食べ歩きは最高のインプット。「魯珈」店主・えりつぃんさんの「通いたくなるお店」

SPICY CURRY 魯珈の店長、齋藤絵理さんの写真

「spicy curry 魯珈~ろか~」店主にして、生粋の食べ歩き通でもある齋藤絵理さん。そんな彼女の「通いたくなるお店」とは?


一度ならず、何度も足を運んでくれる“おなじみさん”は、飲食店にとって心強い存在です。そうした常連客の心をつかむお店には、どんな共通点があるのでしょうか。また、お客さんから見た場合、どういうお店が「通いたくなるお店」なのでしょうか。

今回は、東京のカレー激戦区・大久保に店を構える「spicy curry 魯珈~ろか~」店主・えりつぃんこと、齋藤絵理さんが登場。「私のいない魯珈は魯珈じゃない」と断言し、調理から接客まで全てを1人で行いながらも、休日は必ず"食べ歩き”を欠かさないという、生粋の食オタクでもあります。

そんな彼女が「通いたくなる店」は、自身のお店をカレーシーン屈指の人気店に育てるためのヒントが詰まった場所でもありました。

SPICY CURRY 魯珈の店長、齋藤絵理さんの写真
齋藤絵理さん

東京・大久保のカレーと魯肉飯の店「spicy curry 魯珈~ろか~」店主で、カレー料理人。学生時代から食べ歩きが好きで、現在もTwitterやInstagramで日々の食レポを継続中。

趣味=食べ歩き。齋藤さんをつくったカレー&ラーメンの名店たち

――齋藤さんのSNSを見ていると、食べ歩きのレポートがかなりの頻度で上がっていますよね。

齋藤絵理さん(以下、齋藤さん):店休日の土日は、仕込みの合間に欠かさず食べ歩きします。大阪などの地方に日帰りで行って、三軒くらい回ってから帰ってくることもありますよ。メニューは基本的にカレーかラーメンに絞っていて、麺はいくらでも食べられるんですが、カレーはルーを多めに食べたいので、ご飯は少なめにしてもらっています。

――いつから食べ歩きをするようになったんですか?

齋藤さん:自分のお金で始めたのは大学生くらいですね。でも、もともと両親がグルメな人たち。母は少女漫画家で家事ができないくらい忙しいこともあって、小さい頃から外食が多かったんです。いろいろな国の料理を食べてきたので、自然と食オタクになっていきました。

――食の英才教育ですね。その中でもひときわ魅力的だったのが、カレーだったと。どうしてそんなにハマったのですか?

齋藤さん:家が渋谷に近いので、よく「ボルツ*1」さんや「ムルギー*2」さんに行っていたんですが、そこでスパイスをふんだんに使ったカレーに出合って開眼しました。カレーが他の料理と一番違うのは、“香り”を食べる料理だというところ。スパイスの香りにハマってしまったんです。

高校生の時には「将来カレー屋になる」と周りにも公言していて、海の家でも、野球場でも、友人と牛丼屋さんに行っても一人だけカレー(笑)。カレーならなんでも好きで、どこへ行ってもカレーばっかり食べていました。

――そこからさらにスパイスカレーの深みへと突入していくんですね。

齋藤さん:大学生になってアルバイトを始めて、自分のお金で食べ歩きするようになってから神田小川町の「エチオピア*3」さんに行った時に、すごい衝撃を受けました。当時はクローブとカルダモンが際立ったカレーは珍しく、辛さ70倍なんかは食べると激しい味わいなのに、食べ終わった後に「ああ、おいしかった」と独り言が出るくらい中毒性があって。

また、カレー屋になるにあたって修行したのが南インド系の「エリックサウス*4」というお店だったのですが、南インド系のカレーを学びたいと思ったのは、麹町の「アジャンタ*5」さんで食べたマトンカレーとラッサムがきっかけでした。めちゃくちゃおいしいんですよ。今でも毎年元旦にアジャンタさんでカレー初めをするのが恒例になっています。

この2店(エチオピアとアジャンタ)は、私のカレー人生に大きく影響しているお店ですね。

――ちなみに、ラーメンはどうして好きになったんですか?

齋藤さん:小さい時から麺類が好きで、最初にハマったのは「紀州和歌山らーめん まっち棒」さんという豚骨ラーメン屋でした。いまは溝の口に移転したんですが、当時は実家の近所にあって、246号線まで豚骨の香りが漂ってくるくらい強烈なスープに中毒性があってとても好きでした。

ラーメンの魅力的なところは出汁ですね。ラーメンの出汁に使う煮干しには、スパイスと通ずるものを感じます。香りも強いし種類もたくさんあって、構成が似ている気がして。

――食べ歩きするお店はどうやって選んでいるんですか?

