三軒茶屋という街に合わせて若者も立ち寄りやすい業態へとブラッシュアップした「大衆酒場ネオトーキョー」は、若い女性客を中心に人気が拡大中。現在は、下北沢にも姉妹店を出店しています。リブランディングを決断した経緯、若者に人気を集める店づくりのポイントなどについて伺いました。
一度ならず、何度も足を運んでくれる「おなじみ」のお客さんは、飲食店にとって心強い存在です。多くの常連客の心をつかむお店は、どのような工夫をしているのでしょうか。
今回お話を聞いた岩崎慶人さんは、都内で飲食店を3店舗運営する株式会社SLICKの代表取締役です。自身のルーツでもある音楽やストリートカルチャーをバッググラウンドにした「大衆酒場ネオトーキョー」は、若い世代を中心にSNSシェアなどで認知が拡大。2023年4月には2店舗目をオープンするなど人気を集めています。若者を集客し、さらにリピートにつなげる店づくりの秘訣を伺いました。
- 岩崎慶人さん
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「大衆酒場 ネオトーキョー」「イタリア郷土料理と自然派ワイン LUCE(ルーチェ)」など計3店舗を展開する」株式会社SLICKの代表取締役社長。16歳から30歳までスケートボーダーとして活躍、同時にバンドでのインディーズデビューやストリートファッションブランドのディレクターを務めるなど多彩な経歴を持ち、35歳に飲食事業に新規参入。
異業種からの転身、友人とともにスペイン料理店の運営からスタート
――岩崎さんはスケートボーダーとして活躍する他、音楽活動やアパレル業などで経歴を重ねてきたそうですね。飲食業界に新規参入したのは、どのようなきっかけだったんでしょうか。
岩崎慶人さん(以下、岩崎さん):もともと食べることが好きなんですよ。母が料理やお酒が好きだったので、子どもの頃からいろいろなお店に連れて行ってもらっていました。大人になってからはワインも好きになり、いつか自分で飲食店を開いてみたいと思っていたんです。日頃から周りにも「ワインを出すお店をやりたいんだ」と話していたらお話が来て。家賃が格安と聞いたので、じゃあやってみようかと。
――2012年に渋谷・神山町にオープンした「スペイン料理と自然派ワイン LUZ(ルース)」ですね。こちらが三軒茶屋「大衆酒場 ネオトーキョー」の前身になるんですよね。
岩崎さん:そうです。スペイン料理店でシェフをしている友人がいたので一緒にやろうと。スペイン料理とワインを楽しめるバルのような業態にしました。
ただ、後から分かったんですが、すごく難しい場所で、過去10年で10軒も潰れているような物件だったんです。実際やってみるとやっぱり厳しくて……。当時は一所懸命やっていましたが、今思えば自分自身甘いところがたくさんあったなとも思います。具体的には話したくないですが(笑)。知り合いがよく来てくれたこともあり、3年くらいは続きました。その頃、三軒茶屋に良い物件があると聞いて、2016年に移転したんです。
――三軒茶屋に移転してからはいかがでしたか?
