繕以上に力を注いだのが、箱館の復興でした。

被災した住民に食料や衣類を配っただけでなく、新たに建物をつくるために必要な資材を各地から仕入れてきては元値で販売。井戸の整備や道路の改修、杉や松の移植など、それまで自分が得てきた利益を、惜しむことなく積極的に公共投資へまわしたそうです。

こうした嘉兵衛の努力もあって、その後、箱館の港はさらなる繁栄を遂げます。同時に、世の中から大きな信頼を得ることで、嘉兵衛のもとにはさらなる大きな商売が舞い込み、当時の三大豪商と呼ばれるような大成功をつかむようになっていきました。

お店を経営していると、自分だけの努力ではどうしても解決することが難しい課題にぶつかってしまうときがあります。また、万が一の事態に備えて、周囲の人や地域の店と共に問題を解決していくためにも、日ごろから周囲との信頼関係を築いておくことは重要です。困っている人や場面に遭遇したら、嘉兵衛のように持ちつ持たれつの精神を忘れることなく、積極的に手を差し伸べるようにしたいものです。

【その三】ブレない態度こそが信頼につながる

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嘉兵衛がよく口にしていたのが「皆人(みなひと)ぞ」という言葉です。これは、誰に対しても臆せず、偉ぶらず、対等であり、平等であることを信念とした嘉兵衛という人物をよく表しています。日本人は一番偉く、異国人は野蛮人であるとされた当時の日本では、斬新な考え方でした。商売においても常にこの姿勢を貫いたことから、商売相手からも非常に信頼されたそうです。

また、こうした嘉兵衛の信念は、どんな苦難に陥っても揺らぐことはありませんでした。1811(文化8)年、測量のために国後島に上陸したロシアの海軍士官ゴローニンが、幕府の役人に捕らえられる事件が起こります。このゴローニン事件の報復として、択捉島の漁場を視察していた嘉兵衛はロシア軍に拘束され、カムチャツカ半島のペトロパブロフスク(現在のロシア連邦極東連邦管区カムチャツカ地方の都市)に連行されてしまいます。

しかし、たとえ拘留されていても、嘉兵衛はロシアの役人に対して「皆人ぞ」の態度で臨みます。国が違えど同じ人間同士である限り、両国間を和解に導けるはずだと信じたのです。その結果、ロシア側からの信頼を勝ち取り、事件を解決へと導く突破口を切り拓いたのでした。詳細は【その四】に紹介しています。

お客さまからの信頼を得ることは、商売をしていくうえで非常に重要です。そのためには、誰に対してもフラットな態度で接する姿勢が必要な場合もあります。常連さんとご新規さん、たくさん買い物をしてくれる人とそうでない人など、相手によって態度を変えていては、決して本当の信頼は得られません。

どんな状況でもブレない信念をもつために、これから店をどう成長させたいのか、商売を通じてどんなことを実現していきたいのか……。嘉兵衛が「皆人ぞ」とよく口にしたように、自身のスタンスを常に確認できる機会を設けるのも一考です。

【その四】コミュニケーション能力は身につけて伸ばすもの

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ロシアに抑留されていたとき、嘉兵衛は相手との信頼関係を築くためには、まず相手の話す言葉を知ることが大切だと考えます。そこで世話役の少年から言葉を学び、ロシア語を習得。ロシア文化を理解することにも積極的な姿勢で臨んだといわれています。その結果、ロシア人と対等にコミュニケーションがとれるようになり、ロシアの高官と友情にも似た信頼を勝ち取ることで、ついに釈放されました。

さらに嘉兵衛は、そのコミュニケーション能力をいかんなく発揮することで、幕府とロシアを仲介。両者の間に立って粘り強く交渉を重ね、日本で捕虜となっていたゴローニンの釈放に力を尽くし、日露双方から感謝されることとなりました。

お客さまへの説得材料や店の魅力を高めるためには、常に学ぶ姿勢が重要だと嘉兵衛の姿から学ぶことができます。例えば飲食店ならソムリエや唎酒師、物販の場合ならインテリアコーディネーターやカラーコーディネーターといった資格取得も、商売をステップアップさせることに役立ってくれるかもしれません。

また、接客において大切なコミュニケーション能力は、一朝一夕に高められるものではありません。常に能力を伸ばすことに意識を傾けているからこそ身についていくものなのでしょう。

【その五】商売には妥協せず、常に一流の品で勝負!

