行動経済学を応用して「飲食店の売りたいメニュー」に注目させる方法を東大教授に聞いてみた

東京大学・経済学教授に聞く 行動経済学を活用した店づくり

消費者行動や行動経済学を研究されている東京大学大学院の阿部誠教授に、個人の飲食店でもできる工夫やアイデアなど、人間の行動原理をもとにしたお店づくりについて伺いました。


行動経済学をはじめとする学問の教授に、データの観点から飲食店の店づくりや集客方法、リピーター施策として効果的なことを深掘りしていきます。今回は消費者行動や行動経済学を研究されている東京大学大学院の阿部誠教授にインタビューを行いました。

個人の飲食店でもできる工夫やアイデア、お客さんが気にするポイントとはどこなのか?人間の行動原理をもとにしたお店づくりについて考えます。

阿部誠先生

阿部誠さん

東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授。1991年マサチューセッツ工科大学博士号(Ph.D.)取得後、同年からイリノイ大学助教授に就任。1998年東京大学大学院経済学研究科助教授を経て、2004年から現職。ノーベル経済学賞受賞者との共著を含め、マーケティング学術雑誌に論文を多数掲載。おもな著書に『東大教授が教えるヤバいマーケティング』、『大学4年間の行動経済学が10時間でざっと学べる』(いずれもKADOKAWA)など、監修に『サクッとわかる ビジネス教養 行動経済学』(新星出版社)など。

消費者の心理や行動を理解するのに役立つ「行動経済学」

――まず、「行動経済学」とはどんな学問なのでしょうか? 「経済学」との違いを教えてください。

阿部教授:行動経済学は1970年後半から1980年頃に生まれ、伝統的な経済学に心理学を取り入れて発展した学問分野です。それまでの経済学では「人間は常に合理的な判断をし、理にかなった行動をするものである」という前提で考えられ、「ホモ・エコノミカス(経済人)」と定義されてきました。でも、現実には必ずしもそうではなく、矛盾する行動も多々あります。

例えばある時、高級オーディオメーカーが「もっと売れるだろう」と価格を下げた。それなのに、逆に売り上げが落ちてしまった。伝統的な経済学の観点ならば「支出の痛み」*1が軽減されるので売り上げが伸びるはずです。

ただし、価格には、高い分だけ質も良いだろうという「品質のバロメーター」や「ステータス」の意味合いも含まれます。ブランドバッグやラグジュアリーなども同じですね。

つまり、伝統的な経済学では説明できない現象を心理的な観点から解明したり、消費者の行動を予測しようとしたりする学問が「行動経済学」なんです。

――行動経済学と合わせてよく聞くのが「マーケティング」ですが、これらはどう違うのでしょうか? 

阿部教授:行動経済学は心理学を取り入れて系統立てて発展してきた学問、マーケティングはそれをビジネスに応用した手法で、非常に近しい関係にあります。

マーケティングの神様と呼ばれる世界的な経営学者、フィリップ・コトラーは、「行動経済学はマーケティングの別称に過ぎない。過去100年にわたりマーケティングは経済学とその実践に基づく新たな知識を生み出し、経済システムが機能する仕組みに関することに役立ててきた」と言っています。マーケティングでは特に消費者の行動原理を知ることが非常に重要ですね。

阿部教授の著書・監修書籍の一部

阿部教授の著書・監修書籍の一部

――阿部先生も実際にお店や企業から意見を求められたり、協同したりすることはあるんでしょうか? 