岩崎さん:順調でした。2019年には2店舗目として代々木八幡に「イタリア郷土料理と自然派ワイン LUCE(ルーチェ)」もオープンしていますしね。でも、三軒茶屋って独特な街で。お酒好きな人がかなり多いんですよ。
――他の街とは違うんでしょうか。
岩崎さん:例えば、代々木八幡は落ち着いた雰囲気の街で、内容の良いものを、時間をかけてしっかり楽しみたい人が多い。だから「ルーチェ」がマッチして、今も安定して売り上げを出せています。
三軒茶屋に来る人はトレンドにすごく敏感で、若年層でも飲食へのお金のかけ方が違うんです。「ルース」は30~40代をメイン客層にして営業してきたので、若者向けの違う業態もやってみようかと「ネオトーキョー」の構想を温めていたところでコロナ禍になったんです。
――最初は「ルース」の別業態として「ネオトーキョー」をオープンしようと考えていたんですね。
岩崎さん:そうです。コロナ禍以降、「ルース」は売り上げが半分以下になってしまいました。ランチ営業やテイクアウトにも取り組んでいましたが、1年程様子を見てから、業態ごと転換した方がいいなと動き始めました。
ストリートカルチャーを背景に、大衆酒場へと大胆にリブランディング
――具体的に「ネオトーキョー」をどういったお店にしようと練っていたんですか? コンセプトやテーマなど、こだわった部分を聞かせてください。
岩崎さん:“大衆酒場”という名のもとに、面白いことをしたかったんです。「ルース」の頃は客単価6,000~7,000円ほどでしたが、およそ半分の3,000~4,000円程度に落として、チャージやお通し代も取らず、20代の若い世代でも気軽に来られるお店にしようと考えていました。
でも、格安チェーンの居酒屋でできることを、自分の店でやる必要はないじゃないですか。ストリートカルチャーを取り入れた内装も、スペインやイタリア料理をベースにした創作料理も、全部自分の経歴やバックボーンを生かした結果です。それが強みであり、差別化にもなると思っていました。
――「ネオトーキョー」をオープンしたのが2021年ですよね。コロナ禍も落ち着いていない時期でしたが、不安はありませんでしたか?
岩崎さん:お店をつくる時はいつでも、本当に大丈夫かなって不安になることはありますよ。でも、やらないと分からないんで。僕は基本的にスケルトンから店づくりをしますし、かなりお金をかけて全力でやってます。自分でやりきって失敗したら仕方ないんで。「居抜きだったから失敗したんじゃないか」とか、何かのせいにしたくないんです。
「ネオトーキョー」については絶対にはやるだろうなと思っていたので、SNSでアカウントを開設しただけで、他に広告を出稿することもありませんでした。強いて言えば、工事段階からお店の前に貼り紙をしていたことくらい。一番安い「串ホルモン(1本250円)」とか、おつまみ380円~、ドリンク500円~とか、メニューの内容が伝わるように書いていました。その効果なのか、オープン初日からお客さんが途切れず来てくれるようになりましたね。
――先ほど料理の話が出ましたけど、「ネオトーキョー」さんは「料理がおいしい」というクチコミも多いんですよね。メニューづくりについては、どんなことを意識しているんでしょうか。
岩崎さん:「ルース」のシェフがそのまま「ネオトーキョー」でも腕を振るってくれています。長い付き合いですね。メニューの9割ほどは僕がアイデアを出し、それをシェフが具現化してくれています。料理は全部僕が試食して、OKを出すまでメニューには載せません。小さい頃からいろんな料理を食べてきたので、お客さんとしての“舌”には自信があって。それを大衆酒場に落とし込むように意識しています。
――「大衆酒場に落とし込む」というのは、具体的にはどんな作業ですか?
岩崎さん:例えば、「ルース」の当時の人気メニューに「カルボナーラ」があったんです。僕がもともとドロッとしたカルボナーラが好きじゃなくて、「スープパスタみたいな感じで作れないかな」とシェフに提案したことが始まりなんですけど。すごく好評で、お客さんからは「カルボナーラだけでも食べに来たい」「この専門店を出してほしい」っていう声をいただいていたんです。
だから「ネオトーキョー」でも酒場に合う形で出したいなと思っていました。和風でお酒のつまみにもなるように、ウニとねぎをのせたのが「ウニボナーラ」です。ベースの料理に足し算をしただけで、特に難しいことはしていません。でも、今の「ネオトーキョー」の看板料理になっています。
――そうなんですね。他に酒場っぽく意識されたことはありますか?