齋藤さん:カレーはInstagram、ラーメンはTwitterで情報収集して、ビビッときたものをチェックしています。あとはうちに来てくださるお客さまからおすすめを聞くことが多いですね。食べ歩きを趣味にしている方が多くて、「ここ行きました?」といつも情報交換しています。

心がけているのが、口コミサイトは参考程度にして、気になったお店は自分で体験して自分で感じること。同じお店でも行くタイミングによって印象の違いはあるし、口コミを書いている人の性格や味覚も人それぞれですから。そうしないと、自分が好きな店は見つけられないと思います。

振り切った店には、何度も行きたくなる中毒性がある

SPICY CURRY 魯珈の店長、齋藤絵理さんが話している様子

――お話を聞いていると、「中毒性」というワードがよく出てきている気がします。もしかして、これが齋藤さんの「通いたくなる店」の共通項なのでしょうか?

齋藤さん:そうですね。刺激的で中毒性のある、振り切った店が好きなんです。万人に受ける優等生タイプの味ではなくて、とにかく攻めた激しい味。そういうところは、行列店になることが多い気がします。

例えば、カレーなら上野や銀座にあるカシミールカレーの「デリー」さんは信じられないくらい辛いんですけど、大学生からおじいちゃんまで並んでいる。個性の尖ったお店って、ハマると抜け出せなくなるし、他の店では代わりがきかないから、並んででも食べたくなるんだと思います。

最近だと、東京・雑色にある「宍道湖しじみ中華蕎麦 琥珀 東京本店」さんのしじみラーメンは、ここ一年ほどで食べたラーメンの中で一番衝撃的でした。貝出汁ってエレガントなイメージだったので、たぶん私の好みじゃないだろうと思っていたら、予想を上回るしじみの強さ! しじみ本体を食べるよりしじみの味がして、完全に振り切っていましたね。

あとは、3時間くらい並ぶので、ここぞという時に行くのが欧風カレーで有名な荻窪の「トマト」さん。欧風カレーって、コトコト煮込んだ甘味のあるカレーのイメージじゃないですか? でも、ここはスパイスがガンガン効いている。ビーフタンカレーやシーフードカレーなど3,000円以上するカレーもあるんですけど、すごく手間暇かけて作られていて価格に見合うおいしさなんです。

――かなり振り切ったお店ばかりですね。例えば、味以外にもお店の雰囲気や接客なども、通いたくなる要素になることはありますか?

齋藤さん:それはもう、一番大事ですね。さっきも話していたエチオピアさんはいろいろなところに店舗があるんですが、私は高田馬場店にばかり通っているんです。それは、スタッフのみなさんがすごく話しかけてくれるから。私がカレー屋だとバレているので(笑)、「最近お店どう?」と声をかけてくれたり、カレーの話をしたり。そういったお店での人と人とのやりとりが、すごく好きなんです。

自分でお店をやり始めてから、食べ歩きの時も接客に目が行くようになりました。そして、良いものは取り入れる。自分だったらどんな接客をしてほしいかというのを、お客さん目線で学ばせていただいています。

SPICY CURRY 魯珈の店長、齋藤絵理さんが店内で作業をしている様子

――お店のスタッフとお話しするのは、どんなタイミングですか?

齋藤さん:お店の邪魔になりたくないから自分からは話しかけないけれど、スタッフさんから話しかけてもらえたら、話してOKと判断しています。でも、もし一言も会話しなかったとしても、帰り際には必ず「ごちそうさまでした!」と言うと決めています。自分がお店で立っている時に、無言でお客さまが帰られると切ない気持ちになるから(笑)。

――斎藤さんは魯珈で接客される時、積極的にお客さんと話されているなぁと思いました。

齋藤さん:かなりしゃべりますね。初めて来店されたお客さまにも、必ず自分から話しかけるようにしています。それが私の理想とする、お客さまとお店との距離感です。遠方からわざわざ来てくださった方、たまたまお休みで寄ってくださった方、みなさんいろいろな理由をお持ちですが、自分がお客さんの時も「今日はこういう理由でここに来たんです」という想いをお店の人に聞いてもらえるとうれしいから。

それに、せっかく食事をしに来ているのに、張り詰めた空気が充満してて、注文もタイミングをうかがわないといけないお店だと疲れるじゃないですか。もちろん、例え圧が強いお店でも、それが店主の職人肌からくるものだったり、お店のカラーになっていたりする場合は、それが良いと思うこともあります。

店を知りたければ“限定メニュー”をオーダーすべし

SPICY CURRY 魯珈の店長、齋藤絵理さんが店内でカレーを調理している様子

――斎藤さんがお店をやるようになってから、「通いたくなる店」の基準は変わりましたか?