阿部教授: そうですね。私の専門領域は「マーケティングサイエンス」という分野で、主にはWebサイトの閲覧・購買履歴といった個々のデータを学術的な観点から分析し、マーケティングに応用する研究をしています。

行動経済学で現象を検証する時は、条件をそろえて実験をしますが、ビジネスの現場はいろいろな要因が複雑に絡み合っています。私は具体的な戦略というより、根本的な考え方や仕組みをもとにアドバイスをすることが多いですね。

お客さんは「直観的」にメニューを選んでいる

――阿部先生の著書『東大教授が教えるヤバいマーケティング』では、「ファストフード店のメニューはなぜ見づらいのか」というテーマがあり、興味深く読みました。このメニューづくりにも行動経済学が生かされているんですね。
 
阿部教授:ファストフード店ではキャンペーンやセット商品など、お店が売りたいものや、お客さんにとってお得なものを前面的にアピールしていることが多いです。

「システマティック(熟考)」と「ヒューリスティック(直観)」

人間はものを考えたり判断したりする時、論理的に考える「システマティック(熟考)」と、直観*2や経験をもとにする「ヒューリスティック(直観)」という2種類を状況によって使い分けています。

高価なものや、こだわりの強いものを購入する時、価格や性能、デザインなどさまざまな条件を考慮します。これを「システマティック」と呼びます。

一方、飲食店でメニューを決める時は、主に「ヒューリスティック」を使いますね。

今日食べるものを決めるために近くのお店を全てリストアップして、そのメニューから値段と味を比較して……なんて細かく吟味せず、だいたいは直観的に決めると思います。でも、注文の際、自分の後ろに長い行列ができていたら焦ってしまい、自分が本当に欲しかったものとは違うものを選んでしまうという可能性もあります。

例えば、こちらの図について「どちらが長いですか? 3秒以内に答えてください」という質問があったとします。

「システマティック(熟考)」「ヒューリスティック(直観)」を使い分ける

初めて見た方は、おそらく上を選びますよね。

直観的に判断する必要があるのでヒューリスティックが使われますが、この問題が大学の入学試験なら、定規などでしっかり測り、「どちらも同じ長さである」とシステマティックに正解を導き出せるはずです。

このようにヒューリスティックは迅速に判断できる反面、プレッシャーや思い込み、先入観などによりバイアスがかかり、無意識に選んでしまうこともあります。

こうした心理的側面を応用して、お店がおすすめしたいものや、お客さんに選んでほしいものへ誘導する工夫ができるのも行動経済学の特徴ではないでしょうか。

行動経済学をもとにした「注文してほしいメニューを選んでもらう」方法

――「おなじみ」の読者は飲食店経営者が多いのですが、「自信があるのになかなか売れない」「注文されない」と悩んでいる方もいるかもしれません。行動経済学の考え方をもとに、お店側が注文してほしいメニューに注目を集めることは可能でしょうか?

阿部教授:私はお店づくりの実務家ではないので、あくまで行動経済学の研究者としての意見になりますが、代表的なのは「おすすめ」や「人気ランキング」をメニューに書くことでしょうか。「バンドワゴン効果」といって、みんなが選んでいるから安心だと、同じものを選ぶ傾向があります。

初めて来店するお客さんの場合も「お店のおすすめ」のようなガイダンスがあると選びやすくなり、注目を集められると思います。

――なるほど、たしかに他のお客さんからも好評なんだという安心感がありますね。他にも何かお店づくりに活用できそうな法則はありますか?

阿部教授:人間は極端なものを回避する傾向があるので、2択だと迷いやすいんです。そこで例えば、価格や品質が異なるメニューを入れて3択にすると真ん中が選ばれやすくなります。これを「極端の回避効果」といいます。注文してほしいメニューがある場合は、「松」「竹」「梅」の3種類のうち、真ん中に設定するといいですね。

どうしても2種類で、ということであれば、メニューに「竹プラス」「梅プラス」を導入するという方法もあります。

――「竹プラス」と「梅プラス」ですか?