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商売が成功し、大きな財を築いてからも、嘉兵衛は決して贅沢な生活を送ることなく、生涯を通じて粗衣粗食を貫きました。

しかし、これが商売のこととなると一転。お金に糸目はつけなかったようです。実際、はじめて建造した船である辰悦丸は1,500石積み(トンに換算すると約220~230トン)で、当時最大級を誇る船でした。その建造費は1,500~2,000両(現在の貨幣価値に換算すると8,800万円〜1億1,880万円)くらいかかったといわれています。また、安全な航海をするために必要な望遠鏡は105センチもある特注品で、こちらも非常に高価なものでした。

こうした話に代表されるように、普段は粗末な暮らしをしていても、商売に関しては決して妥協することなく一流の品々を揃えることを、嘉兵衛は常に心掛けたそうです。

商売ではムダな経費を削減することが必須ですが、ここぞという場面では思い切った先行投資が必要な場合もあります。たとえ目の前では大きな出費であったとしても、そう遠くない未来、それは何倍もの利益になって戻ってくることを信じて、嘉兵衛は一歩を踏み出しました。

投資にあたっては決断力とともにメリハリをつけることが重要。常に優先順位を考えておきながら、適切なタイミングで投資する視点を養う大切さを嘉兵衛は教えてくれるようです。

商売は、信頼とコミュニケーション!

良心と勇気をもって商売に臨み、現在の相場で1兆円を超えるともされる巨万の富を築き上げた高田屋嘉兵衛。しかし、どんなに商売で成功しようとも、公正・公平を第一に、人と人との信頼関係を大切にしたその姿勢には多くの学びがあります。

また、商売を成功に導く上でコミュニケーション能力が大切であることも、嘉兵衛の生きざまからうかがい知ることができます。削るべき費用は徹底して削り、商売に必要なことにはお金を惜しまない姿にも、商売へのヒントが隠されているのではないでしょうか。

 

参考資料

北海の豪商 高田屋嘉兵衛/柴村羊五著/亜紀書房

NHK 知恵泉「一兆円を築いた男 ビジネスチャンスをつかめ!高田屋嘉兵衛」
https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A201409162300001303100

函館市公式観光情報 函館に歴史を刻んだ偉人
https://www.hakobura.jp/deep/2010/08/post-140.html

函館市文化・スポーツ振興財団 函館ゆかりの人物伝
http://www.zaidan-hakodate.com/jimbutsu/04_ta/04-takadaya.html

高田屋顕彰館
http://takataya.jp/nanohana/nanohana.htm

読売新聞オンライン 時代の荒波に向かった高田屋嘉兵衛
https://www.yomiuri.co.jp/hobby/travel/ryokou-select/20210423-OYT8T50012/

兵庫おでかけプラス 豪商・高田屋嘉兵衛の足跡一挙 洲本、PRに本腰
https://www.kobe-np.co.jp/news/odekake-plus/news/detail.shtml?news/odekake-plus/news/pickup/201707/10394533

スノハラケンジ

日本史を中心とした社会科学から自然科学まで、執筆・インタビューを幅広く手がける。代表作として『なぜエグゼクティブは、アラスカに集まるのか』(幻冬舎メディアコンサルティング)。近年では『古代・平安時代の偉人に聞いてみよう!』(岩崎書店)、『全国 御城印 大図鑑』(宝島社)などの制作に携わる。第3回江戸文化歴史検定受検において1級を取得。

イラスト沼田光太郎

雑誌、広告、ポスター、web、映像媒体でイラストレーション、漫画、アニメーション、を制作。2019年11月 文芸社より絵本「バナナうんち」(原作 はりまりえ/文・絵 ぬまたこうたろう)発売。テーマソング「バナナうんち」作詞・作曲・歌を担当。