臼井健一郎さん直営3号店誕生!飲食店激戦地への出店戦略と「支持される店」のつくりかた

とんかつ・カツ丼専門店「かつや」で知られるアークランドサービスホールディングス株式会社を成長させた立役者・臼井健一郎さん。2021年に同社から独立し、現在は飲食事業やコンサルティングなどを担う株式会社U.RAKATAを経営しています。

2022年8月には直営の飲食店「フランス大衆食堂ブイヨン」を本郷三丁目(東京都文京区)に、翌年9月には小石川(同区)に2号店を開店。そして2024年7月、門前仲町(東京都江東区)に3号店が誕生しました。飲食事業のプロフェッショナルによる「フレンチ×大衆食堂」の歩みをたどりながら、戦略的な出店計画の裏側と、地域・スタッフを含めた「支持される店」の育て方に迫ります。

激戦区でも同じ土俵に上がらずに、戦わずして勝つ

――ブイヨン小石川(2号店)のオープンから10カ月ほど経過しました。1号店・2号店を含めた現在の状況をお聞かせください。
おかげさまで両店舗とも順調です。小石川はメインの通りから少し離れていることや半地下という立地もあって最初は少し苦戦していましたが、現在はだいぶ持ち直し、認知度アップと共に売り上げが上がってきています。

――苦戦を払拭できた要因はどこにあるとお考えですか。
駅前でチラシを配布したり、夜間の看板の視認性を上げるべく内装を変えたりしましたが、基本的には口コミでだんだん認知度が上がっていきました。SNSではなく、来店いただいたお客さまが別のお客さまを呼んでくださるリアルな口コミです。

――この動向は1号店(本郷三丁目)とは異なるのでしょうか。
そうですね、本郷三丁目とは売り上げの構成が異なっています。小石川は平日のランチタイム需要はそこまで多くはないのですが、週末はずっと満席が続いている状況ですね。近隣住民の方々にファミリーレストランのようにご利用いただいています。

臼井さんの率いるU.RAKATAでは直営店の運営に加え、飲食業のプロフェッショナルとしてのノウハウを提供するコンサルティング事業も担う

――そうして迎えた3号店ですが、門前仲町を選んだ理由をお聞かせください。
以前から門前仲町は個性ある飲食店が多いことや働く人も住まう人も多いことから、魅力を感じていたエリアでした。そこにようやくいい物件が見つかった、という感じです。

――飲食店が多く激戦区のように感じますが、どんな点に勝算を見出していますか。
周辺人口の過密とともに多くの飲食店が存在しますが、偏りがあります。例えば、近隣では中華料理店やラーメン店、とんかつ屋なども並びますが、ターゲットが男性側に振れている印象があり、女性をターゲットにした店がほとんどありません。

門前仲町は駅から少し離れると住宅街ですし、歩いて10分ほどの場所にある月島には多くの新興住宅が存在するのですが、門前仲町や月島に暮らすファミリーが行ける店が多くないことにも以前から着目していました。

差別化という考え方ではなく、同じ商圏に無い業態を新たにつくるといった意味で“周辺のお店と同じ土俵に上がらない”ということです。そもそも飲食店同士で戦うことはありません。似たようなものをつくることは、結果的に価格競争になってしまい、提供する品の本質を見てもらえなくなりますから。

フランスで語り継がれる「ブイヨン」のストーリーが3号店にて初披露!臼井さんの手書きなのでぜひご一読を

店舗間のスタッフ交流でノウハウを蓄積し、双方のQSC向上を狙う

――1号店、2号店の経験から、新店に盛り込んだ工夫はありますか。
内装のイメージや、店舗スタッフの動線を同じにするという点は1号店、2号店と変えていませんが、この店舗はかなり小さめで16.5坪しかありません。そこで、席の間隔を少し狭くしました。というのも、2号店は少し広めに造っていたので、声を張らなくても会話できます。そのため落ち着いた雰囲気を醸成できるのですが、活況な空気は醸成されにくかったんです。そこで、今回は席同士をコンパクトに寄せてみようと考えました。これにより、広い店と狭い店とでの売り上げや客数、今後の出店戦略を立案する際に重要となる客層の比較分析が可能になると思います。