阿部教授:例えば高品質、高価格な「竹」と、それよりは品質や価格が下がる「梅」という2つのメニューがあるとします。 客単価を考えると、お店としてはより多くのお客さんに「竹」を選んでもらいたい。その場合、「竹」と同品質だけど値段が少し高い「竹プラス」というメニューを置くということです。

――例に挙げるなら、「竹プラス」は「竹」に少し上乗せした価格に設定し、期間限定のメニューにしたり、季節のスープをつけたりといったことでしょうか。

阿部教授:そうですね。すると「竹」の高価格が「竹プラス」の登場によって緩和され、気にならなくなります。これを「妥協効果」と呼びます。一方で「梅プラス」は、「梅」と同等の品質だけど、価格が「竹」並みに高い。この場合は「梅」が魅力的に見えますよね。これは「魅力効果」といいます。

妥協効果と魅力効果

「竹プラス」「梅プラス」は、あくまで「竹」と「梅」を引き立てるためで、それ自体の売り上げは期待しません。こうしたおとり商品を置くことによって、ある程度お店側が意図した形で商品を選んでもらえる確率が高まります。 

――メニューの「竹」や「梅」に注目を集めるために、あえて「竹プラス」「梅プラス」を置くんですね。

阿部教授:はい。ですが、つくるのは「竹プラス」「梅プラス」のどちらかです。両方置いてしまうと基準がブレて比較しにくくなり、逆効果になりますので注意が必要ですね。

お客さんに再来店してもらうために活用できる「イケア効果」「デノミネーション効果」「ロイヤルティ」

――では、お客さんにリピート来店していただくために、マーケティングの視点から何か工夫できることはありますでしょうか。

阿部教授:トッピングやオプションで自分だけのメニューをカスタマイズできるようにするのはどうでしょうか。

「イケア効果」*3と言って、人間は自分でつくり上げたものに特別感や愛着を持つようになります。オリジナル要素が高ければ、誰かに自慢したくなり、SNSへの投稿も盛んになるかもしれません。

本来のメニューに50円、100円といった価格のトッピングを複数用意すれば注文のハードルが下がり、客単価が上がります。

実際は合計するとそれなりの値段になりますが、トッピングの追加料金のようにあえて小さな単位で値段を分割して値打ち感を出すことを「デノミネーション効果」といいます。こうした工夫は「次は別のトッピングを試したい」など、リピート来店の動機づけにつながるのではないでしょうか。

ほかには、お客さんに特別な特典やクーポンを渡し、顧客満足度をアップさせる「ロイヤルティ」の構築も、リピートのお客さんを獲得するのに効果的な戦略だと思います。

また、例えば不ぞろいのものや箱にダメージがあるなど、味や品質といった本質的な要素は変わらないけれど、「訳あり」の商品を理由付きで提供するのもお得感につながるので、さらなる来店を促す効果がありますね。

――以前聞いた話ですが、あるスイーツのネットショップでは焼き菓子の端材をセットにして販売したところ、お店の一番人気になってしまったそうです。「訳あり」商品を出すことで、本来売りたい商品がかすんでしてしまうこともあるのではないでしょうか。

阿部教授:おそらくそのお店は、訳あり商品の価格設定を低くしすぎてしまったのではないでしょうか。 品質は本来の商品と同レベルなのに価格が安いと「訳あり」の理由付けがあいまいになってしまいますから。

お客さんが過去の経験から、その価格が妥当かどうかを判断することを「内的参照価格」といいます。お客さんはだんだん安い価格設定に慣れてしまうので、定価では売れなくなり、売り上げが減少してしまうこともあると思います。ここぞという時の起爆剤にする方がいいですね。

――なるほど、「訳ありの理由」や「周年セール」など、いつもとは違う理由をお客さんに明確に伝え、価格設定をすることが大事なんですね。

【阿部先生が教える、飲食店のメニューづくりに活用できる行動経済学の考え方】

  • 人間はものを判断する際、「システマティック(熟考)」と「ヒューリスティック(直観)」という2種類の考え方を状況によって使い分ける。飲食店のお客さんは主に「ヒューリスティック(直観)」を使うことが多い
  • みんなが選んでいるという安心感を与える「バンドワゴン効果」を応用して、メニューにおすすめや人気ランキングを記載する
  • 価格や品質が異なるメニューを3つ並べると真ん中が選ばれやすくなる「松竹梅の法則」を利用する
  • 自作することで商品に価値が生まれる「イケア効果」や、あえて小さな単位で値段を分割して値打ち感を出す「デノミネーション効果」を活用し、50円や100円といった少額のトッピングを複数用意すると、自分だけのカスタマイズができることでメニューに愛着が沸き、お客さんの満足度にもつながる
  • 特別な特典やクーポンで顧客満足度を上げる「ロイヤルティ」の構築は、リピートのお客さんを獲得する効果的な戦略である
  • 訳あり商品などはお客さんを呼ぶ動機づけになるが、価格設定の際は安くする理由を明確にする