岩崎さん:イタリアンやスパニッシュをベースした洋風のメニューが多いんですけど、今なら「フレンチ大根おでん」など、季節が感じられてうちのお店らしいものを考えています。
また、僕は福岡出身なので、「ビーフバター焼き」や「パリパリピーマン」など、福岡にちなんだ料理も提供していますね。一番人気なのは刺身用アジを使った「アジフライ」。豊洲からその日1番の良いアジを仕入れてきて、外はカリッと、中はレアな仕立てで。九州の甘めの醤油やタルタルソースをつけて食べるんです。
今来てくださっているお客さまの比率としては、20~30代を中心にご新規が6割、常連さんが4割程度。女性のお客さんが7割を超えていて、坪月商50万円程度で安定しています。チャージ料金を取らないので気軽に1杯だけ飲んで帰られる方もいますし、深夜まで営業しているので2次会や、同業の方が仕事終わりに利用されるケースも多いですね。
ターゲット通り、20~30代をメイン客層にできた理由とは
――当初の予定通り、若い世代を効果的に集客できているんですね。読者である飲食店経営者の方の中には「どうしたら若い方たちに来てもらえるのか」「通ってもらえるお店にするには」と考えている方も多いんですが、 その点を岩崎さんはどう考えていますか?
岩崎さん:「普通のことをしない」じゃないでしょうか。 ビジネス全てに共通することだと思うんですけど、みんながやってることをやっても意味がないので。
例えば「ネオトーキョー」では店名入りのお皿を作ったり、ちょっと良いレストランに置いてあるようなカトラリーを用意したりしています。このカトラリーだって、フランスの高級ブランド「ラギオール」ですから。見た目が恰好よくて切れ味が良いのでステーキ専門店では見かけますけど、大衆酒場で使っているところなんて他にないでしょう(笑)。
若い世代でもいい食器やいい音楽、いい料理やお酒に触れてほしい。通常のお店で1万円出さなきゃ味わえないようなものが、3,000円で味わえたら通いたくなるでしょう。もちろん材料は高級店と同じとはいかないので、料理人を始め僕たちの工夫が必要な部分ではありますが。
あとは、SNSでシェアしてもらいやすい“動きのある一品”を考えるようにしています。
――動きのある一品?
岩崎さん:今はSNSでも動画の方が目を惹きますから、お客さんの目の前でパフォーマンスする料理は受けがいいんです。
例えば「ブッラータチーズ〜フルーツモンブラン仕立て〜」は、提供時にモンブラン用の電動絞り器でフルーツクリームを盛り付けるんですよ。たまたま絞り器をネットの広告で見かけて「面白い!これでお酒に合うモンブラン作ったらいいんじゃないか」って。シェフにすぐに相談しました。おいしくて、他の人がやっていないことを常に考えていますね。
――そうしたひらめきやアイデアを商品に落とし込めるのがすごいですよね。2023年4月には、2号店として下北沢にも「ネオトーキョー」をオープンされています。こちらも若者に人気の街ですが、実際に運営してみて感じることなどがあれば教えてください。
岩崎さん:三軒茶屋の「ネオトーキョー」がすぐ軌道に乗ったので、半年ほどで2店舗目を考え始めました。カルチャー色の強い下北沢に合わせて、店づくりもさらにこだわってストリート感を出しました。オープンからの滑り出しは上々で、週末は満席にもなりますが、ちょっと課題もあって。
――課題というのは?
岩崎さん:作りこんだ結果、「高い店なんじゃないか」と若者が怖がって寄ってこないんです。もっと大衆感を出せばよかったなと。「ドリンク全品199円」というような、格安を明確に打ち出しているお店に流れてしまうことが多いんですよね。僕は安さを打ち出す方向性にはできるだけしたくないんですが、今後どうすべきかスタッフとも話し合って、メスを入れている最中です。
――なるほど、エリアによって戦略も変えていく必要があるんですね。最後に、岩崎さんの今後の展望を聞かせてください。
岩崎さん:「ネオトーキョー」のブランド自体はすごく良いものなので、多店舗化してフランチャイズ化や、バイアウトも考えています。日本ではあまり見ないケースですが、欧米ではブランドを育てたら大手に売って、またイチから好きなブランドを作ることも多いんですよ。僕もアイデアに枯渇したことはないので、すごく理にかなっているなと思っていて。やりたいことはまだまだたくさんありますから。
あの有名店の集客成功事例
【取材先】
大衆酒場ネオトーキョー 下北沢店住所:東京都世田谷区北沢2丁目12-13 細沢ビル1階
Instagram:
大衆酒場ネオトーキョー 下北沢店
大衆酒場ネオトーキョー 三軒茶屋店
取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。
編集:はてな編集部