コンパクトな店内。客席の間隔もあえて狭めになっているが、活気を感じる空間にする狙い
壁のアクセントカラーとアートポスターは1号店から統一。業務用冷蔵庫はインテリアになじむよう、赤のカッティングシートを手貼りしたそう

――多店舗展開を見据えた戦略で、新たな内容や注力点があればお聞かせください。
スタッフ育成の観点でいくつかあります。

オープニングスタッフの構成を一新し、ブイヨン育ちのスタッフを中核に

これまでは、自分の意図を理解してくれるU.RAKATA創業メンバーを中心に店を立ち上げてきました。しかし、今後の多店舗化を考え、3号店はこれまでの1・2号店で育った人間を中心に、入社したばかりの社員や新卒スタッフを中心にスタートさせています。

スタッフのキャリアプランを構築。新規出店はその機会の一つ

社員が増えてきたこともあり、彼ら彼女らがキャリアプランを描けるようにしたい。店舗数が少ないと、例えば店のトップである店長になれる人数が限られてしまいます。ずっと2番手・3番手のままではなく、早くその店の1番手になりたいと奮闘するスタッフがキャリアプランを実現できるような体制を整えたいと考えました。今後もさらに出店を続けないと、ですね。

スタッフ教育は、社長自らが客となって「お客さま視点」を伝えることから

以前から、僕はできる限り客として店に足を運び、「今回は良かったね」「楽しかったよ」「メイン料理の付け合わせ食材がつまらないかもね」といった感想を伝えています。スタッフはどうしても厨房(ちゅうぼう)からものを見てしまうので、お客さまをもっとよく見てほしい。そのためには、客として自分が入って伝えることが一番だと考えています。

3号店のオープニングスタッフはこれまでと異なり、1・2号店で実績を積んだスタッフに新卒社員も加えた若手メンバーが中心

――多店舗展開にあたり、今後も徹底して残す施策や考え方は? 
何より「大衆感」。日常性、気軽さという点は揺るがさずに、堅苦しくないサービスを提供したいですね。メニュー自体もそうですが、きれいすぎないお料理をイメージしています。

あとは、店舗同士で数字を争わないことです。数字の影響は立地がほとんどですよね。売り上げが良くて利益が出ている店にたまたま配属されている場合もあれば、売り上げが悪い店の店長のほうが少人数で最善のオペレーションをしようと頑張っているケースもあります。そこで、評価は「QSC(Quality=品質、Service=サービス、Cleanliness=清潔さ)」の観点から行うべきだと考えています。

その点をふまえ、スタッフには曜日単位などで店を行き来してもらい、交流させています。そうすることで店舗ごとのノウハウが別店舗で活躍するスタッフにどんどん蓄積されていくので、スタッフ全員のQSCが向上するはずです。これから店舗数が増えても変わらずに行うつもりです。

取材時は3号店のグランドオープン2日前。創業メンバーである若林さんとともに開店準備が和やかに進められていた
2024年8月からはランチも開始。ファミリーに加えて近隣で働く人も多いため、平日・休日ともに需要が見込める

値上げはコンセプトと需要を見極めて慎重に、工数圧縮策も検討を

――材料費高騰が続いていますが、乗り切るための策として実行していることはありますか。
原材料の高いメニューはいくつか、少しだけ値上げしています。ただし、お客さまの負担が大幅に増えることはないように、キャンペーンなどでお得なメニューを設定したり、月に一度の限定メニューを出したりもしています。

ブイヨンのコンセプトは「大衆感」ですし、お子さま連れのご家族が客単価5,000円を超えてしまうと日常性から離れてしまいますよね。そこで、お子さまにも人気のフライドポテトは値上げしないというように、需要も見ながら客単価が上がりすぎないように考えています。

――店舗が増えていく中で、今後のコストや工数の圧縮につなげるために動いていることがありましたらお聞かせください。
ブイヨンは1号店を出してから1年後に2号店、その10カ月後に3号店、次は半年、3カ月……という具合に出店スパンを短く見込んでいます。現在は基本的にすべて店内で調理しているため、このままでは品質がぶれてきてしまいます。そこでOEMでPB(プライベートブランド)の商品を作って品質の統一を図りながら、調理工程も圧縮していきます。実際に今、いくつかの計画を進行しています。