自身のお店のオリジナルデータを取り、よりよいお店づくりに活かす

――先ほど、「ロイヤルティ」の構築というお話がありました。私自身もお店を利用した後、おすすめのクーポンやお得な情報がメールで届くとすごく気になってしまうんですが、阿部先生はそういったクーポンの出し方なども研究されているんですね。

阿部教授:顧客ごとに最適な対応をする「ワントゥーワンマーケティング」といって、まさに私が研究している分野ですね。

大手ECサイトや飲食の大規模チェーンなどでも「Aさんは○○をよく購入するから、このクーポンを発行する」といったように、お客さんごとの購買履歴や閲覧履歴に基づいてアプローチする手法が取られています。

――お客さんごとにおすすめを提示するのは個人の飲食店ではなかなか難しいと思うんですが、例えば来店するお客さんのデータをコツコツと取り続けると、消費者分析ができるようになるでしょうか。

阿部教授:人それぞれ好みがありますが、個人店でも年代、性別、購入商品や価格帯といったデータを取っていくことは一定の効果があると思います。

また、メニューの価格の順番、人気順、縦書き、横書き、フォントの違いなど、人間の五感が意思決定に与える影響は「感覚マーケティング(センサリーマーケティング)」と呼ばれていて、学術的にも研究されています。

週ごとにひとつずつお客さんへのアプローチを変えて記録していくと、違いが分かってきます。例えば、同じ内容で表記が違う2つのメニューパターンを用意して、お客さんにランダムに渡し、反応や注文率を見てみる。

同じ内容で表記が違う2つのメニューパターンを用意し、お客さんごとに反応や注文率を見てみる

お店の立て看板の書き方を第1週、第2週で実験的に変えてみて、お客さんの入り具合や反応がどう変わるかを分析する、などですね。

行動経済学やマーケティングはお店の業態や環境などにも大きく影響するので、一概に「こうした方がいい」とはなかなか言えません。だからこそ、自身のお店ならではのデータを取ると大きな強みになります。大変ですが、何度も繰り返しデータを蓄積していくことで洗練され、より良いお店づくりにつながるのではないでしょうか。

――自身のお店の人気メニューもランキングも、数字で統計を取らないとわからないですもんね。そこからどんどん応用していくと面白そうですし、ゆくゆくは売り上げアップにもつながりそうです。

【阿部先生が考える、より良いお店のつくり方】

  • メニュー表を週ごとに変えてランダムに出す、メニュー看板の置き方・書き方を定期的に変えるなどで、お客さんの反応を蓄積していく
  • お店独自のデータを蓄積し、消費者分析ができるようになれば、大きな強みになり、より良いお店づくりができるようになる

阿部誠さんに、行動経済学の観点から「選んでほしい商品を注文してもらうためのメニューづくり」を中心に説明していただきました。

説明の中で「同調効果」や「松竹梅の法則」といったさまざまな行動経済学の話が出てきましたが、特別な特典やクーポンで顧客満足度を上げる「ロイヤルティ」の構築は、特にリピーターを獲得するために効果的な戦略だという解説がありました。

阿部さんのお話をもとに店づくりを見直したいと考えている飲食店経営者の中には、こうした特典やクーポンの用意をどうすれば良いかと悩む人もいるかもしれません。

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取材・文:田窪 綾

編集:はてな編集部

*1:財布からお金が出ていくことに対する痛みのこと。 価格が低い方が痛みは少ないとされている

*2:自身の記憶や知識などをもとに瞬時に判断する脳の思考プロセス

*3:家具量販店「IKEA」の「自分で家具を組み立てることで価値が生まれる」というビジネスモデルが由来となっている言葉