齋藤さん:大きく変わったのは、限定メニューの頼み方ですね。お店をやる前は、初めてのお店では必ずその店の定番メニューや名物などを食べていたんです。うちのお店だと「ろかプレート」で「魯珈チキンカレー」を選んでいただくみたいなものですね。でも、実際に作り手になってみて、自分がその時に一番作りたいものをぶつけているのは、限定メニューだと気づいたんです。

魯珈の場合、毎週水曜日に即興で1種だけ「限定カレー」を出すんですが、その時の自分が最も影響を受けている料理から、アイデアが生まれてくる。例えば、食べ歩きですごくおいしい麻婆豆腐に出合ったから、それをカレーでオマージュしたい!とか。自分が“今”おもしろい、作りたいと思っているものが限定メニューには現れているんですね。トレンドや旬の食材を取り入れることもできますし、挑戦し続けるためのキャンパスのような存在です。

だから、他のお店でも限定メニューを食べると、その店の店主が今何を面白いと感じているのか、表現したいと思っているのかを知ることができるんです。限定メニューがおいしかったり、作り手の感性に魅力を感じたら、またレギュラーメニューを食べに行けばいい。限定メニューがおいしいということは、デフォルトでも相当おいしいだろうって思いますから。これは本当に、作り手になってから変わったことですね。

――魯珈の限定カレーは毎週作っているんですか? 相当な数になっていそうですが……。

齋藤さん:毎週欠かさず作っていて、7年目で300種類くらいになっています。自分でも早急にネタ切れするかなと思っていたのですが、食べ歩きをすると必ずヒントが見つかる。

例えば、今日出していた「せりにぼ」というカレーは、去年「食堂七彩」というラーメン屋さんで食べた、芹と煮干しのラーメンが元になっています。今年も芹のシーズンが来たのでパッとひらめいて、あの組み合わせを試してみようと思って作ったんです。限定カレーには本当に、ダイレクトに食べ歩きの影響が出るので、SNSを見てくださっている常連さんには「ああ、先週あれを食べていたから、今週の限定はこうなったのね」なんて言われることもよくあります(笑)。

SPICY CURRY 魯珈で提供している限定カレー「せりにぼ」の写真

芹と煮干しのラーメンにインスパイアされたという「せりにぼ」
(写真は「プチカレー」サイズ)
※現在は提供終了

――これもまたお客さんとの良いコミュニケーションツールになっていますね。

齋藤さん:そうですね。常連さんは必ず注文してくださいますし、コレクションするように毎週欠かさず食べてくださっているお客さまもおられます。とってもありがたいですし、続けてきてよかったと思います。

あと「毎週限定カレーを作る」と自分にプレッシャーを掛けることで、食べ歩きというインプットもサボれない。だから、欲張らずに夜営業は週2回、店休日も死守する。食べ歩きの時間をつくって、元気に営業するための体力を温存するようにしています。結果的に良いサイクルが生まれていますね。

魯珈は、自分が「通いたくなる店」の要素を詰め込んだ場所

SPICY CURRY 魯珈で提供している限定カレー「せりにぼ」の写真

カレーと魯肉飯をあいがけにした看板メニュー「ろかプレート」

――ここまでたくさん斎藤さんの「通いたくお店」を伺ってきましたが、あらためてそこで見た全ての要素が「魯珈」に詰まっているなと感じました。

齋藤さん:私が食べ手としてお店にやってもらえたらうれしいことを、魯珈でもやりたいと思っています。このお店は、自分で調理して、自分で料理を運んで説明して、最後にお見送りするまでの全部を、私一人でやることにこだわっています。

特にお見送りは、そのお店での食事体験の印象が決まる重要な瞬間だと思っていて。食事中に何を話したかという内容よりも、店を出る時にいい雰囲気で送り出してもらえたことで、そこでの食事体験が「楽しかった」という印象で着地する。それで、また来ようという気持ちになると思います。

お料理がどんなにおいしくても、ただ食べただけだと記憶には残らない。だから、私も最後のお見送りの瞬間まで、お客さまの顔を見て笑顔で感謝を伝えるようにしています。

――店舗を増やさないのもそれが理由だったんですね。

齋藤さん:お店って味だけじゃなくて、トータルの雰囲気や接客も含めてお店だし、「私のいない魯珈は魯珈じゃない」と思っています。

一方でコンビニやレトルト商品の監修は、積極的にやっていきたい。より多くの人に、スパイスカレーのおいしさを知ってほしいからです。お客さまの中には遠方であったり、お子さんがいらしたり、身体が悪かったりで直接お店に来られない方もいらっしゃいます。商品化はそういったお客さまに魯珈のカレーの味を届けることができる方法。ただ、商品開発をする時はすごく時間をかけていただいていて、自分がおいしいと思うまで絶対にOKを出さないので、担当者さまにはご苦労をかけていると思いますが(笑)。