――オリジナルメニューのPB商品を店舗で使うということでしょうか。
そうです。定番商品で、例えばレバーペーストのように下準備から調理までにかなり工数を要するものをPBでつくることで作業時間を圧縮していきたいですね。ただし、提供数が増えないと逆にコストがかさんでしまうので、それを見越して4店舗、5店舗と出店スパンを早めていかなければと思います。

――ブイヨンの出店はさらに勢いを増していきそうですね。
ブイヨンとしてある程度の数を出店させることは当初からイメージしていて、立地の目星も付けています。来年の夏頃までにはあと2店舗を予定していますが、その出店ができれば調理体制や調理や接客のマニュアルなども整い、年間3〜4店舗は出せるようになると考えています。

「大衆感」がコンセプトのブイヨンはリーズナブルな価格設定も魅力。3号店のワインリストはこの春の新卒社員による手書き

苦しい時は数字を見直すよりも先に、原点に立ち戻る

――今、飲食店はどのような時代を迎えていると感じていますか。
外食の売り上げは戻ってきている部分もありますが、その多くはチェーン店であり、しかも食事がメインでお酒などの深夜需要はまだ戻っていないと思います。食事の時間帯はだんだん早まっていて、お酒を飲む時間は短くなっています。そうした変化には、敏感に対応していかなければならないと感じます。

――昨今の飲食店におけるDXについて、臼井さんのお考えをお聞かせください。
実は、DXについて僕は懐疑的な方なのですが……、すべてがオートメーション化され、機械がお料理を運んでくるのであれば、もうコンビニでもいいのでは?と思うんです。

コンビニではなく、飲食店に行きたいと思わせる理由は何かというと、やはり「人と人との接点」です。人件費の問題や人材確保の課題から、機械化が必要とされるのは理解できます。それでも、本来の「強み」を生かせる店だけがさらに強くなれますし、そういう店でなければいい人材は集まらないと思います。

――今の飲食店経営者は何を大切にして、どうアクションすべきでしょうか。
一番大切なのは、「なぜ自分が飲食店を始めたのか」原点を振り返ることです。数字が苦しいときは、その数字だけをなんとか直そうとしてしまうけど、それよりも大切なのは「初心」。状況が苦しい時にやるべきことは、絶対に原点回帰です。「料理を出してお客さまを喜ばせたい」という目的に立ち戻ってほしいですね。

「苦しくなったら初心を思い出してほしい。お金持ちになりたいなら外食事業なんてやめたほうがいい」と語る臼井さん

――ちなみに現在、U.RAKATAにはどんな課題がありますか。
ランチタイムのスタッフ、パート・アルバイトさんの採用が難しいですね。団塊ジュニア以降の労働者人口が減少傾向にあるため、主婦層で仕事を探している世代は今後ますます減っていくと予想され、採用は本当に大変になると思います。

大手チェーンなど多くの飲食店は、これまで人件費を抑えるためにアルバイトスタッフで運営できる店を展開することが多かった傾向にあります。そのため、アルバイトの採用が困難だからといって社員採用にシフトすると、ビジネスモデルが崩れてしまいます。そこでDXなのでしょうが、それだけで人件費が十分下がるとはいえません。

U.RAKATAではフルタイム雇用だけでなく、早番だけの社員という形態の採用もはじめており、店舗運営は社員で補強していこうと考えています。

――ブイヨン以外のブランドは検討されていますか?
フランス料理ではない大衆食堂についても並行して考えながらですが、とんかつ屋から3年ほど離れていたら、ちょっとやりたくなってきたんですよね(笑)。従来のとんかつは本当にとんかつと言えるのか、本当においしいとんかつってなんだろう?って追究したくて。その時は前職の仲間に気づかれないようにこっそりやります(笑)。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。
今いる従業員のみなさんがしっかりとキャリアを積んでいけるように出店を重ねながら、お客さまに新しい視点で喜んでいただけるような業態をつくっていきたいですね。そして先々の会社の存続を考え、IPOを視野に入れて引き続き進めていこうと思います。

取材先紹介

取材・文前田実穂

編集ライター、メディアディレクター。原宿カルチャーから社会インフラまで、そしてローティーンからシニアまでとジャンル・世代問わず幅広く経験。飲食と接客が好きすぎて、下北沢でバルの開業・運営実績を持つ(約6年)。実はITOベンチャーのCRM職出身という異色の経歴も。

写真野口岳彦
企画編集株式会社 都恋堂