――記帳制*6にされているのも、お客さまひとりひとりと向き合うためなのでしょうか。

齋藤さん:そうです。一人で全部やっているので、記帳制にする前は本当に余裕がなかったんです。日によっては3、4時間待ちの行列ができてしまって、近隣のお店から苦情が来たり、「早く回さなくちゃ」というプレッシャーに追われたり、体力も限界でとてもつらかった。そんな様子を見ていたお客さまが記帳制をおすすめしてくださったんです。

今のスタイルになってからは、1回1回のラウンドごとに仕切り直しができるし、お客さまともコミュニケーションがとれるようになって、より良いサービスが提供できるようになったと思います。

お店でお客さまとしっかりコミュニケーションしているので、SNSもその延長で多くのコメントをいただけているのだと思います。コメントには必ず返信するというのも、自分で決めているルール。どんなに忙しくても、お客さまが時間をつくって打ってくれたコメントに全力でお返ししたいんです。

そういったSNS上でのやり取りを見て、まだ魯珈に来たことのない方も「行ってみよう」と思ってくださると考えているので、私自身もお店に来てもらいやすいオープンな空気感を出すことを意識しています。私にとっては大事なツールですね。

SPICY CURRY 魯珈の店内写真
SPICY CURRY 魯珈の店内にあるカレー色の電卓の写真
お客さんが作ってくれたという、魯珈のミニ看板/会計用の電卓もカレーカラー!

――今後、「お店をもっとこうしていきたい!」という展望はありますか?

齋藤さん:お一人さまが気軽に来ていただけるお店でありたいと思います。私も一人でやっているし、こちらからガンガン話しかけるので。お仕事帰りに立ち寄って、カレーで元気になってもらえる、治療院のような場所になれたらいいですね。忙しい時は「今日はベストな接客ができなかったな」と反省することも多いので、自分の精神状態をもっと鍛えたいです。

――十分ストイックだと思いますよ! ちなみに、今一番テンションが上がる瞬間はいつですか?

齋藤さん:やっぱり、おいしいカレーに出合った時。もう次の日からお客さまに「絶対行ってください!」と言いまくっちゃいます。おいしいカレーで元気をチャージして、スーパー銭湯に入っている時が最高に癒やしですね。「ああおいしかった〜ぷかぷか〜」って(笑)。

SPICY CURRY 魯珈の店主、齋藤絵理さんが食べ歩きをしている様子

お店の営業を終えた後も、食べ歩きは欠かせない

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【お話を伺った人】

齋藤絵理さん

齋藤絵理さん

東京・八重洲の名店「エリックサウス」にて7年間の修行ののちに、2016年に大久保に魯珈をオープン。開店わずか2年で名店の仲間入りを果たす。カレー店を経営する傍ら、コンビニ商品や大手スーパー取り扱いのレトルト商品の監修も手掛ける、カレー業界が生んだスパイスの女神。

Twitter:@erichincurry
Instagram:@erichincurry

【取材先】

spicy curry 魯珈~ろか~

spicy curry 魯珈~ろか~

住所:東京都新宿区百人町1-24-7 シュミネビル 1F
Twitter:@spicycurryroka
Instagram:@spicycurryroka

取材・文/井上麻子
京都生まれの食べ飲み盛り。飲食店・生産者取材で全国を巡りつつ、時に都内某所のバーに立ち、時に日本酒のポップアップを開催することも。文字とフィジカルのダブルで食を伝えています。5000円あったらリッチなランチが食べたいです。

Podcast:らいおんとアサコのロッカールーム

撮影:上原未嗣

編集:はてな編集部

編集協力:株式会社エクスライト

*1:80年代の激辛ブームで知られたカレーチェーン。現在は渋谷本店を含むほぼ全ての店舗が閉店、一部店舗のみが存続している。

*2:1951年創業、渋谷道玄坂に店舗を構える老舗カレー店。「玉子入りムルギーカリー」が看板メニュー。

*3:1988年創業のカレー店。カレーには12種のスパイスを使用し、辛さは最大70倍まで調整できる。神田の本店ほか、メニューの幅を広げた「エチオピア カリーキッチン」が3店舗存在。

*4:「ミールス」をはじめ、本場の味にこだわりつつも日本人向けにローカライズして提供する、南インド料理専門店。総料理長のイナダシュンスケさんは、本連載の初回にも登場。

*5:現在は麹町に店舗を構える老舗カレー店。ローカライズされていない本場の味を提供し続ける。日本のインド料理店の草分け的存在。

*6:魯珈は店内記帳制となっている。時間ごとに枠が設けられ、まずは店頭の台帳の空いているところに名前を記入。時間になったらお店に戻って入店案内を待つという流れ。